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2006年08月19日

ハードを支配したインテルと末期のIBM@web2.0といつか来た道

IBM、MSときて、本日は、インテルの話。


インテルはアンドルー・グローヴ、ロバート・ノイス、ゴードン・ムーアの設立した企業で、当初は、メモリの会社だった。


そんなインテルを後のマイクロプロセッサ企業にしたのは、70年代前半のちょっとした出来事だった。





このあたりは、wikipediaにもかかれているので、そちらから引用させて頂くけれど、




インテルが世界で始めてのマイクロプロセッサを開発したきっかけは、日本のビジコンという会社が、さまざまな電卓に同じハードウェアで対応できる汎用デバイスの開発をインテルに依頼したことである。実際に開発したのはこのときビジコンからインテルに出向した嶋正利と、インテルのテッド・ホフ、フェデリコ・ファジンらである。




という話になっている。

このあたりは色んな本に書いてるのだけれど、そのエピソードが面白くて、テッド・ホフが、タヒチのトップレスビーチにいた時、画期的なチップ、つまりは、マイクロプロセッサのアイデアを思いついたのだという。


トップレスビーチとマイクロプロセッサーの関係はよくわからないし、本当か嘘かはわからないけれど、このアイデアが、今、ブログを書いている僕のPC のマイクロプロセッサの最初のご先祖様である。


真空管、トランジスタ、集積回路、プロセッサーという流れで行われることになるコンピューターや電子製品の小型化は、歴史的みると、製品が小さくなる度に、「断絶の嵐」が、産業に吹き荒れた。


断絶の時代が訪れると、旧世代の企業は、根こそぎやられてしまうことも珍しくなかった。


この断絶の嵐の中で、上手く生き延びた企業がソニーで、トランジスタラジオから、集積回路をつかったウォークマンまでは、うまく順応した。


ただ、PC革命には出遅れ、プロセッサーというPCの頭脳の商売では、今ごろ、やっとcellで追いついた感がある。業績も株価は、今のところ末期的大企業。


話をインテルに戻す。


インテルは、当初、メモリ企業だったから、マイクロプロセッサーをテッド・ホフが発明しても、経営資源をそれに集中させるようなことはなかった。


当時のインテルは、とことん「メモリ企業」であり、文化もメモリが中心で、メモリ=インテルという社風だったんである。


それに、当初のマイクロプロセッサーは、インテルの財務に大した貢献はしなかった。70年代、アルテアコンピューターのチップになったくらいで、ギーグくらいしか、これを使う連中はいなかったのである。


年に売れるプロセッサーは一万個程度で、すずめの涙程度の利益しか生まなかった。(そういう時代もあったのである。後に日に万単位で売れるようになるのだが)


そんなインテルとマイクロプロセッサーにとって躍進の時期がやってきたのは 1980年代になってからである。


ちなみに、1980年代、インテルは、日本企業によるメモリの販売攻勢に苦しんでいた。ほとんど、ズタボロにされ打ちのめされ、1985年にはメモリ事業から撤退している。


それで仕方なくマイクロプロセッサーに経営資源を集中させたのである。


マイクロプロセッサーが軌道にのったのは、1980年のアップルのIPOのおかげでもある。


PCにおけるアップルの大成功が、巨人IBMにPC事業への参入を決意させたからである。


そして、IBMは、ここでミスを犯す。


つまり、PCの重要部品であったOSをMSに、マイクロプロセッサーをインテルに外注してしまうのである。


これは、一年以内に市場化するという上層部の命令のせいでもあったが、ともかく、この決断が、IBMのPC事業における致命的なミスとなった。


もっとも、インテル自体も、この頃までは、マイクロプロセッサーが、ここまで化けるとは思っていなかった。そもそも、当時、IBMにプロセッサー一個9ドルで売っていたのである。


であるが、1985年、メモリから撤退し、プロセッサ事業に資源を集中しはじめたインテルは、PC市場の成長とともに業績を回復させはじめる。


転機が訪れたのは、インテルが80386チップを完成させた時である。


当時、IBMは、主要なプロセッサ供給先であるインテルに圧力をかけ始めていた。当時のIBMは、二つの供給元から部品を納入するという形をとっていた。


これは、片方に不測の事態が生じても、片方からの供給を見込めるからである。いわば、保険。


そして、インテルに対して、主要顧客という立場から、他のメーカーに製造ライセンスを与えるように圧力をかけたわけである。


だが、インテルにとっては、これは問題外だった。競争相手を生むことになるからだ。


それを嫌ったインテルは、ここで大きな賭けにでる。


MSがIBMにタダ同然でOSを供給し、他のIBM互換機メーカーへのOSの供与で儲けたように、インテルも、IBM互換機メーカーへのプロセッサー供与を行ったのである。


又、新型の80386チップは、当時のIBM製品との顧客層の食い合いがおこっている部分があり、IBMは、自社PCへの80386チップの採用を渋っていた。


こういった状況の中、当時、台頭してきていたIBM互換機メーカーであるコンパックに、インテルは80386チップの採用を求めたのである。


コンパックは、IBMのように、顧客の食い合いが起こるような製品群がなかったので、このチップの採用を即座に決める。


そして、市場化されたコンパックのIBM互換機は、大評判となり、コンパックは、一気にPC市場でIBMからシェアを奪うことに成功する。


この1986年が、インテルの転機となった。


80836チップの利益をほぼ独占することに成功し、収益を黒字化させたインテルは、IBMに養ってもらう必要はなくなった。十分、自分の翼で飛び立てる事に気づいたのである。


