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2005年06月07日

メディアはマスからニッチへのシフト転換期なのか

H-YAMAGUDHIさんの所の記事を読んでから
また、考えてしまった、このテーマ。


情報財の計画経済と市場経済

山口さんのこのエントリは、秀逸だと思った。
専門家なので、分析の仕方が素晴らしい。

このエントリでは、
「メディアに流れる情報を情報「財」ととらえて、経済学的に考えてみたらどうか」
という点からの分析がおこなわれている。

その中で、メディア市場における「市場の失敗」の一つとして、
「外部効果」をあげ、その情報財が、
「実はその市場の中では値付けされない重要な価値をもっていて、
その価値を勘案できればもっと高い「値」がついてもいいはずなのに
そうならない場合がある」という点を指摘なされている。

ここは、最近、考えている「調査報道」にいえる部分であると思う。

メディア側からのいい分になると
「調査報道」には「金」と「時間」がかかる。
調査報道には時間と金がかかる割に、価値が低く、売れない為、
メディア側、特に新聞のコストセンターになりがちだ。

だから情報市場を「自由化」すれば、こういった報道がノケモノにされ、
大衆は、これまで以上にそういった報道はみなくなる。
そうなれば、社会的に必要な「調査報道」が死に絶える。

それを防ぐ為に、これまで通り専門家の手に委ねなければならない。

これが、従来どおりのメディア側の言い分の要約といった所だろう。


だが、それに対する山口さんの分析が
本当に素晴らしい。

簡単にまとめると

1、ではそのために、既存メディアの「寡占」を守らなければならないのか

2、そもそも既存メディアがその役に「適任」なのか

3、外部効果の問題から、既存メディアに寡占を認めるとしても
  それは「充分な需要がない」という需要サイドの問題なのか?

4、それとも「充分な供給がなされない」という供給サイドの問題なのか?

の四点を挙げておられる。(乱暴な要約ですいません)


メディア側の言い分は
調査報道なんてニュースは売れないんだからしょうがない、という
言う事になる。

僕も、その意見には賛成するところがある。
実際に、その手のニュースは需要があるようには見えない。

しかし、それは実はマス相手に限った話だ。
重要なのは、その情報財を必要としている人達の
所にダイレクトに売り込む事で、これを今までのメディアはやってこなかった。
というか、コストの問題上、できなかったという事だろうか。

4に関しても同じで、供給サイドの問題は、コストの問題と言い換えられる。

つまり、製造・流通のために必要なコストが一つの情報財の市場価格を上回り、
市場に出てこないって事だ。

調査報道なんて、これそのものだ。
金と時間がかかりすぎる。

と言う事は、結局、この問題は、「ジャーナリズムの理念」でなく
経済学的には供給におけるコストと需要の問題に単純化できるって事になる。

要するに、市民ジャーナリズムが根付けるかどうか、
あるいは、情報を自由化できるかどうかは、
この二つの問題をクリアーすればいいって事にもなる。

要するにだ、官庁は全ての資料を開示して、ネット上に配布し、
必要であれば、ネット上での取材に応じるって形にもっていけば、
「時間」と「金」という部分のコストを大幅に改善可能になる。

ネット時代が進展すれば、これは可能になるかもしれない。

足で記事をあつめると言うのは、基本であるし、
それは否定しないが、ネット上に情報が氾濫すればするほど
こういった情報集めに関してはコストがどんどん下がっていく。

もう一つの問題が需要の問題で、
需要に関しては、
「マス」でなく「ニッチ」に対応する事で可能になるのでは
ないだろうか。

もうすでに、そういった調査報道に関する情報は、
「マス」ではありえない。
だって、受信者が見ていないんだから。

だから、個別対応のメディアである「ネット」内で
需要のありそうなコミュニティを探し出して、
そこにダイレクトに売り込む。
要するにコミュニティ・マーケティング。
そうやって「ニッチ」市場対応のメディアとして
やれば、需要だって見込める可能性がある。

マス相手にやろうとするから、採算に見合わないだけで
最初からニッチ相手、つまり必要とする人だけに
売る形態にすればいいだけの話、といったところか。

こういった分析を読んだ後だと、頭がすっきりして
色々と見えてくる。

「マスの時代は終った。これからはニッチの時代だ。」

この言葉が、ずっと頭からこびりついて離れないけれど
やはり、そういう時代になっていくのかもしれない。

そもそも、主婦に政治ニュースを無理やり聞かせてたって
明日には忘れているだろうし、子供相手に経済の話をしたって
しょうがない。

なんだから、そういう報道は
ニッチ相手と割り切ってやっていくべきなのか。

ニュースを二項対立化して、エンタメ脚色して
焦点ぼかして、ドラマ仕立てで伝える必要なんてもうないのかもしれない。

必要な人に必要なニュースを。

それだけでいいのかもね。

色々と考えると、やはり、もうメディアに独占を
認めなくてもいい時代だわな。

供給と需要の問題は、もう十分クリヤーできる部分が多い。




posted by pal at 00:47 | Comment(0) | TrackBack(1) | メディア このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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Excerpt:  ブログを始めてからThunderbirdに登録するブログがどんどん増えて、いま70くらい。TBやリンクをたどると、それだけで休日の半日が潰れてしまう…。なんと
Weblog: 踊る新聞屋??。
Tracked: 2005-06-13 01:23
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