このブログの人気エントリを読みたい方はこちら
もう一つのブログはこちらです。

2006年07月19日

マルクスとケインズとインターネット

二〇二五年までの半世紀を代表する思想・哲学はどこに

梅田さんのエントリに便乗。

本日は、歴史と文学と経済学の話。



細かい理論的な話を省いて、結論からいうと、1800年〜2000年の期間に、二つの大きな法則が発見された。


一つは経済学者ケインズによる「需要が供給を決める」という有効需要の法則。彼は、これによってセイの法則(供給が需要を決める)を否定した。


もう一つはマルクスによる「上部構造(政治、法律)は下部構造(経済活動)に依存するという唯物史観」となる。これも革命的な考え方で、それまでの 「下部構造」を「上部構造」が規定するという考え方を覆したのである。



この二つは産業革命の落とし子といっていいだろう。

ケインズの功績は、産業革命後に確認された大規模な不況と好況の景気循環がなければありえなかっただろう。


wikipediaからの引用になるが、


『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1935年 - 1936年)において、セイの法則を否定し、有効需要の原理を基礎として、失業の原因を明らかにした。有効需要は市場メカニズムに任せた場合には不足することがあるが、これは、減税・公共投資などの政策により投資を増大させるように仕向けることで、回復可能であることを示した。なお公共投資政策の本質は、単なる有効需要の付加ではなく、政府による公共投資が企業家のマインドを改善することで経済全体の投資水準が底上げされうるという点にあるのだが、このことは意外と理解されていない。これら、彼の提唱した理論を基礎とする経済学を「ケインズ経済学」(「ケインズ主義」という言葉も有る)と呼ぶ。

ケインズの有効需要創出の理論は、大不況に苦しむアメリカのフランクリン・D・ルーズベルト米大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となった。



彼の理論は、当時の景気循環によって引き起こされた不況が、何故こうも長引くのかを説明し、それを克服することを目的としていた。


一方で、マルクスになるが、彼も又、産業革命後におこった資本主義経済なくしては存在しえなかった。


再び、wikipediaから引用させていただくが、

カール・マルクス

産業革命後の資本主義経済を分析し、フリードリヒ・エンゲルスとともに、自らの共産主義を打ち立てた。『共産党宣言』の結語「万国のプロレタリアよ、団結せよ!」“Proletarier aller Länder, vereinigt Euch!”の言葉は有名である。



唯物史観

唯物史観(ゆいぶつしかん)とは、マルクス主義や歴史学において、経済や科学技術などの物質的な発展に基づいて、人間の歴史における発展や変化を説明する方法である。唯物史観という言葉は、史的唯物論と同じ意味で使われることがある。

資本主義経済の仕組みを分析したカール・マルクスは、人間はその歴史的過程における一定の生産関係に入るという考えに基づいて、唯物史観の概念を発展させた。例えばそれは、共同狩猟と食料の採集であり、領主と農奴の関係であり、労働者と資本家の間に結ばれる契約というような概念である。彼は、生産様式、搾取、剰余価値、過剰生産、物神崇拝などについて分析することで資本主義の論理を厳密に考察したのち、社会主義を生産の発展における次の段階であるとした。

マルクスやマルクス主義者の理論によると、歴史の発展過程を以下のように説明する:

1. 社会の発展は、その社会のもつ物質的条件や生産力の発展に応じて引き起こされる。
2. 人間は、必然的に一定の生産関係(おおまかに言うと経済的な関係)に入る。それは人間にとって最も重要な社会的関係である。
3. 生産力の発展に応じて、必然的に生産関係も発展する。
4. 生産力や生産関係は、人間の意図や意志とは独立して発展する。
5. 社会の観念的な生産物である文化や制度、いわゆる上部構造は、究極的にはその社会がとる生産様式を表したものである。
6. 国家は、その種類にかかわらず、支配階級のための権力機構(権力組織)である。言い換えれば、国家とは、ある一階級が自らの支配を安泰にし、自らの好ましい生産関係を社会に強いるための手段である。
7. 国家権力は、社会的、政治的な革命によってのみ、一つの階級からもう一つの階級へと移行される。
8. 今ある生産関係の形態がもはや生産力の発展を助けず、その足かせとなるとき、革命がおきる。



