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2005年10月12日

ワンピースとカシコマンガ、バカマンガ

正直、この分類には、ちょっと異議を唱えたくなったが
まぁ、それはいいので、ワンピースの話。

少年ジャンプ20号感想&和月伸宏考

このエントリを読んでおもった事なんだけど。

ワンピースというのは、現在、アニメ放映中、ジャンプの
柱マンガで、誰でも知っていると思う。

これに対する批判として、主人公のバトルが
バカマンガであるという奴である。

ちょっと、この点について補足するために、
少年漫画のバトルの流れを書いておこうと思う。
ほぼ、全てのマンガ家が、以下のプロセスを
使ってバトルを盛り上げる。



主人公が敵とのバトルでズタズタにされる。
四肢を切断されたり、あるいは体中にブラックジャックでも
直せそうにない傷を負わされたり、あるいは、おかしな能力で
体の自由を奪われる。

とにかく、主人公の体の自由が奪われるという点が達成されれば
何でもいい。


地面に倒れ、敵役が勝利宣言をし、主人公の頭に向かって
でっかい斧が振り下ろされる。

要約すると、この時点で、主人公がほぼ助からないという
状況を演出させることができれば何でもいい。


主人公は絶対に脱出不可能な状況から
ド根性のみで立ち上がり
指二本で斧を止めて驚愕する敵の脳天にむかって
怒りの鉄拳をぶち込んで勝利




カシコマンガ


主人公が敵とのバトルでズタズタにされる。
四肢を切断されたり、あるいは体中にブラックジャックでも
直せそうにない傷を負わされたり、あるいは、おかしな能力で
体の自由を奪われる。

とにかく、主人公の体の自由が奪われるという点が達成されれば
何でもいい。


地面に倒れ、敵役が勝利宣言をし、主人公の頭に向かって
でっかい斧が振り下ろされる

要約すると、この時点で、主人公がほぼ助からないという
状況を演出させることができれば何でもいい。


主人公は絶対に脱出不可能な状況から
知性を使って脱出し(ここは、1、2の段階で伏線が貼られている)
驚愕する敵役に向かって逆の勝利宣言。

怒りの鉄拳をぶち込んで勝利



と解釈される。


要するにだが、3だけなんである。違うのは。

インチキして勝つか、根性で勝つかという問題に還元され
むしろ、重要なのは、いかに主人公を絶対絶命の状況に
追い込む演出こそが重要だと僕は思う。



で、マンガの分類で、これに違和感を感じるのは
ワンピースってのは、確かにバトルに関しては
バカマンガであるが、一方で、ヒューマンドラマのほうは
極めて「カシコマンガ」である。

理由は、というと、ヒューマンドラマに関しては
非常に上手く伏線を使うからだ。

ワンピースというマンガの技法は、
一定している。

実は、革新的であるという部分がない。

まず、海にでて、新しい島を目指して公開していく、という
部分においては、典型的なオデュッセイアスタイルである。

オデュッセイアはトロイア戦役の策謀の英雄オデュッセウスが
険しい旅(島から島への)を経て故郷イタカへ辿り着き、
荒廃した自らの館を平定するまでの道程を描いた長篇物語である。

この一人のヒーローが、島から島への旅を経て目的地にたどり着くという
ストーリーは、日本から西洋に至るまで、2000年の長きに渡り
幾度も作り変えられて繰り返された黄金パターンである。

大航海ロマン物から、1970年代のスタートレック(星から星へ)
銀河鉄道999(これも星から星へ)など、類似作品をあげればきりがない。


ヒューマンドラマの部分においては、
まず、敵役と味方がおり、島につくたびに
その島での争いに巻き込まれる。

主人公は、その島での争いに、何度となく
巻き込まれ、その過程で必ず、
その争いには極めて巧妙な伏線が貼られながら進む。

ここも、今まで何百回となく小説家からマンガ家が
ドラマの脚本家が使いまくったやり方で、
類似の作品は世界中に何千とあるだろう。



ワンピースにおいては、常に、主人公以外のキャラに
「隠された過去」が存在し、その伏線を最後まで引っ張る。
これは、読者をその話に引き込むためのテクニックであり、
尾田栄一郎は、非常にこの点で巧妙だ。
カシコマンガの条件を巧妙な伏線とするならば、
ヒューマンドラマの部分では、
ワンピースはカシコマンガである。

