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2008年11月19日

ジョージ・ソロスによるサブプライム危機の解説

Committee Holds Hearing on Hedge Funds and the Financial Marketより。


この間、アメリカで、ヘッジファンドの大物連中に対するヒアリングが行われました。上記のページに、それが全部載っているので興味のある人はどうぞ。


その中で、「イングランド銀行を打ち負かした男」として有名なジョージ・ソロスの証言があって、それが最近の危機についてよくまとまっていると思うので、訳してみました。

ソロスについては、



通貨投機

1992年9月16日のポンド危機で、100億ドル以上のポンドの空売りを行なったことで、ソロスはすぐ名を挙げた。イングランド銀行が金利を欧州為替相場メカニズム(ERM) を採用している他の国と比較して引きあげること、またはその国の通貨の変動相場の金利を引き上げることに乗り気でなかったことから、ソロスは利益を得た。最終的にイングランド銀行は欧州為替相場メカニズムから通貨を回収することを強いられた。ポンドは価値を下げ、この過程でソロスは20億ドルと見積もられる利益を出した。ソロスは、イングランド銀行をつぶした男と呼ばれた。 タイムズ紙にて1992年10月26日月曜日:ソロスは以下のように答えている。「我々のブラックマンデーまでのトータルポジションはほぼ100億ドルの価値があった」「しかし、我々はそれ以上に売ることを決断した」。事実、Norman Lamontが英国通貨スターリングを買い支えるため、150億ドルを借りることを価値切り下げの直前に行ったとき、我々はどのくらい空売りすることになるかということを暗に示していたので、楽しんでいた。

1997年、アジア通貨危機の間、マレーシア首相マハティールはソロスがマレーシア通貨リンギットを下落させたことを戦犯と非難した。


ジョージ・ソロス



こちらのwikipediaのページからどうぞ。


http://oversight.house.gov/documents/20081113120114.pdf


ソロスの証言を英語で読みたい方は上記のPDFでどうぞ。


以下、翻訳。訳が結構いい加減なので、間違いがあったら教えて頂けると幸いです。大して英語できるわけでもないので。





2008 11/13

議長並びに委員会の皆さん感謝申し上げる。


今回の金融危機の顕著な特徴はOPECがオイルの値段をつり上げたり、特定の国や金融機関がデフォルトのような外部性のショックによって引き起こされたものではないということだ。危機は金融システム自身によって生み出された。この事実は、つまり欠点がシステム内に内包されていたという事であり、支配的な理論とは矛盾する。現在の支配的な理論では、金融マーケットは均衡に向かうとされている。

そして、均衡からの逸脱は、ランダムに起こるか、あるいは、マーケット自身が調節するには困難な外部性のショックによって引き起こされる、とされている。


危機の大きさと広がりは、現在支配的な理論とマーケットの規制に基本的な間違いがある確たる証拠である。過去に起こったことを理解すること、そして未来にそのような事態がおこることを避ける為にすべきことは、どのようにしてマーケットが働いているのかについての新しい考え方を要求しているのだろう。


過去18ヶ月にわたって危機がどのように広がったかについて考えて見よう。主因は住宅バブル、より正確にはサブプライムモーゲージ証券の行き過ぎであると言える。住宅価格が二桁増になり、価格は上がり続け、貸し手は放埒な融資を繰り返していった。最後には、前金なしで、100%の融資も受けれるようになったのだ。インサイダーは、Ninjaローンと呼ばれるサブプライムローンを例としてあげている。No Income, no Job, noquestions Asked、(略してninja,収入無し、職無し、質問無しでローンが受けられる)というものだ。


放埒な融資慣行は住宅価格が2006年にピークを打ったときに明らかになった。そして、サブプライムレンダー(サブプライムローンを提供してきた米ノンバンク)は、2007年3月に破産を宣言し始めた。問題は、2007年7月に危険な領域に入った。金融当局はサブプライム問題が、100億ドルの損失を出すかもしれないが、独立した現象だとたかをくくっていた。しかし、そうはならなかった。危機は驚くべきスピードで他のマーケットに燃え広がった。幾つかのレバレッジの大きいヘッジファンドが崩壊し、幾つかの規制された金融機関が破産を宣言した。


多くの金融機関への信頼が揺さぶられる事態となり、インターバンク市場は混乱に陥った。立て続けに、CDOからARSなどの難解な金融商品の市場が次々と崩壊した。

マーケットはその後少し小康状態を保ったものの、危機は2008年1月に再燃した。ソシエテ・ジェネラルの泥棒トレーダーによって引き起こされたのだ。4月にはベア・スターンズが倒産し、7月にはIndyMac Bankが財産管理下に置かれる事態となった。アメリカの金融史において、4番目に大きい銀行倒産だった。だが、最大の破滅は、11月に起こったリーマンブラザーズの倒産だった。リーマンのコマーシャルペーパーの投資家は、その投資の全てを失ったのだ。


次に信じられない事態が起こされた。金融システムが実際にメルトダウンしたのだ。リーマンが発行していたCPに投資していたマネーマーケットファンドは、その全てを失った。そして資産価値が簿価を下回ってしまったのだ。マネーマーケットファンドに預けられた預金は安全であるという暗黙の保証が打ち壊された。マネーマーケットファンドは一斉にCP市場から逃げ出し、CPを買うのをやめてしまった。彼らは、CP市場における最も大きな買い手だったので、CP市場は機能不全に追い込まれた。CPの発行者は、融資を縮小せざるを得ず、インターバンクでの取引を停止せざるを得なくなった。クレジットスプレッドや、無リスク金利、リスクプレミアムが空前の水準に広がり、結果として株式市場はパニックに陥った。この全てが一週間の間に起こったことだ。


金融システムが心肺停止状態になった為、金融機関への救済は未来における無謀な振る舞いを助長しかねないというモラルハザードの危険性はあったが、金融システムの蘇生は最優先事項となった。当局は、大量のマネーを注入し始めた。FRBのバランスシートは数週間で8000億ドルから、1兆8000億ドルまで膨張した。それでも十分でないと判明したとき、アメリカとヨーロッパの当局は、他のあらゆる金融機関を破綻はさせないことに全力を投じると宣言した。


それらの全く前例のない措置が、効果を持ちはじめた。インターバンク市場が再開し、LIBOR(ロンドン銀行間出し手金利)は改善していったのだ。金融危機は、終息の兆しを見せ始めていた。しかし、グローバル金融市場における主要なプレーヤーは倒産させないという保証が、次の危機を招くことになったのだ。当局は、それに気づいていなかった。途上国、つまりは東ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカでは、同様の保証をすることができなかった。そのため、資本が一斉に途上国から金融の中心へと逃避を始めたのである。全ての通貨がドルと円に対して急激な下落を始めた。一次産品の価格が暴落し、途上国の金利は急上昇した。そして、CDSのプレミアムも又、急上昇し始めた。ヘッジファンドやレバレッジを使っていた投資家は、巨額の損失と追い証に苦しみ、資産を売らざるを得なくなった。


(訳者注 強調は訳者によるものです。ここは重要な点をついていると思ったので強調しました。つまり、先進諸国が、危機に際して、金融機関に暗黙の政府保証を与えてしまうと、途上国からのキャピタルフライトを引き起こし、危機を伝染させてしまう、という点で。)


不幸なことに、当局は、常に事態について行けなかった。IMFは、新しい金融機能を設立しているところだ。それは、途上国が年五回まで、何の条件も無しに借り入れることができるというものだ。しかし、それは余りに小さすぎ遅すぎる。さらに大量のマネーがマーケットを救うために必要なのだ。例え、もし、優先順位がトップの途上国が救われたとしても、もっと順位の低い途上国はどうなる?国際金融システムを救おうとするレースは、現在進行中である。たとえもし、それが成功したとしても、投資家や消費者、実業家はトラウマを負ってしまっている。この記憶はついてまわることになる。深刻な不況は今や避けがたいものである。大恐慌の可能性すら排除はできない。私が今年初めに、我々が1930年台以降最悪の金融危機に直面していると予測した。しかし、ここまで酷いことになるとは思っていなかった。


