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2006年07月25日

漫画が担った思想

Note on 「DEATH NOTE」 #12

漫画は教養ではない

ちょっと上記二つのエントリの補足的に。


ちょっと日本の漫画の思想の流れについて、簡単に書いておきたい。



で、話は戦前までさかのぼるわけだけど、戦前、教科書などで賞賛されていた人物には、「天皇に忠誠を尽くして戦い抜いた英雄・豪傑」と「負けじ魂をもつ人々」が多かった。


後者は、要するに、「死んでも負けない気持ち」をもつことを賞賛するもので、努力根性至上主義といってもいい。


今でも、校訓としている学校が幾つかあるが、その頃からの伝統といってもいいかと思う。


この手の教育の典型例が木口小平で、wikipediaからの引用になるが、



シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ

死しても尚ラッパを口から離さなかったラッパ手の話は、早くに内地に伝えられた。然しその喇叭手の名は当初「白神源次郎」となっていた。岡山県浅口郡船穂村(後の倉敷市)出身の歩兵一等卒・白神源次郎の武勇は国民に広く伝えられ、また海外にも発信された。功に依り白神は上等兵に進級し、金鵄勲章が送られた。

日清戦争後になり第5師団司令部は「諸調査ノ結果彼ノ喇叭手ハ白神ニ非ズシテ木口小平ナルコト判明セリ」と発表した。木口は第12中隊の喇叭手であるが、白神は同じ連隊の第9中隊喇叭手で、更に同日の戦死であった。師団発表当初は国民の間に驚きもあったようだが、木口の名は次第に浸透していった。尋常小学校修身書(教科書にあたる)にも採用される。大正3年には木口の故郷である岡山県川上郡内から記念碑等建立の動きが起こり、成羽町に於いて「小平園」が設けられ、園内に「壮烈喇叭手木口小平之碑」がつくられた。木口の属した歩兵第21連隊営庭前には昭和7年に銅像が造られた。昭和30年頃には濱田護國神社に移転される。

明治35年に発売された胃腸薬の「忠勇征露丸」は後年正露丸と改称されるが、商品に描かれているラッパのマークは木口の話を参考にした、との逸話が在る。

尋常小学校修身書より

キグチコヘイハ テキノ タマニ
アタリマシタガ、 シンデモ ラッパヲ
クチカラ ハナシマセンデシタ



戦場で、銃弾を受けながらも、小銃を杖がわりについてラッパを吹きつづけ、絶命した木口のエピソードなどが、国民のあるべき姿の一つとして教育現場で教えられていた。



ところが、戦後、この手の記述は、教育の現場からは姿を消した。勿論、軍国主義への批判からだろう。


同時に、歴史教育から、皇国史観によって序列づけをされた英雄・豪傑への崇拝や賞賛の言葉も消え去った。史実と神話が混じり、天皇と国家に対し無批判な戦前の歴史教育は、戦後、否とされたのである。



ところが、興味深いことに、英雄崇拝・賞賛や、「まけじ魂」に代表されるような努力根性至上主義は、違う分野では生き残ったのである。



それが、漫画などのサブカルチャーだった。


戦後、教科書から姿を消した英雄・豪傑の活躍を描いた戦記物や歴史物(三国志や大河ドラマなど)、努力根性至上主義(巨人の星やジャンプの友情・努力・勝利の方程式)が、漫画や小説の中で再現されたのである。


それだけでなく、時代劇などは、マルクスの影響を受け、ブルジョワジーとプロレタリアの二項対立が取り入れられ、戦後の時代劇では、悪代官や悪党の武士から農民や町民を守る正義の武士・無頼漢・義賊などを描いた小説・漫画が人気を博した。



このように、漫画などのエンタメは、随分昔から、メインカルチャーでは扱えなかった分野の過激な思想を主として扱い、それゆえにメインカルチャーではもてないダイナミズムを持っていた部分があったと言えると思われる。


漫画は創作であり、全てがネタである故に、そういった異端思想などを表現することが許されていた。(小林よしのりはその一線を超えてしまったが)


そして、異端思想をダイナミックに取り入れたが故に、「面白かった」のだとも思う。


戦後の漫画は、教養として扱われなくなった戦前の幾つかの思想、極端な左派的思想の代弁者でもあった。



というわけで、漫画や小説というのは、メインストリームから外れたイデオロギーの多くを含んでいるのであって、ある種、サブカルチャーの教養書的な部分を担いつづけてきたわけである。ネタですむ故に、それが許されているのが強みなわけである。


多分、これからもそうだろう。

漫画は、メインカルチャーの教養でなく、サブカル系の教養を担ってきた。漫画は教養ではないという見方には、同意できない。そこには、サブカル的な思想が確実に含まれているからだ。

と同時に、メインカルチャーの教養になった時には、それは、すでに時代遅れになった時なので、デスノートが教養になってしまったら、多分、その時には、それが時代遅れ、あるいは勢いを失ってしまったときなのではないかと思う。


極端な話、子供には読ませるべきじゃないっていうくらいの話のほうが、実は、子供にとってストーリーとしては面白いことが多く、その点で、デスノを弾さんが子供に読ませるべきといっているのは、少々同意できなくもある。


普段、教科書なんかでは書いてないような話のほうが非日常的で面白いわけだから。


デスノは内容的にアレな部分が結構ある。子供にゃマズイって親の方が多いだろう。その点で、アレを子供に勧める点で弾さんらしいといえばらしいのだけれど。


デスノはドラゴンボール、北斗の拳、ジョジョといった教育上、不適切な漫画(もう殴り合いの殺し合いがバンバン出てくるような漫画)の流れを組んだジャンプ漫画なんだし。



本日はいじょ。





タグ:漫画 歴史
posted by pal at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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