もともとは、
蟹工船が平積みとなった挙げ句のアキバ事件か
こっちの楠さんの記事読んでから、ちょっと書こうとは思っていた話なんだけれども。
他にも、
秋葉原通り魔事件が例外的犯行だと思えない理由
こちらの記事読みながらも思った話なんだけどね。
故事にある「衣食足りて礼節を知る」をもちだすまでもなく、人間、衣食住足りた状態では、そう簡単に犯罪には走ったりしない。これは裏を返せば、衣食住が足りないと、社会不安が高まるってことでもある。
食料暴動とかは、日本では過去のものだけれど、世界の最貧国あたりでは、まだ起こっている。
貧困は犯罪を生み出すか?答えはイエス。
犯罪の九割は失業率で説明がつく
という記事が、ちょっと前にはてBで話題になったけど、ある種の犯罪は、失業率と密接に関係がある。
考える前にやるべきことがあるだろ
もちろん、この記事には、反論が示されていて、そちらも面白いのでご一読を。
で、なんだけど、「失業率が上がれば、基本的に社会不安が高まる」というのは、確かにあるんだけど、まず、失業率が高くなると、確実に増える犯罪っていうのは、贈収賄だとか、窃盗なんかの金と密接に結びついた犯罪だって事がある。
人間は食わなきゃ死ぬわけで、それに例外はない。
現在の人々の多くは、専門化した知識で食っている人がほとんどで、畑耕して飯を作るスキルと土地、機械なんかをもっているのは、日本人の2%くらいの農家くらいのものだ。
我々は、分業と専門化を受け入れ、社会の生産性を高めているのだけれど、一方で、それは「他の人が自分に必要なものを作ってくれる」という暗黙の了解事項を誰もが、知らず知らずのうちに認めているからだ。
だが、失業している人に限っては、その限りじゃない。金がないと、必要なものが買えないからだ。
だから、失業者が増えると、自分に必要なものが買えない人達が、金にまつわる犯罪を犯すようになるので、これらの犯罪が増える、というのは、当たり前の話だし、それから、実際に、窃盗なんかの金にまつわる犯罪っていうのは、失業率と相関性があるわけだ。
「ヤバい経済学」では、「研究によると、失業率が1%下がると非暴力犯罪が1%減る」って話が紹介されている。
ここでの非暴力犯罪ってのは、窃盗なんかのことで、こういう犯罪は、職をもっている人なら、しなくてもいいわけだし、逆に、失業率があがれば、窃盗なんかの犯罪が増えるってのは当たり前といえば当たり前の話なわけだ。
だって、金がない人が増えるんだから。「金に困って盗みを働きました」って人が増えるのは当然。だから、失業率が上がれば、窃盗などは増える。
問題は、暴力犯罪だ。つまり、殺人だとか、放火だとか、強姦だとか。
この手の犯罪は、失業率が上がると増えるんだろうか?失業率が下がれば下がるんだろうか?
失業した人が「金に困って無差別殺人しました」、「金に困って放火しました」、「金に困って強姦しました」ってのは、動機としては不十分だ。前後に全く関係がないから。金に困って無差別殺人しても、金は一銭も入らない。他も全く同じだ。
それに対して、窃盗を除いたやつは、この1-1-1-1図の紫色のグラフなのですが、
http://hakusyo1.moj.go.jp/nss/list_body?NSS_BKID=52&HLANG=&NSS_LEVSTR=2_1_1_1_0#H001001001001E
戦後長らく80年代に入るぐらいまで基本的に減り続け、今世紀になって急増しているという印象がします。
つまり、窃盗などは、そのときの失業率に直に影響され、もっと重い犯罪は5年ほどラグを置いて傾向的に効いてくるという感じがします。
これは、「松尾匡のページ」からの引用なんだけど、窃盗などは、失業にすぐ影響されるが、重犯罪は5年ほどラグを置いてから傾向的に効いてくるっていう話をされている。重犯罪は、失業率が悪化しても、すぐに起きたりはしない。
それから、また「やば経」から引用するが、
