産業革命では、鉄道が死に、代わりに鉄道を使って業績を拡大させることに気づいた企業群が勝利をおさめた。
儲かるのはカミソリでなく、カミソリの刃である
この言葉は、よく覚えておいたほうがよい。1900年代初期には、この言葉が使われていた。もう100年も昔から、ずっとそうなのだ。
この言葉が意味する所は、つまり、鉄道においては儲かるのは鉄道でなく、鉄道の「荷」だったのだ。だが、荷をコントロールしきれなかった事により、鉄道会社は投資家が期待したような収益をあげることは叶わなかった。鉄道バブルは、ただのバブルで終わった。だが、鉄道は本当の夢では終わらなかった。
鉄道という強力な輸送手段の出現によって、原材料の大量購買と製品の大量販売を極めて短時間に行なえるようになったからだ。そして、この二つと、工場生産システムが合わさることで、大企業が出現する下地が整ったのである。
鉄道革命以前、ほとんどの企業は100人以下の従業員しかいなかった。繊維業を別として、大企業のように、何千人、何万人という従業員を抱える組織は、国家と軍隊程度のものだった。
だが、鉄道の出現と、廉価の石炭、鉄鉱石がアメリカ国内で発見された事によって、状況が変わった。鉄道の登場と廉価な燃料、鉄が揃ったことにより、アメリカでは、大企業が成立しうる下地ができあがったのである。これは、アメリカ産業におけるルールの変更だった。原材料を購買し、製品を生産し、そして販売する。これを一つの企業がまとめて行なうことによって、コスト上の優位を得る事が可能な経済、つまりは「規模の経済」を達成するための要素がそろったからだ。
原材料を大規模に購買し、短期間で輸送するには鉄道のような大規模な輸送機関が必要不可欠だった。そして、製品を大量生産するには工場が必要だった。そして、最後に、出来た製品を大量販売するためには、やはり輸送するための鉄道とそして大規模販売可能な大都市が必要だった。
これらが、アメリカに生まれた事によって、アメリカにおける産業革命は加速度的に進むことになる。
アメリカの鉄道業の生産性の発達は、他のどの産業部門をも凌いでいた。であるが、であるのだが、生産性は上がったもののアルフレッド・チャンドラーによれば、
「実質貨物料金は1849年のレベルから80%以上も下がり、実質旅客料金は50%になった。」
わけである。ネット接続サービスも同じように激烈な回線速度増加と値引き競争によって料金は下がり続けてしまった。
このように鉄道会社は、アメリカ最初の大企業になったものの、資本の維持と運用費用の回収に行き詰まってしまった。鉄道バブルがおこり、誰もが、鉄道会社の未来はばら色だと思った。だが、現実には、凄まじい勢いですすむ生産性の増加にも関わらず、鉄道会社自体は、それほど儲からなかったのであった。
ネット接続サービス企業の中には、IT革命で誕生した最初の大企業があったが、どれも儲かりはしなかった。
最後まで、バブルで投資した人々が夢みたようなリターンをもたらすことはなかった。そう。鉄道バブルもネットバブルも。
鉄道産業ではカルテルの結成などが試みられたものの、最終的にそれらは失敗し、多くの鉄道会社が破綻した。そして、銀行団による再建が始まることになる。
結局のところ、
「儲かるのはカミソリでなく、カミソリの刃である」
ということを最初から投資家は気づけなかった。鉄道は、その顧客のほとんどを大口顧客に依存していた。そのため、運賃の価格決定においては大口顧客の側に依存せざるをえなかった。近年のトラック輸送業では、小口顧客を主体にすることで、価格決定権を握ることに成功したが、鉄道はそうはいかなかった。
IT産業でも、同じようなことが起こった。結局のところ、儲かるのはカミソリでなくカミソリの刃だった。インフラ面の整備者であるインターネット接続サービス 系企業は、投資家が望んだような収益をあげれなかった。従量課金から定額課金となった時点で、それは仕方のないことだったのかもしれない。
カミソリの提供者は、結局、儲からない。そういう悪夢に直面してしまったのが、鉄道会社であり、そしてインターネット接続系サービスだった。
無論、バブルのおかげで、大量の資金が鉄道にあつまり、競争がおこり、そして短期間の間に鉄道がアメリカに整備されることになったのも事実なので、無駄とは言い難かったし、同じように、ネットバブルでも、熾烈な競争がおこったおかげで、アメリカでも日本でも短期間にネット環境が広まったので、無駄とは言い難かったのだけれど。
さて、鉄道は儲からなかったものの、鉄道革命は、他の分野には、激烈な変化をもたらした。つまり、カミソリの刃を売る連中は、カミソリが普及するにつれて、儲けが出るようになっていったのである。