大量のキャラクターを使いこなし、その間に巧妙な人物ラインを作り
そして、その巧妙なラインを通じて少しづつ、そのストーリーにおいて
隠された過去が明かされていく。

ミステリー的な手法をヒューマンドラマの分野では
巧妙に使っているのである。

サンジと海上レストランの話を例にすると

1 
レストランにルフィたちがたどり着く。
この時点で、「鷹の目の男」という伏線が張られている。


レストランにて、コック達の不和が描かれた後に
サンジ、ゼフ関連の伏線が貼られる
同時にクリーク海賊団の伏線も張られる。
ここで、ギンとサンジの間に伏線が貼られる。
後にこれが意味をもつ。


伏線から、クリーク海賊団がまず現れる。 
ここで、クリーク関連の伏線が解き明かされる。

その後で、ゼフ関連の伏線が解き明かされる。
さらに、ここで、ゼフサンジ関連で、再び伏線が貼られる。
(これは後のゼフとサンジのエピソードの伏線となる)



鷹の目の男登場。ゾロの敗北。
そして、ナミ関連の伏線がここではられる。


クリーク海賊団とサンジ、ルフィの戦い。
ギンとサンジの戦いにおいて、2において貼られた
サンジとギンの伏線が、この時において意味をもつ。

また、ゼフとサンジの間の不和の原因が
ここにおいて明かされる。ほぼ、この時点で
伏線を使い果たす。


ちょっと書いておくが、ワンピースでは
各エピソードにおいて、ほぼ必ず隠されたエピソードを
もつキャラクターが存在し、そのキャラクターの最も
親しい人間が、そのエピソードの中で死ぬ、殺される、
あるいは、全てを奪われるというパターンがある。

大抵、その場合、そのキャラクター
(ゼフ、ベルメーレ、ウソップの母etc)は、
読者に「何でそんな事ができるの?」
と思わせる尊い自己犠牲精神を発揮して死ぬ。

これも、典型的な読者を泣かす方法で
小説やらドラマ、マンガを沢山読んでいる人なら
似た事例を沢山しっていると思う。


ルフィとクリークの戦い。
悪名高いバカマンガ化。なぜ、ヒューマンドラマにおいては
伏線を貼りまくるのに、ルフィの戦いだけはこうまで
バカマンガになるのか。

最終的にルフィのど根性で勝利。




という風になる。

ルフィの戦いは、悪名高いバカバトルであるが、一方で
ヒューマンドラマに関しては、極めて巧妙に伏線が貼られて
おり、この部分ではカシコマンガである。

ジョジョやハンターハンターといったバトルのカシコマンガと
違うのは、ここであり、ジョジョやハンターハンターは、
ヒューマンドラマ面では、さほど伏線を使わない。
(というか、ワンピースは使いすぎ)


結論からいうと、実は、バカマンガだけの漫画というのは、
現在、非常にうけがわるい。

バトル、あるいはヒューマンドラマにおいて
カシコ漫画、つまり伏線を張って、合理的にストーリーを
展開できるマンガ家が、今のトレンドなんである。

で、和月先生に関して、なんだけど・・・・
この伏線を貼って巧妙にヒューマンドラマを作る、
あるいは戦闘において、巧妙に伏線をはって
盛り上げる、という能力が・・・・ない。
あるいは、失ってしまった。

和月先生が、人気を失ってしまったのは、
伏線を使って巧妙に隠されたエピソードを用い、
それを小出しにしながら読者を惹きつけるという
テクニックに関して、決定的に欠けるからではないかと
僕は思う。勿論、主人公を絶体絶命の危機に追いやる演出も
そんなに上手くないようにも感じる部分もあるが。

るろ剣あたりから、バカ漫画こそが成功する早道と
勘違いし、時代の流れに乗り遅れてしまった、というのが
原因かもしれない。

・・・・なんというか、ユーザーの嗜好が
変わってしまった事にきづいていないのが
致命的なのかもしんない。

ジョジョは少年漫画にとって革新的だった。
あれで、流れが変わった。

伏線能力が、非常に重要になったのである。
全ての漫画にとって。

和月先生が、巧妙な伏線を使って
ネタを小出しにしながら、読者をひきつけるという
テクニックが重要なんだという事に
気付くのがもう少しはやかったら、と思う。
進む方向を間違ってしまったんだと思う。

完全なバカマンガの時代は、終ってしまったのだ。
多分、ドラゴンボールと共に。

今は、主人公を絶対絶命の危機に追いやる演出と
伏線を巧妙に使って、ストーリーに読者を引き込む
能力がないマンガ家は、ストーリー作家としては
生きていけない時代だと思っている。






posted by pal at 08:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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