これらの驚くべき事態は、現在支配的な理論を捨てることによってのみ、理解されうる。マーケットを表現する方法として、私は、二つの側面をもつ別のパラダイムを提言したい。第一に、金融市場は、正確にマーケットの情況を反映しているとは言えないという事だ。金融市場は、いつも様々な点で、ゆがめられ、バイアスがかけられている。第二に、ある状況下においては、マーケットの参加者が保持し、マーケットの価格に表されている歪んだ考え方が、マーケットの価格が反映すべきと思われている、いわゆるファンダメンタルに影響を与えうるという事だ。マーケットと価格の間にある、この双方向の結びつきを私は「再帰性」と呼んでいる。


(ここからちょっとソロスの再帰性理論の説明になるので中略。再帰性理論について知りたい人は、ぐぐってみてね。再帰性はあまり学者とかには指示されているとは言えないようです。ソロスは経済学にはあまり強いとは言えないので。20世紀における最高のトレーダーではありますが、ソロス自身、あまりそのことを誇りには思っていないようです。どっちかというと哲学者になりたかったような人なんで)


私は、著書「ソロスは警告する」の中で、今回の金融危機は以前の様々な金融危機とは異なると主張した。1980年以降、発達してきたスーパーバブルの起爆剤として今回のアメリカ住宅バブルが作用したことが、その主張の背景にある。スーパーバブルの背景にあるのは信用とレバレッジの長きにわたる膨張だった。

信用は、第二次大戦の終結以降、最も速い速度で成長していた。その速度は加速され、バブルの様相を帯びていた。それはロナルド・レーガンが大統領になり、マーガレット・サッチャーが首相になった1980年台に主流になった誤解によって補強されていたのだ。


誤解とは、金融市場で支配的だった理論によるものだ。つまり、市場は均衡に向かい、逸脱はランダムなものであり、外部性のショックによって引き起こされる、というものだ。この理論は、自己利益の追求は、自由におこなわせるべきであり、規制緩和すべきだという主張を正当化した。私は、このような主張を市場原理主義と呼ぶ。そして、間違った論理に基づいていると主張する。規制と政府による干渉が失敗だったことを証明したことは、マーケットが完璧であることの証明にはならないのだ。


市場原理主義は間違った前提によっているけれども、金融資本のオーナーや経営者の利益には役だった。金融市場のグローバル化は金融資本に自由に移動することを可能にした。そして、個々の国々が課税したり、規制したりすることも難しくさせたのだ。金融取引の規制緩和もまた、金融資本の経営者の利益に役立った。つまり、技術革新への自由化が、金融会社の利益を増加させたのだ。金融産業は、アメリカの株式市場の25%を占めるまでに成長した。他のいくつかの国々ではさらに高い割合になっている。


市場原理主義が間違った前提に基づいるため、1980年台の経済政策の指針として採用された事が負の結果をもたらすことは運命づけられていた。実際に、我々は、その時以来、一連の金融危機を経験している。しかし、その悪影響は、大抵の場合、先進国でなく途上国を苦しめる結果となった。そのシステムは、先進国、特にアメリカのコントロール下にあり、アメリはIMFにおける拒否権をエンジョイしたのだ。


危機がアメリカの繁栄を脅かす時(S&L危機やLTCM危機)はいつでも、当局が介入し、破産した機関が他の機関と合併したり、金融政策や財政政策を提供してきた。

したがって、周期的に起こってきた危機は、実際には、信用の膨張と広く行き渡った誤解、つまり自由放任は上手く機能するかというテストの合格通知として機能してしまった。


そのようなテストを成功に導いたのはもちろん、政府当局による介入であった。金融市場に自らの行き過ぎを止める能力があったからではないのだ。しかし、投資家や政府にとって、自分自身をだましてしまうほうがよかった。

途上国と比較して、相対的なアメリカの安全と安定が、アメリカに世界の貯蓄を吸い上げることを許したのだ。そして、それは2006年第一四半期、アメリカのGNPの8%にも及ぶ経常赤字となって現れた。結果的に、FRBと他の規制当局は、市場原理主義のイデオロギーに屈服し、規制責任を放棄してしまった。アメリカ経済を安定させているのは、彼ら自身なのだということを、彼らは自覚しているべきだった。とりわけ、アラン・グリーンスパンはデリバティブのような金融イノベーションを自由に行わせることが多大な富をもたらし、時折起こる不幸な事故は小さな代償だと信じた。彼の自由放任に対するコストとベネフィットの分析は、完全に間違っていたわけではない。スーパーバブルが続いている限りはだが。今、彼は、主張に欠点があったことを認めざるを得なくなっている。


金融工学は、洗練された商品、デリバティブやレバレッジ、リスクマネジメントなどの創造を伴った。混成金融商品のアルファベットスープがでっち上げられた。CDO,CDO2、CDS、ABX、CMBXなどなど。金融工学は複雑さにおいては頂点に達し、規制当局はもはや、リスクを計算できず、金融機関自身のリスクマネジメントモデルに頼るようになっている。


格付け機関は、合成金融商品の格付けに関して、同じような道をたどった。そして、合成金融商品の増殖からかなりの追加収入を引き出すことに成功した。難解な金融商品とリスクマネジメントは間違った前提に基づいている。マーケットでは、逸脱はランダムに起こる、というものだ。しかし、金融工学の発達は熱狂と破裂のプロセスを発動させてしまったのだ。その結果として、重大な結果を招いてしまった。最初に、不定期におこっていた金融危機は、市場原理主義のテストの証明として機能した。しかし、サブプライム危機は、全く違った役割を果たしつつある。スーパーバブルの絶頂、あるいは逆戻りの始点として機能しているのだ。


現在の状況における私の解説は必ずしも、熱狂と破裂に関する私のモデルから得られるものではない。というのも、金融当局が、サブプライム危機を終息させることに成功していたら、これは、また市場原理主義に対する正しさの証明として見られていただろうからだ。私は、過去に三度、狼が来たと叫んで信じてもらえなかったのだ。1度目は、「ソロスの錬金術」で、2度目は「グローバル資本主義の危機」で。そして、今、狼がやってきた。


私の再帰性理論というものは、金融危機を予測するというよりも、それらを説明することに優れている。均衡理論がするように結果を決定すると主張するものではないのだ。熱狂はいずれ、破裂に行き着くと断言するものなのだ。しかし、熱狂の規模や長さについては断言できない。実際に、再帰性の理論を理解していた我々ですら、住宅バブルはもっと早く破裂すると考えていた。もしそうなっていたなら、ダメージはもっと少なく、スーパーバブルは損なわれなかったかもしれない。ダメージの大半は、過去二年間に発行されたモーゲージ担保証券によって引き起こされた。


新しいパラダイムが未来を予測するものではないという事実は、これまでの所、何もわかっていなかったことの説明となる。しかし、昨今の経験を考慮すると、もはや無視することはできない。我々は、均衡理論が説明しなかった金融市場の中にある不確実性の要素を再帰性理論が導入しているという事実を受け入れねばならない。


均衡理論は、かつて、リスク計算のモデルを創り出し、モーゲージやあらゆる種類の負債を取引可能な証券の形に変えた。本質的に、不確実性は数値化できないのに、だ。過度の数学モデルへの依存こそが、数限りない害悪を引き起こした。