マルクス主義


マルクス主義(マルクスしゅぎ、独: Marxismus)とは、マルクスとエンゲルスによって展開された思想をベースとして確立された思想体系の名称である。個人崇拝を排するため、「科学的社会主義」とも称される。

レーニンによるならばドイツの古典哲学(ドイツ観念論)、イギリスの古典派経済学、フランスの初期社会主義が思想的な源泉だとされる(「マルクス主義の三つの源泉」)。しかし、今日ではレーニンによるこのような定式化は否定されている。

マルクスは、資本主義の高度な発展が共産主義の基盤を形成すると見ていた。マルクスは、労働者階級をプロレタリアート、資本家階級をブルジョアジーと呼び、労働者が資本家から剰余価値を搾取され、支配されていると規定した。それに対してレーニンなどはブルジョアジーの支配を暴力革命によって打ち倒し、労働者階級の権力を打ち立てた後に共産主義社会を目指すのがマルクス主義の根本であるとした。そこには資本主義が未発達の後進国における意志的傾向が見られるが、結果的にマルクス主義は、マルクスが批判したイデオロギーの一つとなり下がったといえよう。




かなり引用が長くなってしまったけれど、マルクスは、その後の歴史学と文学に恐ろしいまでに強い影響を与えた。経済学にも与えただのが、それはおいておいて、歴史と文学に限定して話をすすめる。


歴史において、マルクスが最も影響を与えた分野は、「唯物史観」になる。これは、日本の歴史教育にも強い影響を与えているので、皆さんが学んだ歴史は、少なからず、マルクスによる「唯物史観」に基づいて再構成された歴史といってもよい。


戦前の日本の歴史は、「皇国史観」によるものであり、又wikipediaからの引用になるが、

皇国史観(こうこくしかん)とは、日本の歴史を天皇中心に捉え、万世一系の天皇家が日本を支配する事が正当だとし、天皇への忠義を最も価値があるとする歴史観をいう



というものだった。


森元首相の「日本は神の国」発言が問題になったことがあったが、戦前生まれの人としては、そう珍しくも無い考え方でもある。

戦前の日本の歴史教育は、上記のようなものであり、歴史と宗教が入り混じったものだった。


戦後、日本では、皇国史観の歴史が否定されたのだが、その代わりに日本の歴史研究の一つの主流になったのが唯物史観の流れをくむ大塚史学である。


そういう経緯があったので、日本の戦後歴史教育については、唯物史観やマルクス主義の影響を強く受けている。


時々、今でも「支配⇔従属」という形で資本主義を捉えている人がいるが、このあたりは、マルクス主義、唯物史観の影響を強くうけた日本の歴史学の故なのかもしれない。


ちなみにだが、この唯物史観については、マルクスの研究が進んだ今では、批判・検証が加えられており、そのフレームワークは揺らいでいる。


もう一つ。

唯物史観は、キリスト教史観の影響を明らかにうけたものであるということ。

またwikipediaからの引用になるが

ヨーロッパには古代キリスト教以来の普遍史の伝統があった。アウグスティヌスの『神の国』のように、聖書(旧約聖書・新約聖書)をそのまま事実と捉え、天地創造-アダム-ノアの方舟等を経てイエスが誕生し、現在があり、やがては最後の審判を迎えるという歴史観である。中世にわたって支配的な歴史観であり、啓蒙思想の時代に至って否定されたが、世界史には一定の目的があるとする発想は後世にも大きな影響を与えている。



という考えかたは、マルクスが打ち出したプロレタリアが革命によって資本主義とブルジョワジーを打ち倒し共産主義を実現するとしたソレと酷似しているといえる。


最後の審判とは革命であり、そして、そのあとに築かれるミレニアムが共産主義の世界という事になる。


現実には、そういかなかったけれど。


また、日本文学の分野では、さらにマルクス主義の影響が強い。


カムイ伝は、まさにマルクスの影響をうけた作品だし、水戸黄門に出てくるような悪代官とそれに搾取される町人・農民の関係は、マルクス的イデオロギーによって再構成された過去である。


