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2006年07月17日

ゲーム業界のイノベーションのジレンマ その2

実は俺、プロモーションって言葉が大嫌いなんだよ


ちょっと、本日は、発熱地帯さんところの記事にからんで、ゲームとイノベーションのジレンマの話再び。


もう半年以上前に書いたコラムの補足的なものなんだけども、前回のコラムでイノベーションのジレンマにまつわる幾つかの重要な概念をすっ飛ばしていたので、それの補足的に。


「イノベーションのジレンマ」は、大企業が滅ぶのは、重要な顧客の声に耳を傾け、最も収益性の高い分野に投資するという健全な経営手段に端を発しているという事をハードディスク業界や他のさまざまな業界の研究を通じてあらわされた理論。





顧客の声に耳を傾ける、収益性の高い分野に投資する、健全に企業を経営する。


どれも、正しく思える事ばかりだが、そこにある落とし穴を指摘したのが、「イノベーションのジレンマ」。


企業の多くは、顧客のニーズに応えるため、より高品質な商品の開発に力を入れる。


この機能改善、性能上昇にまつわるイノベーションが「持続的イノベーション」と呼ばれるもの。


だが、クリステンセン教授は、一般的に「製品の機能・品質の上昇速度は顧客の利用能力を超えるスピードで進化する」という法則性を発見した。


これは、近代の工業化世界では「需要の増加より供給の増加のスピードのほうが早い」と言い換えられるとも思う。


その結果、イノベーションのレベルが顧客の活用能力を超えた時点で、「行き過ぎ」という現象が現れる。


つまり、性能や機能の「供給過剰」が生まれるのである。


その結果、新興企業に攻撃するチャンスが生まれる。


品質過剰の製品に対して、新興企業は、低価格とシンプルさを武器に市場のローエンドを攻撃可能になるのである。


そして、ローエンドで生まれた低コストのビジネスモデルを武器に、ローエンドからハイエンドの市場に攻めあがり、最終的に、優良企業の主要顧客の市場を食い荒らして、優良企業を市場から押し出してしまう。


これをクリステンセン教授は「破壊的イノベーション」と名づけた。

そして、歴史上、数多くの優良企業と言われた企業群が滅びた理由をこれによって説明した。


「イノベーションのジレンマ」が優れていた点は、フォーブスやS&P500などの企業ランキングで、およそ20〜30年の間に、トップ企業の10社中7社が姿を消している理由を説明可能にしたことだった。


つまり、経営や製品が不味かったのではなく、顧客の声に耳を傾け、収益性の高い分野に投資し、健全に企業を経営した結果として、滅んだとしたのである。


このあたりは、前回のコラムでも扱ったので、今回のコラムで扱うのは、他の書いていなかった部分。


今回のコラムでは、クリステンセン教授が使った顧客の分類方法について扱おうと思う。


今、企業にはマーケティングという分野が存在し、そこでは様々な顧客のセグメテーションが行われている。


例をあげるなら、顧客の性別や年齢によって顧客の層をわけたり、ゲーム業界の大雑把なやり方なら、「コアゲーマー」と「ライトゲーマー」という風な分類だ。


クリステンセン教授は、そういう分類はしなかった。


クリステンセン教授は、顧客のセグメテーション方法を単純化し、顧客に三つの分類を与えた。


その三つとは
満足度不足の顧客
満足度過剰の顧客
非消費者



である。


クリステンセン教授は、この三つの顧客層が、それぞれ異なるビジネスチャンスを与えてくれることを指摘している。


一般に、製品・サービスを世に送り出す際には、四つのリスクがあり、


市場リスク
本当に製品・サービスを使ってくれる顧客がいるかどうか

人的リスク
経営者の資質など

技術的リスク
製品・サービスを作り出せる技術があるかどうか

資金的リスク
事業を始め、継続できる資金があるかどうか



この中で、最もリスクとして恐ろしいのが、「市場リスク」になる。


顧客獲得コストというのは、ものすごく高いし、どんなにいい製品・サービス、優秀な経営陣、大量の資金があろうと、使ってくれる顧客がいないなら、それら全てが不良在庫にしかならないからだ。


クリステンセン教授の三つの顧客分類は、もっとも大きなリスクである「市場リスク」の見極めに非常に役立つ画期的な概念だった。


それをこれから述べる。


「満足度不足の顧客」とは、市場のハイエンドにいる顧客だ。解決するのが難しい問題を抱えた要求度の高い顧客であり、より優れた製品・サービスに喜んでお金を払ってくれる顧客といえる。製品・サービスは満足できる水準にはないと考える人たちがいる市場となる。