新しいパラダイムは、金融市場における規制と密接な関係を持つ。金融市場は資産バブルをつくりがちであるので、規制当局はバブルが大きくなりすぎるのを防ぐ責任を負う。今日にいたるまで、当局はその責任を放棄してきた。


バブルが形成されるのを防ぐのは不可能である。しかし、それが危険なレベルになる前に押さえつけることは可能だ。マネーサプライだけではコントロールはできない。規制当局は、信用状況にも配慮せねばならない。なぜなら、マネーと信用は融通の利かない状態では働かないのだ。市場はムードとバイアスをもっており、それは、それを釣り合わせようとする規制当局にふりかかる。それは、裁量を要求するし、規制当局も又、人間であるので、彼らも又間違いを犯すものだ。


しかしながら、彼らはアドバンテージをもっている。マーケットからのフィードバックを得られるし、マーケットに間違いを正させることもできる。もし、マージンと最低資本金の引き締めがバブルを収束させないならば、彼らはさらにそれを引き締めることができる。

しかし、そのプロセスは簡単なものではない。何故なら、マーケットもまた間違うからだ。最適平衡に対する調査は、トライアル&エラーの決して終わることのないプロセスなのだ。


規制当局とマーケットの間の猫と鼠のゲームはすでに進行中である。しかし、その本当の性質はいまだ認識されてはいない。アラン・グリースパンは、デルフォイの信託のごとき市場操作の過去のマスターだった。しかし、彼は自身がしていることを肯定するかわりに、彼は、ただ単に事実の客観的な観察者のふりをしていた。再帰性は国家機密のままだった。それが、スーパーバブルが彼の在任中に遥かに膨れあがってしまった理由だ。


マネーと信用は融通がきかないので、資産バブルは金融政策のみではコンロールされない。追加手段が必要なのだ。さもなければ、1950年台や1960年台に使われていたような手段を復活させる必要がある。私は可変委託証拠金と最低資本金に言及している。それは、マーケットの参加者のレバレッジをコントロールするいうことを意味する。中央銀行は、かつては、どのように経済の特定のセクターにローンを割り当てるべきかについて銀行への保証を与えてさえいたものだ。そのような指令は、ITや不動産のような特定セクターの”不合理な活性化”に対抗する中で、金融政策という鈍器よりもふさわしいかもしれない。


私が言及した種類の洗練された金融工学は、もし、それが不可能でないならばだが、とても難しい委託証拠金と最低資本金の計算手段を提供できる。

そのような要求に応じるために、金融工学も又、規制されねばならないだろう。あたらしいプロダクツは使われる前に、適切な当局によって登録され、承認されねばならない。そのような規制は、オバマ政権において優先度を高くされるべきである。それら全てが必要なのは、金融工学は、しばしば規制を回避する目的をもっているからである。


一例としてCDSをあげる。この商品は、債権や他の負債がデフォルトに陥った場合に保険を与える意図を持っているものだ。そして、その価格は、それが起こる可能性を知覚リスクを反映している。それらの商品は、トプシーのように増加した。それらが、内在している債権を買ったり売ったりするよりもずっと少ない資本しか必要しないからだ。結果としてCDS市場は、50兆ドル規模にまで成長した。それは、内在する債権の何十倍の規模であり、アメリカ国債の五倍の規模をもつ。だが、CDSの市場はほとんど規制されていないも同然だ。AIGは、CDSを売って財産を失った。そして救済された。財務省の126億ドルが使われた。CDS市場は結果としてメルトダウンから救われたけれども、規制されていないマーケットの存在は、金融システム全体にわたるリスク増加の主因となっていた。


今まで使われてきたリスクマネジメントモデルは、再帰性を備える不確実性を無視してきたので、信用とレバレッジにおける限界は、最近まで、耐えられる限度以上のものになってしまっていた。これは、全体として、金融機関が、彼らがスーパーバブルの間、享受していたほどの利益を上げられないことを意味する。また、いくつかの過度のレバレッジに依存したビジネスモデルは非経済的になるだろう。


金融産業が株式市場に占める割合は、すでに25%から16%まで落ちた。この割合は、以前の割合にまで戻る見込みはない。さらに落ちることになるだろう。これは、よい調整であると考えられるが、自らの仕事を失う人達にとってはそうではないだろう。


ヘッジファンドに関していえば、ヘッジファンドも又、破裂したバブルの不可欠な要素だったと言える。ヘッジファンドは、およそ2兆ドルの資本、時には10兆ドルの資産をコントロールする存在になった。しかし、バブルは今、破裂した。ヘッジファンドは縮小することになるだろう。私は、ヘッジファンドが扱うことができるマネーが50%から75%縮小すると考えている。


最近の金融危機の間、沢山のヘッジファンドマネージャーがヘッジファンドの基本的な役割を忘れてしまった。それは、投資家をマーケットの暴落から守るというものだ。ここ数年で、ヘッジファンドに投資されたマネーの多くが、年金基金や寄付基金によるものだったことは不幸なことだった。


一般の人々が巨額の損失に苦しんでいることを考慮すると、過剰な規制緩和が懲罰的な再規制に取って代わられるという本当の危険性が存在する。それは不幸なことだ。なぜなら、規制当局はマーケットメカニズムよりもずっと不完全もなりがちだからだ。私が主張したきたように、規制当局は人間であるだけなく、官僚的であり、ロビイングや汚職に影響をうけやすい。ここで描いた改革が規制によるオーバーキルに取って代わられることないように望んでいる。


私の証言がこれらの問題を理解しようとしている委員会の助けになることを望む。そして、私は、あらゆる質問に答えるため、ベストを尽くしたつもりだ。
posted by pal at 04:51 | Comment(85) | TrackBack(8) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年11月15日

2009年世界経済の旅

特に意味はないが、気になった記事で思ったことをつらずら。タイトルは、来年、どんな年になるかなーと僕が思ったことを記事にしたからです。


Visious Cycle


The Possible Impact of Contracting Manufacturing in China

CR氏の図表が一番、今の状況をわかりやすくまとめていると思う。

以下は、CR氏の図の日本語訳。


Vサイクル.jpg


これは、2002〜2007年あたりまでの世界の状況。


アメリカの低金利が住宅価格を上昇させ、それが住宅の含み益を発生させる。住宅の含み益を使って、アメリカ人は借金し、それがGDPを上昇させ、輸入を増加させる。次に、それがアメリカの貿易赤字となって現れる。アメリカの貿易赤字は、発展途上国などの貿易黒字となり、ため込んだ貿易黒字は、途上国の余剰貯蓄や外貨準備に蓄積される。


外貨準備に積み上げられたドルは、アメリカのドル資産に流れ込み、それがアメリカの金利をさらに引き下げる。(余剰貯蓄もしかり)それが、また住宅価格を上昇させ(以下ループ)


Vサイクル2.jpg


これが今の状況。CR氏によれば、これがVisious Cycle。


これの始まりは、アメリカの不動産バブルの崩壊。住宅価格が低下したことから、不動産の含み益が消えた。これのせいで、アメリカの借金力=消費力が劇的に低下。それは、アメリカのGDPの低下と、輸入の減少をもたらす。次にそれが、アメリカの貿易赤字の減少となって現れる。アメリカの貿易赤字の減少は、貿易黒字国の輸出の低下と同義。だから、海外中央銀行は以前のように外貨準備を積み上げられない。途上国の余剰貯蓄も減る。


結果として、海外の中央銀行は以前のようにドル資産を買ってくれない。また、アメリカ以外の国でも余剰貯蓄が減るのでアメリカのドル資産の買い手が減る。この連鎖が起こると、アメリカの金利が上がることになる。金利の上昇は、住宅の購入意欲を失わせて、住宅の価格をさげ(以下ループ)