資本家層や金持ちを悪とし、町民や村民といった下層階級の素朴な人々の善性を描いた作品郡は、多かれ少なかれ、マルクスの影響を受けているともいえる。


産業革命をへて、初めて文学が大衆化し、それによって新たな大衆文学市場が生まれたことにより、ブルジョワジー⇔プロレタリアといった二項対立が完成し、そしてそれが文学の中でイデオロギーが再構成されたのである。


江戸時代の芝居や落語では、まだこういったイデオロギーの再構成はみられない。芸術ですら、社会の影響をうけないことはないのである。


日本の文学と歴史にはマルクスが入り込んでいるのは、否定できない事実であって、日本が社会主義的国家なんて言われたりした理由は、そういったイデオロギーを歴史や文学において再構成しすぎたせいかもしれないとは思う。


随分前に、学問の世界では欠点が色々指摘されたマルクスではあるが、エンタメなどでは、まだまだ元気である。


このように、産業革命は、経済だけでなく、歴史や文学にも強い影響を与えた。本当に革命だったのである。その影響はあらゆる分野に及んだのだから。




もし、インターネットが産業革命に匹敵する革命だとするならば、おそらく、2000〜2050年までの間に、第二のケインズや第二のマルクスが出現するだろう。


それほどの社会的影響を与えるならば、必ず、新しい思想・芸術が生まれる。


それを見届けてから死にたいものだと思う。



そういや、本日、とうとうyoutubeが著作権法違反で訴えられたが、これは、ある意味では、当然というか。


ネットというは、新しい生産体系であり、これは、基本的に古い知の生産体系とは相容れない。


マルクス主義的にいうなら、 今ある生産関係の形態がもはや生産力の発展を助けず、その足かせとなるとき、革命がおきるという形で捉えられる。


大塚史学でいうなら、

「ある社会構成内部の中心地域では、次の段階を特徴ずけるような新しい生産関係が確かにいち早く生み出されるけども、他面において、そこでは古い生産関係の基盤が何としても根強いために、そうした新しい生産関係の展開は当然に阻害され、あるいは著しく歪曲されるほかない。その結果、新しい生産様式は、おのずからそうした中心地域を去って、旧来の生産諸関係の形成が比較的弱かったか、あるいはほとんど見られなかったような辺境ないし隣接の地域に移動(または伝播)し、そこでかえって順調かつ正常な成長をとげることになる」



となる。


TV局や新聞のネット戦略がはまらず、新興のベンチャーが次々とサービスを成功させているのも、これで説明もできる。古い場所では古い生産関係の基盤が何としても根強いために、そうした新しい生産関係の展開は当然に阻害され、あるいは著しく歪曲されるほかないという奴である。



歴史を勉強すると、こういう風に、「この道はいつかきた道」という繰り返しが確認される。


もっとも、この考え方は、批判の多い唯物史観的なものなのだが。


最も、僕も唯物史観的な歴史観の信奉者だ。

ネットというのは、新しい生産様式であるので、色々な軋轢を生みつつ、最終的には古い生産様式を破壊して前に進むだろうと考えている。


そして、それは避けられないだろうと。



ただ、過去の革命のように、戦争のような闘争と破壊にまでは進まないで欲しいとは願っている。


物質的な革命でなく、神経的な革命であるので、物質的闘争にまでは進まないだろうと考えてはいるのだが。

しかし、ネットで行われている各種うんこの投げあい論争を見ていると、ある種の神経的戦争は起こるかもしれンね。






posted by pal at 19:22 | Comment(5) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
この記事へのコメント
Great post with lots of impotrnat stuff.
Posted by xWrbMmxich at 2012年11月21日 05:51
Posted by wzVjAxChwMQTyskFY at 2012年11月21日 10:02
hwP0ty , [url=http://skiizijtmggj.com/]skiizijtmggj[/url], [link=http://qocaccntrbow.com/]qocaccntrbow[/link], http://dxhdhalyvpzv.com/
Posted by zwORtHvVnIw at 2012年11月22日 14:05
Posted by squZasxznJoYXAHnxvB at 2012年11月23日 06:25
zvyPsK , [url=http://bzretkmxgbla.com/]bzretkmxgbla[/url], [link=http://fqkiyoliehil.com/]fqkiyoliehil[/link], http://sbsuzosuiwvz.com/
Posted by KCpweFObZB at 2012年11月23日 11:08
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。