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2005年12月31日

ゾウと人間のゲーム

ゾウの頭数調整で是非議論 南ア、激減後に増えすぎ

はてB経由で、この記事を目にしてから思っていることがある。

「みえざる神の手」というアダム・スミスが提唱した理論がある。
古典経済学だが、今でも、この話をよく思う。

まぁ、簡単に述べてしまうと自由競争が適正に行われる限りは、
自然と需要と供給は「神のみえざる手」によって、経済的均衡が実現され、社会的安定がもたらされるというもの。

好況と不況を繰り返しながら、必ず、市場は適正な値段をつけ、
自由競争が行われる限りは、必ず、均衡がもたらされるというもの。


この話を読んだ時、面白く思ったのは(今でも興味があるんだが)
自然の生態系にも同じような「神の見えざる手」が働いているという
事である。

手元に当時の資料がないんだけど
ある、一つの森の生態系を調査した学者が
その森に住む生物の個体数を調査した。

その結果、その森にすむ生物の数にも「好況」と「不況」があることが
確認された。

つまりだけど、ある時期において、
ある一つの生物群や、あるいは森に住む生物群がどんどん増えていく。

植物が増える→植物を食べる兎が増える→兎を食べる狐が増える

みたいなサイクルで。

だが、ある一定のラインで、それが限界に達する。
つまり、植物を食べる兎が増えすぎると、植物の再生産よりも
兎が食べる植物が多くなりすぎて、食べるもの、植物が不足してくる。

それでも兎は子供を産むので、
デッドラインを超えて兎が増えてしまうと
深刻な不況が、つまりだが、食べ物不足が兎の社会に
やってくる。

そうなると、兎の子育ては上手く行かなくなる。
それでも、狐は兎を食べる。狐達による兎の捕食は、
兎の頭数の再生産が上手くいってない時期でも減らない。

だから、ある時期まで兎の頭数減少は止まらない。


兎がある一定数まで減り始めると
今度は、兎を食べる狐まで減り始める。

食べ物がないからだ。

その結果、植物の減少が兎と狐の減少をももたらす。
生態系そのものが縮小していくのである。


だが、兎の数が減っていき、あるラインまで数が減ると
植物の再生産能力が、兎達による食事量を上回る。

そうすると植物が増える→兎増える→狐増える

という形で、生態系が再び拡張しはじめるわけである。

そういう形で自然というのは、
ある一定の規模を保ちつづけるというのを知り
市場原理と同じように自然原理の中にも
「神の見えざる手」が働いているんだな、なんて
感心したものであった。


だが、こういった原理に人間が手を加えると
とんでもない事になることがある。

一番いい例が、毛沢東による「雀駆除」で、
雀を田畑を食い荒らす鳥として中国中で駆除したら
次の年、雀が食べていた虫が大量発生して
田畑を食い荒らし、大飢饉になったなんて話。

他にも、これ系の話、生態系に人間が手を加えた結果、
予想外の結果がもたらされたケースは多い。

日本だと、明治期、カンズメ用にエゾシカを乱獲したら、
エゾオオカミが、食事に困って家畜を襲うようになった。

こまった政府は、オオカミを駆除して全滅させたが、
今度はエゾシカを食べるオオカミがいなくなったので
エゾシカによる食害が問題になり(去年は50億だとか)
今でも駆除が続いているらしい。

生態系を狂わせたツケである。
オオカミの仕事を人間がしなくてはいけなくなったというわけだ。



教訓を活かせないのはなぜか?


そんな中、田中さんが、経済における問題点の指摘があった。
日本のバブル潰し失敗の教訓から、
現在の日本で金融引き締め、ひいては、市場に人為的に手を加えて
市場自体の動きをコントロールすることの困難さ、リスクの高さを
述べている。


最初にあげたゾウのケースや、中国での雀駆除、エゾシカの話と
今回の田中さんのコラムは、「競争原理」で働いている市場に
人為的に手を加えることの困難さを示している。

田中さんのコラムから引用させていただくが

 
しかしバブル崩壊とその後の長期停滞はまさにバブル潰しという資産価格をターゲットにした金融政策の失敗に基づくものではなかったのか? そしてこの15年にわたる大停滞というのはデフレとデフレ期待の定着による消費や投資の伸び悩み、それによる失業や倒産の累増ではなかったのか?



そう。
失敗したのだ。日本は。
競争原理で働く市場をコントロールして。



ここでこの二つのケース、日本経済のバブル危機とゾウによる食害を考える。

ゾウはどうだろうか?

人間が手を加えるべきか?
それとも、自然の大いなる手に任せるべきか?

ほって置けば、ゾウは勝手に減る。

なぜなら、ゾウが増えすぎれば、植物の再生産量を
ゾウの食事量が上回り、不況時代が訪れるはずだ。

つまり、植物がほとんどなくなり、ゾウは、食べるものが
なくなって、子供が育てられなくなる。餓死するものもでるだろう。

結果、ゾウは、自然の生態系に適した数まで減る。
人間が手を加えるまでもない。

勿論、その過程で、深刻な生態系不況が訪れるだろうが。
ゾウは、可能な限り、頭数を増やし、そして食えるものは
食い尽くすだろうから。

人間が手を加えれば、そういった深刻な生態系不況を
回避できるかもしれない。

だが、生態系に手を加えるとどこかに、ひずみがでる。
それは人間が負わねばならないコストとなるかもしれない。
エゾシカ駆除に金を使わねばならない日本のように。


日本経済の場合、もっと複雑になる。
バブルは怖い。

だが、市場をコントロールしようとして
大失敗した例は沢山ある。

予想できないひずみが、どこかで生まれてしまうからだ。

ゾウと人間のゲームの予想がつかないのと同様に
市場に手を加えた結果も又、予想できない。




posted by pal at 19:42 | Comment(0) | TrackBack(2) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集
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