GM救済



 【ニューヨーク13日共同】経営危機に陥っている米自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーは13日までに、自社のウェブサイトで相次いで政府による資金支援拡大への理解を求めた。米メディアは「技術開発などの努力を怠った結果」などとして支援拡大に批判的な意見も取り上げている。


GMが政府支援、サイトで訴え 経営危機、クライスラーも




「うちを潰したら雇用が100万人単位で失われますよ」って脅すGM及びクライスラー。


追い貸しが常態化してた日本を思い出す。ああ、ダイエー。


これから自動車産業で起きそうな事。


-金融危機でデフレ圧力発生。消費者車買わなくなる。

-車売れないし、借金漬けのビッグ3は資金を得るために在庫の投げ売り開始。他の自動車会社も嫌々それにお付き合い。

-借金漬けででかすぎて潰せないビッグ3は銀行から債務放棄してもらったり、国から追い貸ししてもらう。海外の自動車産業は融資もらえないので、リストラやコストカットで必死に頑張る。←今ここ

-銀行から債務放棄やら国家の救済金もらったビッグ3が、さらなるキャッシュ確保のため、救済金使って投げ売りを繰り返す。

-真面目にコストカットして頑張ってたビッグ3以外の自動車会社涙目。製品の価格の下落圧力が降りかかる。

-体力のない所から多分倒産。場合によっては救済される。生き残った自動車会社もさらにコストカットで勝者無き戦いが延々と繰り返される。

-当然リストラとデフレ酷くなる。


どうなるかはわからないけど、日本の90年台の二の舞になりそうな気がビンビンする。


円相場


 テンパス・コンサルティング(ワシントン)のトレーダー、マット・エスティーブ氏は「円が急伸したのは、世界の株式市場が再び圧迫されているためだ。過去1カ月にみたのと同様のトレンド。まさに質への逃避だ」と指摘。「市場が下落すれば、円は上昇し続けるだろう」と述べた。

NY外為市場で円急伸、米財務長官発言が不安あおる



最近の流れ見てて思うのは、世界の中央銀行が利下げするたびに、円に資金が流れ込む流れが確立された感。


はっきりいって、今、中央銀行が利下げすると、株価が下がる。これは、中央銀行が悪いんでなく、彼らが利下げするのは、これから景気が悪くなると判断しているから。だから、FRBが利下げすればするほど株価は下がる感じ。


そして、株が下がるたんびに、円が買われる。円高になると、日本の輸出企業は売られる。はいはい円高株安円高株安。マーケットはそれを見越しているのがさらにタチ悪い。


結論を言えば、アメリカの不動産が下落すればするほど株は下がり円が高くなる。そして日本の輸出産業は地獄を見る。


途上国

IMF様逝き多数。IMFにお世話になった所は、当分浮揚できない。なぜならそれがIMFクオリティ。アジアは散々やられた。東欧も地獄をみることになるだろう。。。


結局、アメリカの過剰消費、それのおかげで貿易黒字国の好調、それの恩恵をフルでうけた資源国という三つの世界経済の柱がどれも壊れた。


この異様な消費成長の図式が、世界経済の好調さの源泉だった。だが、それは終わった。


アメリカはもう貿易赤字をしばらくプレゼントしない。中国あたりがもの凄い勢いで消費を拡大してくれない限り、途上国は、これまでの過剰融資が不良債権化し、資金の逃避が今以上におきて、通貨危機になり、地獄を見ることになる。要するにIMF先生出番ですってことです。


もっとも中国の製鋼高が9月から9%落ちたというニュースもあるし、不動産も下がってるし、マネーサプライも低下中。あまり期待はできない。


というわけで


2009年は何も期待せず、2010年に期待します。



posted by pal at 08:46 | Comment(73) | TrackBack(6) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年11月06日

日本の不良債権処理の歴史を書いてみる

民主党候補バラク・オバマ上院議員が、大統領選挙に勝ち、アメリカのほうの話題で持ちきりなんですけど、日本の方も見逃せない動きが出てます。




金融機能強化法改正案、衆院委で可決




以下、コピペですが、



 公的資金で金融機関の予防的な資本増強を可能にする金融機能強化法改正案は5日の衆院財務金融委員会で、自民、公明両党が一部修正を加えた上で賛成多数で可決した。6日の衆院本会議で可決、参院に送付され、7日の本会議で審議入りする。民主党は野党が多数を占める参院で再修正する構えを示している。

 参院で再修正法案が可決されれば、与党は再修正前の法案を衆院で再可決することも視野に入れる。ただ、再可決の時期などは二次補正予算や国会の会期延長の動向などとも絡み、不透明感が強い。



正直、うさんくさい動きなんですけどね。なんか、日本もそこらでキナ臭い政治的な状況が出てきてて、不安きわまりないんですが、今日は、日本の不良債権処理の話でもしようかと。


いずれ、オバマ大統領の下で、アメリカは抜本的な不良債権処理をしなきゃいけません。そんなわけで、日本の不良債権処理の話を、今更ですが、振り返ってみるのもいいんじゃないかと。まぁ、そういうわけです。

1990年台の話から始めてもいいんですけど、今日は、そこらはすっ飛ばして、2000年台に起こった不良債権の最終処理の話をしようかと思います。


1,バブルの発生と初期の不良債権への対策の失敗


簡単に1990年台の流れをおさらいしますが、1980年台を境に、大企業が資金の調達を直接、金融市場から行うようになると、銀行はそれまでの優良大口融資先を失っていきました。ここで注意して欲しいのは、これは全世界的な流れであり、不可逆的なものであったという点です。


その結果、多くの銀行は、伝統的な銀行業務から以前のような収入を得ることが難しくなりました。そのため、銀行は、以前であったら手を出さなかったような幾つかの業務に進出していかざるを得なかったんです。


一つは、非利子収入です。これには、トレーディング業務、デリバティブ、手数料を稼げる業務などが含まれます。主要先進国の銀行における非利子収入が1980年台、増え続けたのはこういう理由です。1980年台を通じて、銀行が変化したのは、構造からみても明らかです。伝統的な銀行業の衰退が、この時始まっていました。しかし、伝統的な役割が必要とされなくなりつつあるのに、銀行は本当に社会的機関として必要され続けるのか、という議論については、ずっと置き去りにされたままでした。


そしてもう一つが、信用力の低い借り手に対する融資です。これも主要先進国で増えていきました。優良な大口の借り手は銀行の前を通り過ぎて、直接、市場から資金を集める事ができるようになった為、銀行は、より信用度の低い借り手に対する融資に生き残りを賭けざるを得なかったんです。そして、それは、銀行がよりリスクを取らざるを得なくなるという事です。


これは、金融システムそのものが不安定になる、という事でした。よりリスクを取らざるをえないのであれば、これは必ず起こることでした。銀行が、1980年台において、よりリスクを取る方向で動いていったのは、先進国における貸倒引き当て金の額からもわかります。これは、1980年台を通じて、増加していました。


しかし、1980年台を通じて起こった金融システムの変化が何をもたらすのか、それを実際に理解している人は少数でした。これは、コンピューターと金融技術の進歩によって引き起こされた流れであり、不可逆的なものでしたが、その結果がどのような形を世界に引き起こすのか。それを世界が現実に目のあたりにするのは、2007年、今世紀最悪の金融危機が起こるまで、関心を集めませんでした。


最初に悲劇が起こったのは、1980年台、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンです。金融の自由化と共に、銀行が放埒な融資をしたこと、それに伴って資産バブルが起こり、これらの国は不良債権の山に沈みこんだんです。


そして、その次に金融危機が起こったのが、日本でした。


1980年代、大企業が、銀行の前を素通りして、直接金融の世界にいってしまって以来、日本の銀行は、ノンバンク向けの貸し付け、不動産貸し付けの世界にのめりこんで行きました。それが破滅への道の始まりでした。


