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2005年09月11日

のま猫問題と剽窃と著作権

「のまネコ」は「モナー」? ネットで騒動に

なんか、「のまネコ」と「モナー」の間でパクリパクラレタって話が
出ているらしい。

僕自身は、パクリについては、かなりどうでもいいと
思っている。

このあたりは、内田先生が

剽窃と霊感の間

というエントリたてて言っている事とほぼ同じ事を
僕も考えているからで、
残念な話だが、この世には
「オリジナル」なんてものはない。

0から1を創りだせる、創造力をもつのは
神様だけであり、そのような力は人間にはない。

人間は、1+1を2にする能力があるだけで、
あるモノを改良していくのが最大の成果なんである。

であるから、どんな分野の名作であろうとも、
この限界は越えられず、どんな作品でも、元にした
原材料がいくつかあるんであって、それをパクって
改良して世に出しているにすぎない。
(改悪になることが多いけど)

こういうのは、剽窃と紙一重なのだが、
剽窃を禁じられたら、ほぼ全ての作家は作品を作れない。
そのくらい、もう新しいものは作れないし、
例え、どんなに新しく見えても、すでにあるものを土台にしているし
あるいは、他の誰かが同じ事を考え、発表していると
考えてよい。


だから、パクリについては、のまネコに関しては
僕は問題にしない。というか、できない。


で、あるが、ある一点においては、問題にする。

それは、著作権だ。

資本主義社会においては私的独占が禁止されているが
ある数種類の事柄については、私的独占が認められている。

それが、著作権であったり、特許であったりする。

この二つが存在する理由は、クリエイター、発明者などの
保護のためだ。

クリエイターがどんなにいい作品を作っても、
それを片っ端からコピーされて、売りさばかれたら
製造業者ばかりが儲かって、クリエイターには一銭も入らなくなる。

クリエイターだって、生活するためにはお金が必要なわけであり
それは、ある一定の保護を与える必要がある。
クリエイターは、基本的に商売が苦手なので、
保護を与えないと、消費者とクリエイターの間にたつ
流通関連業者ばかりが潤ってしまって、クリエイターが死滅して
しまうからだ。

だから、小説、漫画などにおいては、著作権が存在し、
印税といった形で、著作者の収入を守っている。

問題は、ここで、本来であれば、著作者の権利と生活を
守るために存在する著作権が、昨今、悪用されている
現実があるということである。

のまネコについての問題もここで、
パクリでなくて、1企業が著作権を取って
(これは、その企業の私的独占を意味する)
それを振りかざす恐れがあるという事だ。

著作権という私的独占システムを使って
君臨しているのが、今のレコード会社であるが、
ネット上のキャラにまで、これを使ってくるとは。


僕自身の見解だが、ネット上のオープンソースを
私的独占の対象にする可能性のある、今回のAVEXのやり方には
断固として反対する。

これは、著作権や特許で、私的独占をされるべき存在ではない。
オープンソースというのは、ネット上で生み出された新しい
価値概念であり、これを旧来のやり方に当てはめるのは
ネット社会に逆行している。

オープンソースに関しては、
法整備が必要なのかもしれない。
これから、色んな面で問題がでてきそうだから。

のまネコ問題は、これから来るであろうオープンソースの
世界において、頻発する著作権と私的独占の問題にスポットを
あてるいい機会かもしれない。




posted by pal at 16:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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