1990年代、失業率は2%下がった。一方、非暴力犯罪はというと、約40%も下がっている。でも、好景気説のもっと大きな嘘は、暴力犯罪に関する点だ。1990年代に殺人は他のどの種類の犯罪よりも大幅に減っているし、景気と暴力犯罪の間には何の関係もないことを示す、信頼のおける研究が沢山ある。そんなもともと弱い関係が、ごく最近の1960年代を見ればなおさら弱いことがわかる。景気は大変な勢いで伸びた----で、犯罪も同じように伸びた。
って話が載せられている。好景気説っていうのは、「1990年代は好景気だったから犯罪が減った」って説ね。
「金に困って盗みを働きました」ってのは、窃盗の動機としては十分すぎるほどだし、失業した人が、金に困って盗みを働くケースが増えるので、失業率があがると犯罪が増えるというのは確かに説得力がある。
特に、日本においては、窃盗などの非暴力犯罪のほうが、暴力犯罪よりもずっとずっと多いから、失業律が上がると、犯罪が増えて、それが相関係数に強い影響を与えたとしても、無理はない。
失業率と犯罪率 G7版
この「犯罪の9割は失業律で説明がつく」には、svnseedsさんの所で、国際比較の奴が作られてて、日本以外では、あまり相関性がよくない。
これについては、犯罪の内訳をして、暴力犯罪と非暴力犯罪でわけて、それぞれの相関係数をだしてみれば、ひょっとしたら日本と似たような関係になるのかもしれない。海外だと、日本よりずっと暴力犯罪が多いから。
まぁ、このあたりはおいておくとして。自分で調べる気もないし。
僕がここまでこんな話をしてきたのは、「貧困は犯罪を生み出す」という説が、一部では当てはまらない可能性が高いって事を言いたいからだ。
貧困、つまり先進国で最悪の貧困ってのは、失業状態のことだけど、これは確かに窃盗とかに代表されるような「金にまつわる犯罪」の増加は、確かに説明できる部分があるし、データもいくつかある。
だけど、暴力犯罪、ここでは殺人や強姦、放火なんかは、どうにも「景気の良し悪し」だとか「失業」に強く影響されるようなものじゃないってことを言いたいわけ。これは「やば経」の筆者と同じ意見なんだがね。どうやら、他の要因のほうに、強い影響をうけるらしい。
「金に困って強姦しました」なんてことを、捕まったレイプ魔が言っても、説得力ないでしょ?
少年の凶悪犯罪は本当に増えているのか
それから、こちらのページにもあるんだけど、
注目点はいろいろあります。昭和23年の強盗件数は戦後最高の3878件。これは戦後の混乱期だったことを示します。当時の17歳は、教育勅語による学校教育を受けています。近年、教育勅語の有用性を訴える老人がいらっしゃいますが、なんの効果もないことが証明されました。人間、食うのに困れば、盗みを働くのです。道徳教育を強化したところで、犯罪の抑止効果は期待できません。
強盗には昭和35年にも、もうひとつのピークがあります。『病的性格』の記述どおり、戦後の混乱期を脱してなお、不思議なことに少年による強盗事件は増えていました。ということは、そもそも「戦後の混乱期だから犯罪が多かった」という説明が、的を射たものなのかどうか。疑問は残ります。
戦後の強盗件数は、昭和23年にピークがある。それから、少年の強盗件数も、そのあたりにピークがある。昭和23年ってのは、1948年で、1945〜1950年あたりは、日本が特に苦しかった時期だ。だから、この時期、金に困った人達が強盗を沢山働いたってのは、普通に考えれば、当然の話になる。
問題は、やっぱり暴力犯罪、特に少年の暴力犯罪だ。殺人、強姦、放火とか。
これらが、急激に増えたのは、1955年あたりからで、1955年というと、「もはや戦後ではない」って宣言が出て、日本経済が戦前の水準まで回復した時期だ。だから、これ以降、「日本が貧しかったから犯罪が増えた」という説明は使いにくくなる。
むしろ、1955年以降は、戦前の水準まで少年の凶悪犯罪率なんかが下がっても良かったはずだ。でも、そうはならなかった。1955年以降、むしろ少年の殺人、強姦、放火なんかは、率にしてもやっぱり戦前の水準より増えてしまったんである。
