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2006年02月14日

漫画の絵の移り変わり

【猿漫】「サルまん」の作り方・補足

たけくまさんが、面白い話してるんでちと、便乗的に漫画の絵の話。

日本の漫画の歴史は、手塚から始まったわけだけど、
その歴史の中でも、絵の歴史ほど面白いものはない。


で、まず、手塚からはじめると、
日本漫画の初期絵は、ほぼディズニーのパクリといってよい。
3頭身から4頭身程度のキャラクターで構成されていた。
ディズニー絵は、手塚、赤塚、富士子富士夫、松本零次で
完成されたといっていいかもしれない。

日本漫画創生期の偉大な作家は、ほぼ全員、ディズニー絵だった。

一方で、ディズニーから派生した絵が飽きられてきた
1970年代に入ると、アメコミなどの影響をうけた劇画が
流行する。最初は、大学生なんかの、ちょっと暇な大人向けの娯楽として登場した。

過激なセックスシーンや、暴力シーン、ディズニー絵では
表現しえなかった力強い表現が劇画の強みだった。
手塚をノイローゼ寸前まで追い込んだのがコレ。


だけど、この劇画の流行もすぐ終わった。
原因は色々あるけども、僕個人としては、原哲夫、北条司、池上遼一といった
劇画の中でも特に画力の高い作家の登場をあげる。

要するにだけど、彼らは、あまりに上手すぎた。
その結果、普通の作家では、ほとんど歯がたたないほどに
劇画に要求される絵のレベルが上がってしまったのである。
(理由は、彼らの絵が劇画の標準になった為。
彼ら以下のレベルの絵描きは市場で相手にされなくなってしまったのである。)

今でも、劇画系の作家は、何人か時々でるが、そのどれも
上手さが半端じゃない。いい例がベルセルクの三浦健太郎で
あそこまで書き込むならカラーで原稿描いても変わらないというレベルまで
来ている。

というわけで、劇画自体の絵の標準レベルが上がりすぎた為に
漫画界への新規参入者は、別のところで勝負するようになった。

これが、1980年代に始まった「デザイン勝負の絵」競争。

これは、今でも続いているが、
漫画絵がファッションと同じようにデザイン勝負、感性勝負になったのである。
そして、この絵は、感性豊かな10〜18歳の層に特に支持された。

高橋留美子、あだち充、鳥山明といった作家を筆頭に
「キレイ・カワイイ」系のデザインがまずは主流になった。

その後、「耽美」や「カッコイイ」といった亜種が出現し、
最近は、「萌え」デザインへと移ってきている。



ここまで、漫画の絵の移り変わりを見てきたが
大抵の場合、あるジャンルで「最高の絵師」ってのがでてしまうと
後はそのジャンル自体が衰退しているように思える。

推測だが、最高の絵というのが表現されてしまうと
読者の舌がそれを標準にしてしまうために、そのジャンル自体への
新規参入が難しくなり、少しづつしぼんでいってしまうのではなかろうか?


そんなことをふと、たけくまさんのエントリを読んで思ったわけである。




posted by pal at 20:49 | Comment(0) | TrackBack(1) | 漫画 このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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Tracked: 2006-02-26 13:54
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