おりしも、日米貿易摩擦の中、日本はプラザ合意を受け入れ、円高、内需型経済へと柁を切っていきます。


しかし、円高アレルギー、円高不況を恐れた政府は、ここで財政政策を発動。日銀も世論に押される形で、利下げに踏み切ります。さらに悪いことに1987年、ブラックマンデーが起こり、日銀は、公定歩合を2.5%まで下げざるを得ない自体に追い込まれました。


歴史的な低金利、内需拡大のための財政政策、リスクテイクにひた走る金融機関。この三つが組み合わさって、バブルへの鐘が鳴り始めました。


円高にも関わらず、1987年、日本の景気は回復しはじめます。円高でも景気は回復できるんです。ちゃんとね。しかし、円高不況を恐れる政府と日銀、そして民間セクターの思惑もあったんでしょう。日本の円高アレルギーは信じられないほど高いものでしたから。


日銀は、景気が回復しているにも関わらず、低金利を維持。そして、アメリカからの内需拡大の圧力もあっての財政政策。リスクテイクに走る銀行。


この三つの要因が組み合わさり、マネーサプライが急増しました。おりしも円高の中で商品やサービスの価格は抑えられていたため、荒れ狂うマネーサプライは、株と不動産に集中的にむかい、物価が落ち着いているのに、株と不動産の価格が急上昇する自体が起きました。そうバブルの発生です。


日本の六大都市における市街地の平均価格指数は1985〜1990年までに3倍に高騰。株価も1985年から1989年までに三倍に高騰しました。


当然のことながら、バブルは弾けました。一つには、日銀の急激な利上げ。もう一つは不動産の総量規制によって。


不動産バブルの崩壊、そして株式バブルの崩壊は、リスクテイクに走った銀行の経営を直撃しました。


さらに日本の銀行にとって悪いことがありました。バーゼル合意です。


バーゼル合意は、銀行の自己資本比率の最低水準を8%以上とした国際統一基準でした。国際銀行システムの安定性のために作られたものでしたが、これを達成することが、バブルの崩壊によって日本の銀行は難しくなったんです。


株式の含み益と不動産の含み益が、バブル崩壊後の不動産価格の下落、株式の下落、不良債権の増加によって消えて行く中で、日本の銀行の格付けは下がっていきました。


抜本的な対策は、取られることなく時がすぎていきました。バブルが崩壊した1991年ジュリアナ東京で、踊ってたおねーちゃんがその象徴とも言えますが。


最近、どっかの国の首相(たしかルーマニア)が言ったように、「船底では浸水が始まっているのに甲板でダンスパーティを踊っていた」わけです。日本はね。


政治的空白は許されないはずでした。しかし、公的資金の注入をおそらく気づいていた政治家、財政金融に関しては右にでるものがいなかった男、宮沢喜一は、結局、それができなかった。





こちらの本から、引用させてもらいますが、1992年のことです。公的資金を注入、不良債権処理を行い、資産デフレになる前に金融システムを再建させる最初のチャンスと言えた時期でした。当時、首相の座にあった宮沢は軽井沢での講演で、


「銀行の貸し出し能力が、不良債権などできわめて弱っているのは事実だ。これが株式市場にも反映している。これが、今度の不況の、今まで経験したことのない要因だ。市場経済が正常に機能しない時にしかるべき方途を考えることは、政府、中央銀行の当然の責務だ」

「必要なら公的援助をすることにやぶさかではない。ただし、これは銀行を救済するのではない。国民経済の血液たる金融がうまく動かなければ迷惑するのはお互いだ。国民経済全体のためならば、あえて(公的援助)辞するものではない」


「そのためには、銀行で十分に公的使命を考えてもらわなければいけないし、どれだけ不良資産を抱えているのか、ディスクロージャー(公開)もしてもらわないといけない」



今から見ると、どれも至極当然で、やらなければならないことでした。しかし、彼にはそのどれも出来なかった。すでに、金融ジャーナリストの間では、山一の飛ばし、兵庫銀行の危険性、信金、ノンバンク、住専問題が認識されていたようです。


しかし、現実的には、経団連からエコノミストにいたるまで、「公的支援反対」の大合唱でした。宮沢は、こうして、無能な英雄として、記憶されることになります・・・・最近、池田先生に批判されまくってるリチャード・クーはただ一人、この危険性を指摘しつづけましたが。リチャード・クーは1990年代の、ある意味では、嫌な言葉かもしれませんが、荒野の英雄と言えるかもしれません。彼は嵐の中で警告を叫んでいるようなものでした。


宮沢は、この危険性に気づいていた。ただ、どちらも、最後まで抜本策を打たなかった。彼は天才でした。経団連の人々も、グリーンスパンも、彼が傑出した知性の持ち主だったことを認めています。しかし、彼は財政と金融に関してはプロ中のプロだった。しかし、政治家としての力量に著しく欠けていた。それが、1990年初期の悲劇でした。


あと忘れちゃいけないのが、日銀の金利政策なんですがね。バブル崩壊の後の金利政策は、今、そこいらで攻められてますが、金利下げるの遅すぎ。


バブル前には上げるの遅すぎ。バブル後は下げるの遅すぎ。


2,金融危機と進まない不良債権処理

日本の銀行がノンバンク向けの融資と不動産融資にのめり込んでいった話はすでにしました。特に問題だったのは、住専です。



特定住宅金融専門会社の破綻問題

バブルは崩壊、地価が下落、不動産業者の担保価値の目減りは大きく、土地は売るに売れない状況となり、融資先は元金返済どころか金利の支払いすら滞る事態となった。融資は固定化、塩漬けとなり、不良債権化していった。結果的に1社を除き破綻した。

破綻した住専には農林系金融機関(農林中央金庫、各県の信用農業組合連合会(信連)、全国共済農業協同組合連合会)を中心とした金融機関が貸し込んでおり、これらが貸し倒れ、処理が遅れる事による金融システムの破綻を避けることを目的に住専法が作られた。本来は、特定住専に乱脈融資を行った金融機関が貸し手責任を負うべき物で、実際に破綻処理ではほぼ9割弱について債権放棄に応じたが、それでも住管機構に対し預金保険機構の子会社として7000億円弱の公的資金が投入されることになったため多くの批判があった。

なお、破綻した特定住専は清算され、経営者および親会社である金融機関は民事および刑事で、住管機構及びその後身である整理回収機構によって経営責任や融資紹介責任を追及されている。


住宅金融専門会社Comments



バブル後、不動産価格が下落していきました。農林系を中心とした金融機関は特に住専に貸しこんでおり、農林系の金融機関が破綻される可能性がでてきました。これが1994年あたりのことです。宮沢が懸念していた事態が、2年後に本格化してきたんです。


1994年、金融危機が始まります。まずこの年、東京協和、安全信金が破綻。日銀が主導し、受け皿銀行が作られますが、これは金融危機の序章でしかありませんでした。

1995年、コスモ信組、木津信、兵庫銀行が取り付け騒ぎを起こして破綻。バブル期の放埒な融資が原因でした。


1996年、金融危機を抑えるため、ついに住専法が施行され、6800億円の公的資金が投入されました。しかし、焼け石に水でした。足りるわけがなかったんです。アメリカは、S&L危機で、最初に5000億ドル(1ドル100円として5兆円)を投入して消化を図ったのに対して、日本は戦力の逐次投入という愚策をとったんです。また、この時期あたりから、ヘッジファンドは日本の銀行株の空売りを始めます。もっとも、この空売りは、本格的に日本の株式の下落が始まる1998年には、やめちゃうんですけど。ロシアがデフォルトしたせいで。