結論をいうと、貧困を理由に暴力犯罪や自殺を説明するのは、少々危ういわけだ。たしかに、貧困が理由になって、窃盗のような犯罪が増えるのは、かなりデータの上からもわかるわけだが、殺人や強姦なんかの凶悪犯罪が増える理由としては、説得力があまりないんだ。(強盗殺人なら、まだわかるが)
また、貧困のせいで、自殺する人が増えるって説明もいくつか反論できる。
自殺率の国際比較
こちらのページに自殺率の国際比較があるんだけど、日本の自殺率ってのは、国際比較すると、とても高い。世界で、もっとも裕福な国なんだけど、自殺率はとても高い。日本より高いのは、東欧諸国だとかロシアだとかだ。
それから、日本よりも明らかに経済状態が悪く、経済的には非常に困っている国々のほうが、ずっと自殺率が低かったりする。
「貧困」だと「人は絶望して自殺する」っていうのは、自殺率の国際比較を見ると、納得しがたい。どうも、自殺というのは、その国の文化や風土なんかと強く関係していて、その国の貧困率と密接に関係があるというものではないようなんだ。
無論、日本では、自殺と失業律の間に何らかの関係があるじゃないかって、データもある。
失業者数・自殺者数の月次推移
例えば、これだ。月次推移をみると、失業者数と自殺者数の間には、何らかの関係があるんじゃないかって風にも見える。失業者数があがると、自殺者数があがる傾向がみてとれるからだ。
ただ、やはりこれでも、失業者数が98年から03年にかけて緩やかに増えたにも関わらず、自殺者数事態は、横ばいだったって傾向はあるわけだ。
日本では、無職の人の自殺がとても多い。
これらの事をかんがみると、むしろ、日本における自殺というのは、失業が原因というより、「失業した奴なんて価値がない人間だ」ってある種の風潮が原因なんじゃないかって僕には思えるわけだ。
で、なんだけどね。
僕は、今回の事件を引き起こしたのは、「若者の就業不安」だとか「派遣と正社員の格差の問題」だとは思っていない。たしかに、どちらも大変な問題だ。だから、それらについては、僕も色々と考えを述べてきたわけだけどね、このブログでも。
でも、今回の事件は、それが原因じゃない。
なんでそう言い切るかってのは、理由があってね。
まず一つ目は、暴力犯罪が起こった理由を、「失業が悪いんだ」って形で責任転嫁するのは、疑問ってこと。これは、今まで述べてきたことだけど、失業が直で引き起こすのは、普通、窃盗とかのレベルだ。あるいは、むかついた上司を殴るとか、勤め先の悪口を言いふらすとか。「金に困って盗みを働きました」レベルまでは、ある程度は、乗除酌量の余地がある。窃盗犯に、まともな職を与えない社会や、社員に抑圧的に接する会社文化にも責任がある。
だけど、暴力犯罪については、全く話が別だ。殺人や強姦は、失業だとかを原因にしていい問題じゃない。やはり、これは起こした犯人自身の問題だ。どんなに金銭的に困っても、失業してても、将来に希望がもてなくても、食うに困ったとしても、無差別殺人や強姦しても、何の解決にもならないからだ。
今回の事件の犯人のやった事を、「拡大自殺」、つまり「確実に死刑となるために凶悪犯罪を起こす」だったと見ることもできる。だが、これは自殺と同じように貧困が問題というより、社会的な風土や文化とかの要因のほうが強いと思う。貧困なのが問題じゃない。貧困な状態をものすごい恥だと思ったり、自分に価値がないと思わせてしまう社会規範のほうが問題だって事。
で、二つ目になるんだけど、僕が今、一番、心配しているのはこっちだ。ネットを中心として、今回の事件の原因を「派遣制度」に求めている人達がいる。
たしかに派遣と正社員の格差問題は問題だ。僕も非常に問題視しているし、この問題については、今まで何度か意見を述べてきた。
問題なのは、この「派遣制度」について、今後、どうなるかだ。
そして、今回のケースで、非常に誤った方向に進んでしまいそうな気がするのだ。
ちょっと前、構造計算書偽造問題 - Wikipediaって問題があった。
これのせいで、建築に関しては、非常に不信感が高まって、建築業界は打撃を受けた。だけど、その後、さらに問題がおきた。国がその後に作った規制制度が、あまりに厳しすぎて、建物建てるのが、とんでもなく難しくなってしまったのである。