「満足度過剰の顧客」とは、市場のローエンドにいる顧客であり、要求は控えめで、満足させるのも難しくない。製品に満足しきっており、それどころか、こう思っている人たちだ。つまり「この製品は複雑すぎる。値段が高すぎるじゃないか」という人たちである。


「非消費者」とは、ある製品・サービスを自分の持てる技量や財政事情のままでは利用できない人たちである。彼らは、どこにでもいるが、マーケットにある製品のどれも、彼らに答えてくれる仕組みがないので、放置されたまま存在している。


まず、市場リスクについて述べるならば、市場がどの段階にあるのかを見極める必要がある。


つまり、一つの市場の中で、製品がどの段階にあるかを見極める必要があるということ。


もし、市場の中に、「満足度不足の顧客」しかいないのであれば、持続的イノベーションに秀でた企業、つまり大企業が圧倒的に有利になる。


逆に、「満足度過剰の顧客」や「非消費者」の存在が確認されるのであれば、その市場を足がかりにして、破壊的イノベーションを起こしやすい新興企業が有利になる。


前ふりが長くなったけれど、ゲーム業界の話はここから。


最近、ゲーム系のブログでは、ソニーのPS3と任天堂のWiiの話題が熱い。


この次世代ゲーム機戦争では(任天堂は次世代ゲーム機ではないと言ってるし、ソニーにいたっては「ゲーム機じゃない」なんて言い出してるけど)、両者の狙う市場は明らかに分かれている。


まず、ソニーだが、ゲーム機としては、明らかに、「満足度不足の顧客」の市場に狙いを定めた製品だという事。


一方で、任天堂は、ゲーム機としては、「満足度過剰の顧客」「非消費者」に狙いを定めた製品だといえる。


ここに両者の違いがある。


http://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2006/speech/japanese.html


こちらのページからの引用になるが、


私が任天堂の社長になった時、我々は会社の新しいゴールを決定致しました。
ゲーム人口を拡大することです。

これを実現する為に、今ゲームをお楽しみいただいている皆様だけでなく、我々は二つの異なった顧客層を目指さねばなりませんでした。かってビデオゲームで遊んだ経験はあるが、すでに興味を失ってしまった人たち。そして、今まで一度も遊んだことの無い人たちです。どうすれば出来るのか?

この業界では、いつも同じ方向性での改善が試みられてきました。それは、「もっと凄いゲームを作る」という方向性です。しかし、ゲームを辞めてしまった人や、ノン・ゲーマーの方にアプローチする為には、「もっとすごいゲーム」はほとんど無力です。



*赤字は僕です。


この一文から、任天堂が明確に「満足度過剰の顧客」と「非消費者」の市場に明確に狙いを絞っていることがわかる。


そして、今までのアプローチ、つまりゲームの品質向上というアプローチが、その二つの市場を開拓する上では役に立たないことを認めている


一方で、ソニーなのだが、


http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0605/09/news046.html


こっちのページで、我らがクタタンのインタビューが読めるが、ひたすら自分達の技術の凄さを語っている。


他にも色々あるし、「エンターテイメントコンピューター」という名目で「非消費者」にアプローチしようとしている節もあるが、製品としては、「満足度不足の顧客」にアプローチする手段である製品の品質向上を第一においている。


この点で、どうやっても、PS3は、「満足度不足の顧客」層にしか売るのは難しい。


ゲーム市場の顧客の中で、「満足度不足の顧客」が主流なのであれば、PS3は成功を収める可能性はある。そこでは、大企業、金と技術力のある企業に有利な持続的イノベーションに力を発揮できる企業が有利だし、そういう顧客は、多少のプレミアムがついていても、喜んでお金を払ってくれるからだ。


ただし、今、ゲーム業界は、かつてない変動に見舞われつつある。

据え置きハードの業界が、しぼみ、携帯ハード・ソフトが膨らんできている。


その市場において「満足度過剰の顧客」と「非消費者」に絞っている任天堂が勝利をおさめつづけているという事は、つまりだが、市場の顧客構成が変わってきているという事だと思われる。


つまり、ゲームハード自体の性能が明らかに「行き過ぎ」の兆候を見せ始めており、顧客の中で「満足度過剰の顧客」層がふくらみ始めているという事。


そして、従来のゲーム産業が、「非消費者」、ゲームをやったことが無い人をゲームをしてもらう為のソフト作りを見放していた事。


この二つの市場が、任天堂が挑戦している市場であり、そして、一番の顧客なのだと思われる。

そして、任天堂が成功した理由もここに尽きる。彼らは、従来の市場(満足度不足の顧客層)から目線を外して、満足度過剰の顧客層と非消費者に狙いを絞ったんである。


これは、挑戦者がチャンピオンを引き摺り下ろすための王道だ。


任天堂は、市場のローエンド(満足度過剰の顧客層)、あるいは新市場(非消費者の市場)に根をおろした後、そこからあがる利益を使って、よりハイエンドの市場まで這い上がり、最後には、市場のハイエンド、つまり最も要求の厳しい顧客層の市場を席巻し、ライバル、ソニーを蹴落とすというのが、任天堂の市場戦略。