後手後手に回り続けた金融行政は、1997年、本物の金融危機を始まらせてしまいました。


1997年、以前から懸念されていた三洋証券、山一証券、北海道拓殖銀行が破綻。また、日本の銀行システムの不良債権への不信感からジャパンプレミアムが発生。さらに、アジア通貨危機の発生によって、日本の金融危機は乾いた薪に火がついたかのように燃え広がっていきました。


山一証券の破綻によって、ようやく、日本人に金融危機の深刻さ、不良債権の深刻さを知らしめました。まぁ、リーマン破綻によって、ようやく動き始めたアメリカ議会と同じようなもんですが。


1998年、2兆円が大手21行に注入され、金融ビッグバンが開始されます。まぁ、これはこれでいいんですが、何で一気にカタをつけないのかと小一時間問い詰めたい。額が少なすぎる。この年、日長銀が破綻、日債銀も破綻に追い込まれます。足りるわけがない。もっとも、この年、預金保険法が改正され、金融機能安定化緊急措置法が制定されます。やっと動きはじめた年でもあります。山一がやばいのは1991年あたりからわかってたはずなのに。とにかく、ここで30兆円の公的資金が危機管理用として預金保険機構に準備されました。


1998年10月、金融再生8法と金融機能早期健全化緊急措置法が制定され、預金保険機構に準備される額が60兆円まで増額されました。


1999年、ついに政治と金融の足並みがそろいます。日銀はゼロ金利政策に移行。大手15行に対して、7兆4000億円が投入されました。


これらの措置によって、破綻の連鎖という事態は回避されました。最悪の事態だけは免れたんです。しかし、時すでに遅く、その後、取り返しのつかないデフレが始まったのは、皆さん、記憶に新しいと思います。そして、2000年には、残った大手銀行の合併が始まり、4つのメガバンク、三菱東京、三井住友、みずほ、UFJが誕生しました。


しかし、アメリカのような抜本的な不良債権対策はなされないままでした。大手の合併は進んだものの、抱える不良債権の額がでかくなっただけ・・・とも言えます。


3、小泉と竹中による最終的不良債権処理

不良債権問題は、ここにいたるまで、解決不能の問題でした。しかし、やっとのことで、この問題に踏み込める政治家が登場します。2001年2月、森総理が退陣。

2001年4月の総裁選は、橋本龍太郎、麻生太郎、亀井静香、小泉純一郎の四人で争われることになります。このあたりは、まだよく覚えている人が多いと思います。本命と思われていた橋本龍太郎を小泉純一郎が破り、第87代内閣総理大臣に就任します。


「自民党をぶっ壊す!」「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力」とかなつかしーですね。


さて、ここで、小泉内閣になってからの、平成13年度年次経済財政報告をちょっとご紹介します。


「改革なくして成長なし」で有名なやつです。


年次経済財政報告


第2節 デフレの進行と金融政策

 日本経済は、緩やかなデフレの状態にある。デフレの要因は、?安い輸入品の増大などの供給面の構造要因、?景気の弱さからくる需要要因、?銀行の金融仲介機能低下による金融要因、の3つがあげられる。現在、我が国では、企業は過剰債務、銀行は多額の不良債権を抱えているため、程度が緩やかであっても、デフレは日本経済に悪い影響を与えている。デフレは、主に次の2つの経路を通じて、企業の設備投資を抑制させるなど日本経済を下押ししている。?過剰債務を抱えた企業の債務負担を増加させる。?実質金利や実質賃金の上昇が企業の収益を圧迫する。

 金融政策は、現在の経済を全快させる万能薬ではあり得ないが、日本銀行はデフレ圧力を和らげるためのさらなる施策を積極的に検討すべき段階にあると考えられる。




? 金融要因
 長期的には、インフレやインフレの逆であるデフレは、マネーサプライの動きによって決まることは知られており、マネーサプライが十分供給されれば、デフレは回避しうる。日本銀行ではこれまでになかった大幅な金融緩和策を講じているにもかかわらず、後述するとおり、十分な銀行貸出、マネーサプライの増加につながっていない。これは、物価を下げる構造要因と需要要因の力が強い中で、企業の過剰債務やそれと密接に関係する不良債権問題を背景に、企業の資金調達意欲が高まらないうえ、銀行の金融仲介機能が低下していることによるものである。



このあたりから、不良債権を問題視しているのがわかりますね。


しかし、実際に、不良債権処理が本格化したのは、2002年の小泉内閣改造からです。覚えている人も多いと思いますが、金融相、柳沢伯夫が更迭され、竹中平蔵が経済財政政策担当大臣と金融相を兼任することになってからです。


内閣改造後、小泉は2004年度までに不良債権処理を集結させることを課題と宣言します。これが、不良債権の最終処理の始まりでした。


この時期の竹中の考えは簡明です。日銀がベースマネーを前年比で30%増やしているのに、マネーサプライが3〜3.5%しか増えていないし、銀行貸し出しも減っている。つまり、銀行の信用創造機能が機能していない。その原因は不良債権問題であり、これを解決しないことには日本経済は回復しない、というものです。まぁ、批判もありますが、これが小泉改革の目玉の一つであり、平成13年度年次経済財政報告にも、似たようなことがかいてあります。


要は、やっと本気で不良債権処理を進める腹づもりの政治家が出てきたってことなんです。ただ、この問題については、小泉は全部、竹中にぶん投げて、電話で「竹中さん自分の考えを絶対に曲げちゃいけない。自分の信念を貫き通すんだ」って励ましてたくらいだったそうですが。。よく言えば信頼して任せたともいえますが、何ともいえないエピソードが残ってます。


こうして、竹中平蔵による不良債権処理が始まります。ただ、その途は最初から前途多難でした。


竹中は、まず、不良債権処理のためのプロジェクトチームを作り、メンバーとして、木村剛香西泰奥山章雄吉田和男池尾和人に白羽の矢をたてて、結集します。


これにはびっくりのエピソードが残っていて、最初の席上、池田和人が、


「不良債権問題は解決不能ですよ。解決できないことに関与するのは学者の良心が許さないので、私はメンバーからおろさせていただきます」


といって、メンバーから外れた経緯が残ってます。まぁ、そんだけデリケートで難しい問題でした。といっても、これを放置することもできない。


何度も繰り返すようですが、最初から、これは前途多難でした。そもそも、メンバーの一人である、木村剛といえば、「30社リスト」と呼ばれる不良債権問題の実態を問題視するリストを作った人。ブロガーとしても有名な人ですが、この人がメンバーにいたことで、いきなり株価が急落。まぁ、いわゆる「竹中ショック」が起きたくらいです。


柳沢が金融相を外され、竹中が金融相を兼任し、木村が竹中チームに入った。これは、柳沢と金融庁がそれまで述べていた「不良債権処理は終わりつつあり、日本の金融機関は健全化しつつある」ってのを真っ向から否定するものに他ならなかったんですね。


だもんだから「不良債権処理は片づいていない。これから断固とした態度でやる」ってメッセージを市場に送っちゃったんです。それで、銀行株が凄まじい下落。もともと、バブルの傷が浅かった東京三菱は、それほど下落しませんでしたが、不良債権問題を引きずっていた、みずほ、りそな、三井住友は酷い下落、UFJに関しては、株価が半額まで売り込まれました。


でも、これで明らかになったことがあるんです。つまり、メガバンクで最大の下落幅を記録したUFJは不良債権が多いと市場から見られているって事です。そして、UFJは、その後、問題を起こしたのは、知っておられる方も多いと思います。


2002年10月、ペイオフの全面解禁が二年延期されました。これは、竹中ショックで、株価が急落した銀行に対する飴と思われ、メディアで散々たたかれました。が、現実的な意味では、その後に控えている不良債権処理に伴う外科手術中に取り付け騒ぎが起きないようにするため、と解釈するのが無難です。そして実際にそうなったわけですから。まぁ、好意的な解釈ですが。