建築業界の市場規模は、日本のGDPの10%に及ぶから、その影響もひどかった。GDPを押し下げる主要因の一つになって、現在の日本の景気の悪化に一役かう羽目になってしまったんである。(人によってはサブプライム並に酷いって人もいる)
稚拙な規制ってのは、この手の問題を引き起こしやすい。あの時も、世論が盛り上がって、建設業界をたたきにたたいたので、政府としても対策を取らざるをえなかったんだろうけど、出てきた結果は、考え得る限り、最悪の結果だった。
で、なんだけど、僕が懸念しているのは、今回の件で、「日本で派遣を雇うのは、後々の事まで考えると損だ」と企業サイドが判断したケースだ。「派遣制度が今回の無差別殺人事件の原因だ」なんて事になったら、そりゃ、派遣制度を企業は見直さざるを得ないだろう。
この場合、企業がとるであろう選択肢で、有望そうなのが二つあって「正社員を増やして派遣をほとんど切ってしまう」って言う奴と、「日本では正社員のみで生産を行い、あとは全部、世論がうるさくない海外で生産する」ってのがある。
前者の場合、おそらくだが、失業率が上昇する。派遣全員を正社員化できるほどの体力なんて、今の日本の企業にはない。一部の大企業ならできるが、トヨタだって、期間工全員正社員にはできない。だから、正社員にしてもらえる人の数より、派遣制度がなくなって失業してしまう人の数のほうが多くなる。
これは、おそらくだが、日本の犯罪の件数を増やす結果に結びつく。理由は先に述べたように、「失業は窃盗などの非暴力犯罪の増加をもたらす可能性が高い」からだ。
一方で、後者は、当然だが、産業の空洞化と名高いアレを引き起こす。もともと、日本では車が売れなくなってきたわけで、トヨタあたりは、喜んで海外に生産拠点を移すかもしれない。日本国内の派遣使っている工場減らして、海外の工場増やすってことだ。
人件費が安いし、マスコミだってうるさくない所もある。むしろ、雇用を創出してくれるってことで、喜んでトヨタをむかい入れてくれる国さえあるかもしれない。
この二点が、僕が心配する事なんだ。そして、だけど企業がそれをやりかねないんじゃないかと、今、危惧している所なの。
無論、派遣制度の見直しや、労働市場のきちんとした改革は、今の日本には必要だし、それが議論されるきっかけになるなら、今回の事件は構わないし、むしろ、良いことだ。また、今回の事件をきっかけとして、ちゃんと、政府が労働市場と向き合ってくれるなら、それも大歓迎。
ただ、おかしな規制だとか、「派遣制度が今回の事件の根源だ」って意見には、僕的には、反対する。デメリットがメリットを上回りすぎていると考えているからだ。企業サイドが、ウンザリするような対応をとりそうな気がビンビンするから。
だからせめて、「派遣制度が今回の事件の根源だ」って言うなら、その前に、いくつか枕をつけて欲しい。
「今の若者は危険じゃありません。金銭的には恵まれてませんが、笑ってしまうほど遥かに40年前の若者より安定的です。失業したからって盗みを働いたり、人を殺したりする人間はまずいません」って事。
それから「派遣社員は、おちこぼれでも何でもありません。正社員と同じくらいよく働くし、彼らがその地位に甘んじているのは、彼らに能力がないからでなく、運がわるかったというのが多くの場合、最大の問題なんです」って事。
当たり前の事かもしれないけれど、でも、変な方向に規制が向かないようにするには、これはやっぱり大切な事なんだ。
経営者の皆様におかれましては、今回の件で「派遣を雇うは危険だからやっぱりやめよう」なんて絶対に思わないでください。雇用はちゃんと作ってください。お願いします。あるいは正社員を増やして、派遣を減らし、全体として雇用者数が減るような形に結びつくのが良いことなのかどうか、それもご検討願います。
政府におかれましては、きちんと労働市場の問題について取り組んでください。また、この間みたいな、官製不況の原因になるような規制をつくらないでください。
どうかお願いします。