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2005年04月05日

ミセリが感動的な炎上を繰り返している件について

ミセリ 防御率54.00 0勝2敗

次々と巨人先発投手勝ち星を奪う期待の超新星、その名はミセリ。

ところで、シーサーが重くてしょうがないです。
これじゃ、長い文かくきになれない。
引越ししようかな。



posted by pal at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野球 このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

生きて死ぬという事

最近、自殺サイトってのが問題になっています。

ただし、自殺サイトの問題とは別にして、
自殺ってのは、日本において、本気で深刻な問題で
年間の自殺者数は、現在3万5000人前後もいるんです。

参考:自殺者統計(社会実情データ図録より)

イラク戦争での米兵死者なんかよりも多いんです。
まず、上の統計を見て、どれだけ深刻な問題かを知ってください。
日本のなかで一つの社会戦争がおこっているのと同じくらい
深刻な死者数です。

自殺っていうのの原因は色々です。経済苦、精神病、etc・・・・・

自殺者統計からの引用になりますが

 
2003年の対前年の年齢別自殺者数を見てみると、1998年の時とは異なり、50歳代の増加は目立っておらず(自殺者数自体は相変わらず50歳代が中心であるが)、むしろ、20〜40歳代の増加が顕著である。20〜40歳代の増加寄与率は69.6%と50歳代の4.5%を大きく凌駕している。


若い世代の自殺が増えています。

これについて、僕は、どうも感情的になってしまいます。
自殺サイトなんてのがあるのを知った時には
ぶっ壊してやりたくなります。

これには、僕の学生時代の体験が大きく関係しています。

僕は、学生時代、友人を一人、白血病でなくしました。
いい奴でした。
彼は、最後まで「頑張る、頑張る」といって死んでいきました。
僕の前で、弱音を吐いたことなんてありせんでした。
でも、彼が絶望と戦っていたのは間違いありません。
だって人間ですから。

白血病で友人をなくして以来、白血病について
色々と文献を漁ったり、ネットにのっている白血病の人々の
闘病記を読んだりしました。その一つへのリンクを載せておきます。

白血病と戦ったかよちゃんの日記

僕が、若い人が自殺すると怒りを覚えてしまう原因は
この少女の日記の一文に要約できます。

最近、同い年ぐらいの子たちがいろんな悩みを持って自ら命
を絶つ人がいます。自分で命を絶つくらいなら私に命を分けて
ください。そうやって叫びたくなるくらいな気持ちです。


青い意見とはわかっていますが、生きたくても生きれない人が
この世界には沢山いるっていうのに、何で死ぬのかと。
僕の友人や、この少女のように。

命っては、一人のもんってわけじゃないんです。
この世に生を受けたら、何かを殺さずに行きぬくことは
不可能です。我々は、生きるために食わねばならず、
食うっていうことは、他の生き物を殺すことです。

で、そういった、数々の犠牲の上に、我々は生きているんです。

でも、自殺なんてしたら、自分で命を断ったら、
そういった犠牲は、その人の自殺のためだった事になってしまう。
そんな事が、許されるのかと。

感情的な意見です。論理的にいくつか破綻があるのもわかってます。
でも、この件については、言わずにはいられんのです。

世の中、生きていくのがつらいっていう人がいます。
まぁ、事実です。確かに、世の中、つらいこともあります。

でも、僕は、そういう考えはしません。

「何で自分はこんなに運が悪いのか」とか
「何でこんなに辛い目にあわなくちゃいけないの」とか
考えて、解決もできない事で自分を悩まして痛めつけても
時間の無駄で愚の骨頂だと思うのです。

何で解決もできない問題を延々と考えて自分を痛めつける
必要があるんでしょうか。
修道士ならともかく、そんな苦行には何の意味も
必要性もないと思うのです。

この手のことは、神にしかわからず、人間には答えが出せません。
ですから、無理に考えることはないじゃないですか。

こういう考えというのは、僕が損得でものを考える人間だから
できるのかもしれません。

無理に、こういう考えをしろとは言いません。

ただ、僕は、自殺サイトとか、他人に向かって
自殺をほのめかすような人間には、本当に頭にくるのです。

ネットは文字の世界です。そして、文字にして、情報を流すというのは
言葉で流すよりも、かなり強い力をもちます。

ですから、ネットでの言葉が一つが引き金になって
自殺が引き起こされる事もある時代だと考えています。

ですから、ネット時代に生きる我々は、
そういった事を考慮にいれて、言葉一つ一つが
引き起こすであろう結果を考えつつ、発言していく事が求められていると思います。

この国では、言論の自由が認められています。
だから、個々人のブログなどで、その人が何を言おうが
それは自由です。

でも、時々でいいですから、自分のもつ言葉の意味、
自分の言葉が引き起こす結果について、考えるべきなんでしょう。

僕はそう思います。

posted by pal at 00:52 | Comment(2) | TrackBack(6) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

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