今後、欧米でも同じような外科手術が行われることになると思いますが、一時的にですが、この手の措置を必要とする国は出てくると思います。


だって、不良債権処置って、要するに、「銀行に損失全部吐き出せ」ってことなんですから。そうなりゃ赤字がでまくって、取り付けが起きてもおかしくない。そうなったら、それこそ金融危機です。日本は不良債権処理で運良く起きませんでしたが。



4,竹中プラン


竹中チームのメンバーであった吉田和男は、元大蔵官僚で、銀行局に勤務していた時期があります。その彼から、竹中は印象的な話を聞いていました。


「銀行局は威張っていても、銀行の本当のところはわからない。だから結局は行政指導といっても銀行のいいようにやってきた。それが金融行政の正体です。まるで、銀行局が銀行の箸の上げ下ろしまで管理していたかのような言われ方をしたが、それは銀行側にとって利益があるようにやっていただけなんです。」



これ、アメリカのほうでも一緒なんですよね。最近の規制緩和だってそうですが。S&Lの崩壊なんて、もう滅茶苦茶で、S&Lを無理矢理生き延びさせるために行った規制緩和とか特に。結局、そんなもんなんです。というか、銀行のことは銀行が一番よく知っていて、外からじゃ、なかなか内部のことなんてわからないんです。特に銀行は。






このあたりのことは、木村剛著の、「竹中プランのすべて」が良いんで、興味のある方はどうぞ。


そんな経緯で、不良債権処理のための本格的な動きが始まります。繰り延べ税金資産の自己資本への参入上限を10%以下にするってのが目玉だったんですが、これは結局ぽしゃりました。なんせ、これをやると、大手行ですら、自己資本が8%を切ってしまう。そうなれば、バーゼル規制にひっかかってしまい、また公的資金をいれないといけなくなる。


公的資金。


これをやれば、間違い無く、また国民から総すかんをくらうのは確実でした。そのため、与党からも銀行側かも反発がでました。そのため、結局、妥協せざるを得ない所まで追い込まれたんですね。


最終的に、これはぽしゃったんですが、そのかわり、



(ウ)繰延税金資産の合理性の確認

 主要行の経営を取り巻く不確実性が大きいことを認識し、翌年度を超える将来時点の課税所得を見積もることが非常に難しいことを理解した上で、外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく検査する。



という項目が書き加えられました。


これは、その後、成立した「金融再生プログラム」で読めます。


これは、竹中平蔵が仕組んだトラップでした。「繰り延べ税金資産の自己資本への参入上限10%以下」は一気に問題を解決させるものでしたが、竹中は違う方法を使って、公的資金、そして不良債権処理を加速させる罠をしかけたんです。



「外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく検査する。」



これが、肝でした。正直、竹中って人はギャンブラーです。持ち札が弱いのに勝負に出たとしか言えません。


竹中プランによって銀行は、貸倒引当金を積み増さざるを得ない方向に追い込まれ、赤字を計上せざるを得ませんでした。しかし、それでも、自己資本比率が基準を切って、公的資金の投入なんてことはないと、与党政治家も銀行も思ってたんです。


ところが、竹中プランに付け加えられた「外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく検査する。」という条項が問題でした。


これは、とりもなおさず、銀行と監査人の間の、なぁなぁの関係を終わらせるためのものだったからです。


5,りそなに仕掛けられた罠


竹中チームの一人であった、日本公認会計士協会会長の奥山章雄は、『会長通牒 「主要行の監査に対する監査人の厳正な対応について」』を公表します。



将来の課税所得の合理的な見積可能期間(おおむね5年)は、個々の会社の業績予測期間、業績予測能力、会社の置かれている経営環境等を勘案した結果、5年以内のより短い期間となる場合がある点に留意する。



これ、わかりにくいですけど、要は「赤字だらけの銀行には、繰延税金資産を5年分認めたりしたら駄目だぞ。経営状態が悪いなら3年とか妥当な範囲にしろよ」って事です。


企業の粉飾決算に荷担した監査法人は、無限責任を負わされます。だから、粉飾決算と思われる行為は、そうそうできない。そして、会長通牒で、繰延税金資産を厳格に監査しないと粉飾決算になるよ、というメッセージを送ったんです。


ここが肝でした。


繰り延べ税金資産を外して資産と負債を比較すると、負債超過になるメガバンクが存在したんです。これは、みなさん、知っておられるでしょうが、りそなグループ、でした。竹中は、ここをほとんど狙い打ちにしたんです。まぁ、うまいこと三味線ひいて、自分の意図を隠し続けたもんだと思いますよ。


一旦、債務超過だと判断されれば、嫌でも公的資金いれるしかなくなりますからね。


しかし、これは二つの難関があります。一つは、りそなの監査人が厳格に繰延税金資産を査定すること。もう一つは、りそなが債務超過だと判断された場合に、公的資金の注入が必要になるわけで、それには小泉の支持がいる。


後者は驚くほど簡単に言質が取れたそうです。本当に、事態の深刻さが小泉にわかっていたかはわかりません。ただ、首相の言質をとったことで、あとは監査法人の出方次第になった。


これは本当のギャンブルです。もし、ここで、監査法人が寝返って、りそなにつけば、全てがご破算になる可能性があった。


しかし、ここで勝ったのは竹中でした。りそなの監査を請け負っていた新日本監査法人は、りそなの繰延税金資産を3年しかみとめない方向に柁を切ったんです。

「繰延税金資産計上前で債務超過の会社は、繰延税金資産の計上を3年分しか認めない」


それが新日本監査の答えでした。これで、りそなの運命が決まりました。自己資本比率が4%を割り込むのは確実で、公的資金をいれるしかなくなったんです。


小泉の言質はすでに取ってあり、公的資金の投入して一気にりそなの不良債権問題にケリをつける道筋をここでつけたわけです。公的資金投入となったら、なんとかそうならずに済むように、工作するのも当然で、このあたりも相当駆け引きあったみたいですが。


一方で、対象的といえたのが、みずほグループです。

これはもう自分で書かなくても、wikipediaに大体書いてあるので、そのままコピペします。



現みずほフィナンシャルグループ社長の前田晃伸の項目ですね。



前田晃伸



社長就任とシステム障害


2002年、みずほホールディングス社長に就任するも、その直後、傘下行の合併に伴うシステム統合に当たって、連結の不具合から決済に二重引き落としなどの混乱に見舞われる。入社式で「上の言うことは聞くな、上司に責任は取らせろ」と挨拶した矢先であった。

この問題で国会に招致された際、「直接に御利用者の方に実害が出たというようなことではございませんが、クレームが大量に来たということで、そういう意味で大変申しわけないと思っております。」と発言。その後すぐに「不適切な説明だった」と釈明したものの、マスコミに取り上げられ大いに物議を醸した[2]。

当時の金融担当大臣だった柳澤伯夫はみずほのシステム障害について、「事実と異なる報告を受けていた」と発言、内部管理の不徹底を露呈したため、さらにみずほは非難されることになった[3]。

みずほホールディングスはこの問題の責任として、前田をはじめとする経営陣給与を半年間50%カットする形で対応した。



最初、この人が社長になったときは、そりゃ酷いバッシングくらったんですよ。特に、国会での質疑がいけなかった。しかし、この人は、竹中プランを正確に理解してたんです。不良債権処理を急がないと、潰されるって事をね。大規模増資をするしか生き延びる方法がないと理解していた。りそなはそれがわかってなかった。最近のリーマンみたいですが。