これが、最も可能性の高い挑戦者側のやり方だという事。


そして市場の最下層にいつまでも、任天堂はいるつもりはないだろう。

なぜなら、そこは、いずれレッドオーシャンになるからだ。

いったん、新しいゲームを始めた以上、より利益の出る上位の市場に向かって泳ぎ続けないと、新たに下から現れた企業にやられてしまう。


任天堂が、最近、ハイエンド向けのやりこみがいのあるゲームをDSでリリースしようとしているのは、ここに理由がある。彼らは、市場が飽和する前に、より金払いのいい顧客層をDSにひきつけねばいけないからだ。


次世代ゲーム機戦争で、任天堂が「競争はしない」といっているのは正しい。

目をつけている市場がソニーとは違うからだ。


だが、最終的に、同じ場所、ハイエンド市場を目指して突き進むことになるので、激突することになるだろう。

その時、ソニーと任天堂のどちらが勝つことになるのかは、イノベーションのジレンマ通りに事を運べれば自明となる。


今後の展望だが、ゲーム業界については、三つの市場のどれに注力するかで、今後の戦略は変わってくる。それぞれで、しばらくは、別個の進化が進むだろう。こんな感じで。


「満足度不足の顧客層」→従来通りの凄いグラフィック、映画のようなストーリーを進化させたゲーム


「満足度過剰の顧客層」→シンプルで低価格なゲーム、何かに特化したゲーム


「非消費者」→ゲームらしくないゲーム。従来のゲーマーには受け入れられないが、今までゲームをやったことが無い人には受け入れられるゲーム。


といった形で。


それぞれの市場で、もっとも上手く立ち回った企業は生き残るだろうし、間違った市場に間違ったソフトを投入した企業は不振に陥るだろう。


まとめになるけど、製品を世に送り出す際に、最も恐ろしいのは市場リスクであり、この解決は技術リスクや資金リスクより難しい。使ってくれる顧客がいなかったら、どんなに凄い技術も投入した資金も、優秀な経営も意味をなさないからだ。


だから、狙いをつけた市場で、それにあった戦略をたてれない企業は生き残れない可能性が高い。


自分達が戦っている市場で、適した技術は質を向上させるためのモノなのか、それとも、低コストのビジネスモデルを確立するための技術を使うべきなのか、非消費に立ち向かう技術を使うべきなのか。


この見極めが大事だとクリステンセン教授が何度も言っていることなので、それを紹介したかったのが今回のコラムなのでした。


おしまい。





*最後になるが、ゲーム機という製品自体にも、製品寿命が迫っているようには思う。


携帯ハードにしろ、据え置きハードにしろ。

これは、インテルとAMDの戦いもそうだ。

AMDは、ローエンドを制してハイエンドに駆け上がろうとしている。

そして、ソニーは、その市場にセル、つまり性能で参入しようとしている。

が、プロセッサに関しては、性能が競争の源泉となりにくくなりつつあり、そして、その製品に関しては「行き過ぎ」の兆候が見え始めている。


ここでも、ソニーは間違ってしまったようには思う・・・・


製品寿命が尽きてしまえば、その市場から魅力的な利益を上げることは難しくなる。


その時に、任天堂やインテルは真の意味で断絶の時代を乗り越えないといけなくなる。

本当の勝負はその時だろう。




posted by pal at 01:48 | Comment(3) | TrackBack(3) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
この記事へのコメント
>その時、ソニーと任天堂のどちらが勝つことになるのかは、イノベーションのレジンマ通りに事を運べれば自明となる。

ジレンマじゃなく、レジンマになってます。
Posted by 通りがかり at 2006年07月17日 10:31
ローエンドユーザー(とにかく一番安いのを買うユーザー)が全体の40%いるって話は昔からありましたね。
Posted by おぞん at 2006年07月18日 00:04

>ゲーム機という製品自体にも、製品寿命が迫っているようには思う

http://park2.wakwak.com/~neo/game.html
ここのSonyの戦略の予想が結構面白い。
他社製のPS3を出してCellで儲けるってやつ。
Posted by tst at 2006年07月19日 00:42
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