最初の変化は小さなものだった。革命の最初の犠牲者は、仲買問屋だった。それが最初の兆しだった。
鉄道の出現によって、加工業者や小売店は、鉄道で現地か工場まで直接出向いて、商品や原料を大量に買い取るようになった。それ以前は、距離などの関係から、そういった買い付けなどを仲買問屋が受け持っていたのだが、鉄道の発達とともに、彼らは必要とされなくなってしまったのである。
一部の加工業者や小売は、直接買い付けを行なうようになった。そして買い付けた商品を鉄道で運んで、消費者などに売るようになったのである。その結果、仲買問屋は急速に廃れてしまった。
こうして、それ以前、生産者と販売者を結びつける役割を担っていた仲買問屋は、その死を迎えることになった。
だが、これは始まりにすぎない。こうした買い付けと大量輸送が可能になった事に気が付いたプレーヤーは、それがビッグビジネスに結びつくことに気づいた。この大量買付と大量輸送が可能になった事で可能になったのが、近代的な大型小売商だった。
この中で、もっとも有名で、そして名高いのは、シアーズ・ローバックだろう。当時のアメリカは、急速に都市化が進んでいた。鉄道や蒸気機関のおかげもあって移民や農村の余剰人口が都市になだれ込んでいたのである。
統計を眺めるという変わった趣味をもっていたシアーズの社長ウッド将軍は、いち早くそれに気づいた。そして、それまでは農村部へのカタログ通信販売会社であったシアーズを、都市型の大規模小売商へと転換させたのである。彼は、おそらく最も有能な経営者の一人だと断言できる。それほどに、優れた才覚の持ち主だった。
彼は、もっとも早くから、アメリカの都市化と、自動車社会の到来を予期し、「大型駐車場と大規模店舗、家族向けの大規模小売店」というコンセプトを打ち出したのである。これは当時としては画期的なやり方だった。
同じようなことをした男にジェフ・ベゾスがいる。アマゾンの創立者。彼は、現代のウッド将軍と言えるかもしれない。共通点は少ないが、時代の変わり目には、こういう変わった人々が現れるものである。
ここまで、簡単に、初期の産業革命とIT企業の対比的なことを行なったけれど、言いたいのは、「儲かるのはカミソリでなくカミソリの刃なのだ」という事。
産業革命後、最初に誕生した大企業は、鉄道会社だった。そこでは、大企業統治のための様々な試みが行なわれ、最初に大規模せざるを得なかった産業ではあったのだけれども、そこは儲からなかった。鉄道はカミソリだった。本当に儲かるのはカミソリの刃だった。
それに気づいた企業家が次々と成功をおさめていった。シアーズローバックのウッド将軍、そして鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、IBMのワトソン親子、フォード、GM。すべて、鉄道が可能にした規模の経済が、彼らの企業を大企業へと導いたとも言える。そして、中には、一生使っても使い切れないほどの富を蓄えた人物もいる。
産業革命は、夢では終らなかった。最初の鉄道バブルは夢に終ったが、インフラが整い(カミソリが十分に売れた時点から)、カミソリの刃を売るビジネスが軌道に乗り始めた。そして、それを見抜いた人々が巨万の富を得た。
It革命も、僕には同じような経緯を辿っているようにも見える。最初、バブルが起こった時、それは期待はずれに終った。結局、ネットインフラサイドは、儲からなかった。多分、これからも、儲かることはないだろう。定額課金である限りは、もうしょうもない。カミソリを売っても儲からないのだ。結局は。一回売ればそこで終ってしまう。
ただ、これから現れるだろうカミソリの刃を売る連中は、おそらく、それなりに繁栄することに成功するだろう。グーグルは上手くやったが、これから登場するのは、それは、ネット企業ですらないかもしれないとも思う。
鉄道や蒸気がもたらした生産性の向上は、鉄道会社には大した利益をもたらさなかった。変わりに、その生産性の向上の恩恵を、それを利用して大規模化を達成することが可能になった企業が受けた。
そう、インターネット接続サービス系の企業が儲からなかったが、グーグルやヤフー、ebay,amazonなどが大企業になったように。
この先、ITによる生産性の向上が、ネット企業にそのまま恩恵をもたらすケースは、少ないかもしれない。ただ、そうだとしても、そこで起こった生産性の向上は、他の場所に恩恵と福音をもたらす事になるだろうと思う。
もし、それが起きないのなら、IT革命は革命でも何でもなく、ただの夢で終るんだろう。