IBMの内部では1986年以降、インテルへの依存を減らそうとする試みが幾度もあった。IBMは、インテルから自社内で386チップを製造する権利をインテルから得ていたのだが、その試みは、ことごとく潰れてしまった。


さらに、1980年代と通じて、IBMから優秀な人間が、どんどん流出していった。


IBM上級研究員グレン・ヘンリーは、インテルの二倍の速度の80386チップを製作したものの、それは、結局採用されなかった。彼は、デルへと映移ってしまう。


他にもアンディ・ヘラ―、ボー・エバンズといった技術畑の人間達が、IBMに愛想をつかしてやめていくのである。


決定だったのは、エーカーズCEOが希望退職を募ったところ、IBMで最良の人材8000人が退職してしまったことだった。


組織においては、優秀な人間からやめていき、組織は無能にむかって突き進むというピーターの法則の典型例が当時のIBMだった。


IBMは、米国で終身雇用を行っていた企業だったのだが、それ故、凄い奴と同じくらい、どうしようもない奴が存在した。また、メインフレーム事業をほぼ独占していたが故に、最大の敵は競争相手でなく、社内政治や社内競争だったことも原因としてある。


そして、その中で、階層型組織というのは,常に上層部が優秀でなければいけない。それが階層の前提だからだ。


が、ここで、下層のほうが上層より優秀である場合,上層部が優位に立つように下位の人間を放出して,バランスを取ろうとするのではないかというこちらの仮説通りのことが起こってしまっているようにも見える。


とにかく、わかっているのは、IBMはMSやインテルを駆逐できる可能性があったし、その為の試みも、社内で行われていたという事である。


ただし、優秀な人間がおこなった、そういう提案やプロジェクトは、ほとんど潰れたか、時間遅れで市場にだされることになった。


結果として、PC市場で儲かるのはOS会社とプロセッサー会社だけという状況になってしまった。そう、ウィンテル連合の時代に。


IBMは、最近、PC事業を売却してしまった。IBMは、最初、PC事業で最高のスタートを切っておきながら、市場から淘汰されてしまったのである。


一方で、IBMと互換機メーカーが血みどろの価格競争をしているのを尻目に、インテルはプロセッサーをそのどちらにも売りまくった。MSもOSをどちらにも売りまくった。


インテルとMSは、ここの共通点がある。IBMに育ててもらいながら、一方で、IBMのライバルに闘うための弾丸(ここでOSやプロセッサ)を売りまくって標準の位置を獲得してしまったという点である。


そして、今、最も利益率がよく、市場を支配する金持ち企業に成り上がったというわけである。


この二つの企業は、IBMのサプライヤーから始まって、その後で、IBMの競争者にも部品を売りながら、部品屋として力を蓄え、その後、バリューチェーンの近い位置にある企業や技術を統合して、プラットフォームへとのし上った。


さて、ここまで、コンピューター産業の歴史をIBMとインテル、MSを通してみてきたわけだけど、ここでは、面白い法則性があるように思う。


歴史の流れとして




1、ある特定専用機の登場


2、専用機が汎用のプラットフォームとなり
様々なソフトと単一のハードファミリーが垂直統合される



3、OSなどによるソフトとハードの垂直統合の破壊。
バリューチェーンの水平分離。



4、バリューチェーンが分離された先の場所で、
再び統合の力が働く。
ふたたび、専門機の登場と垂直統合の時代へ
後は繰り返し。



くらいな法則性がある。


1は、初期のメインフレームや、現在のipod、初期のゲームになる。ハードと単一か少ない数のソフトが垂直統合され、ユーザーは、欲しいソフトがあれば、それ専用のハードも買わねばならない。


2は、ケータイや初期のMac、ワープロ、最近のゲーム機などとなる。単一ハードと多数のソフトが垂直統合され、ユーザーは、やはり欲しいソフトがあれば、それ専用のハードを買わねばならない。が、1の頃とちがい、ハードが汎用化(プラットフォーム化)するので、大抵のソフトは、人気ハードを買えば遊べるようになる。


3は、windows、互換機、クローン製品などがやらかしたことであり、この段階に至ると、ソフトとハードは分離されて、ユーザーは好きなソフトを好きなハードで遊べるようになる。選ぶのはOSなどの一部の水平分離を維持するのに必要なコア部品だけとなる。


4 統合化されたバリューチェーンは、その巨大さゆえに動きが遅くなる。その結果、動きの速い専用機などがそれを武器に攻撃が可能になる。これは、現在のネット企業によるソフトウェアとハードの再編にいたる、今の道筋なのかもしんない。


繰り返し。


なんかなーと。


もちろん、他のエレクトロニクスの歴史も考えないといけないけど、こんな感じの法則性があるな、というわけです。


とりあえず、本日はこのあたりで。おやすみなさい。






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