財務再建

2002年には竹中平蔵金融担当大臣が策定した金融再生プログラム、通称「竹中プラン」の方針に従って(当初は難色を示したが)不良債権の処理を行った。しかしメインバンクを務めている企業に多くの倒産(2002年〜2003年の間に佐藤工業、壽屋、ハウステンボスなど)が出たため、貸しはがしの代表格的に扱われ世間の批判を浴びることも多かった。

2003年は前年に引き続き株安で始まり、日経平均株価は4月28日にはバブル後最安値の7603円をつける。これに伴い、みなし5万円額面のみずほ株も、一時5万8300円の安値を付け、倒産や公的資金の注入が噂されることも多かった。ただし、みずほグループは2003年3月期の決算こそ2兆3700億円の赤字であったが、1兆円規模の大規模な増資を行い財務的には資金繰りができる状態だった。しかし、この増資は同時に潜在的な株式希薄の要因でもあった。また、2003年6月の株主総会でもいわゆる「シャンシャン総会」を行ったため、これもまたみずほの既存の株主の批判の対象となった。

特に、ネット上の株式関連の掲示板では前田の悪評、酷評、罵詈雑言が絶えず、株価が安値を更新していたころには1日に10回以上も槍玉にあがることも多かった。

同時期、みずほグループ社員バッジを考案し連帯感を高める策を打ったが、これは同郷大分出身の財界人であるキヤノンの御手洗冨士夫のアドバイスによるもの。



こちらの記述にもありますが、大規模増資と貸しはがし。それが前田のやったことです。でも、厳しい言い方ですが、こういう企業は10年前に潰れていてしかるべきだった。だから土下座外交で増資し、引当金をつみ、不良債権を処理した。


しかし、生き残るためとはいえ、株主価値の希薄化、貸しはがしだったわけで、まぁ、もう最悪の経営者の称号を奉られたのも当然といえば当然。



現在

財務危機の後も資産の売却と劣後債などの増資をすすめて資本を積みまし、2004年3月期には黒字に転換、株式の配当も復配。続く2005年3月期、2006年3 月期も、特殊要因があったものの黒字決算を実現。多くの批判を集めた1兆円増資の決断も、結果としては成功に終わった。株価も上昇を続けたため、最近は就任当初のイメージは遠のき、経営手腕が優秀であるという評価に転換されていくことになった。堅実でぶれず隙のない経営者としてのイメージを確立しつつある。株価も100万円を超えた値がつき、底値から17〜18倍の大幅上昇を記録した。

また、メガバンクと消費者金融との提携については、かねてから否定的な見解を示している。全銀協会見では、消費者金融のテレビCMや広告について「個人的には、ちょっと目に付く」と他のメガバンクを暗に批判。グレーゾーン金利は「明らかに正常ではない」とし、「(みずほに開設された)2,600万口座の既存顧客へのより良いサービス提供が最優先」とコメントしている[4]。

その一方、銀行ATMなどの手数料が依然として高額であることについては、「何でもタダが良いというのはやりすぎ」と値下げ慎重の方針を持っており、こうした態度へは反発もある。本人曰く、無差別にいい格好をするのは顧客全体への負担となるのだから、対価に納得して選ばれる銀行を目指すべき、という独自の考え方があるようだ[5]。

2006年11月8日、みずほフィナンシャルグループがニューヨーク証券取引所に上場し、現地時間9時30分に取引開始の鐘(オープニングベル)を鳴らした[6]。




まぁ、色々ありますが、最近では、「最近は就任当初のイメージは遠のき、経営手腕が優秀であるという評価に転換されていくことになった。」って感じになりました。まぁ、この人も相当なギャンブラーですが、賭けに勝ったんです。



6、UFJの暴走

これは、まぁ、大問題になったので、僕が書かなくても知ってる人の方が多いと思うんですが、メガバンクの一角、竹中プラン後、UFJは最低最悪の行為をここで働きました。


竹中プランによって監査が異常に厳しくなった事で、完全に暴走しちまったのがUFJでした。最近も暴走気味といえば暴走気味ですが。ここもやばい銀行だったんで、最悪、公的資金の投入、国有化されるって焦りがあったんでしょう。




 「UFJ銀行東京本部の3階の会議室に、金融庁に説明したものとは別の資料が隠されています」

 昨年10月9日朝、金融庁に1本の匿名の電話がかかってきた。4大金融グループの一角であるUFJホールディングスを、三菱東京フィナンシャル・グループとの統合にまで追い詰める契機となった検査忌避が、発覚した瞬間だった。

 金融庁は当時、UFJ銀行に対し、大口融資先を重点とする特別検査を行っていた。情報の確認を求める検査官に、UFJ銀行の担当者は否定したが、指定された会議室に入った検査官が見たのは、約100箱にも上る段ボール箱の山だった。

 箱には、大手スーパーのダイエーをはじめ、UFJ銀行の大口融資先に関する資料が詰められており、UFJ銀行が特別検査で金融庁に示したデータに比べ、経営状況に対し厳しい見方が示されていた。

 UFJ銀行は「これは単なるシミュレーション」と説明したが、その後、大口融資先に関する重要なデータを、すでに廃止された部署のコンピューターに移して存在をわからないようにしたり、経営陣が審査した議事録を改ざんするなど、さまざまな検査忌避行為が明らかになった。

検査妨害 UFJ、焦って“暴走” 不良債権処理で後れ





 「UFJ銀行東京本部の3階の会議室に、金融庁に説明したものとは別の資料が隠されています」って電話での内部告発が発端でした。4年前の話ですけど、まぁ、凄い話ですよね。


検査官が踏み込んだ時には、UFJの担当者の一人がパニックになって、資料を破りだしたそうですが。まったく世も末です。こういう昔話を書いているとアルゼンチンの年金ファンドの差し押さえを笑えない。


しかもUFJは、ダイエーのメインバンクでしたから、ここに経済産業省が絡んできた。UFJは経済産業省をつかって、ダイエーの件は煙にまきたかったんでしょう。まー、ここで金融庁と経済産業省の間で一悶着あったみたいです。


馬鹿げた話ですけど、りそなにしろ、UFJにしろ、ここで、みずほ型の大型増資に踏み切っていれば生き残れたかもしれなかった。しかし、なんでかしなかったんです。メガバンクとしての誇りがそれを許さなかったのか。それとも金融庁とやりあって、逃げ切れる気でいたのか。それはよく知りませんが。


監査が厳格に行われた結果、UFJの実質的な自己資本比率は4%と判定されました。そうなると、バーゼル合意にひっかかります。国際業務を行う銀行には、最低8%の自己資本比率が求められるわけで。UFJは、ここで追い詰められたんです。


こういう形で2003年の決算を金融庁に訂正された以上、UFJは2004年の決算で、なんとかしないといけなくなった。しかし、竹中はここでさらに検査を厳格化。大口与信管理体制検査。UFJの逃げ道を塞ぐ方向で動きます。


2004年、ついにUFJと金融庁の対立に終止符が打たれました。UFJは、東京三菱と合併することを選択。検査忌避問題では、岡崎和美、早川潜、稲葉誠之の三人が逮捕され、不良債権の最終的な処理がここで終わりを告げたわけです。


2005年。大手行の不良債権は半額となり、長く続いたバブルの戦後処理は、15年の時を経て終わりました。


正直疲れたんで最後やっつけですが、まぁ、こんなとこで。
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2008年10月29日

アイスランドの格付けがおかしかった件

サムライ債500億円債務不履行 アイスランド最大手銀


というわけで、本日はタイトル通りの話題です。こないだから話題のアイスランドですが、とうとう債務不履行を出してくれました。しかもサムライ債で。巷ではハラキリ債とも呼ばれてますが、本当にハラキリ債になっちゃいました。

「世界のサイフ」− アイスランドと南アフリカの現況と今後の見通しについて


そんなんで半年ほど前に、上記のような資料が出ていたので、ちょっと興味が出たので読んでみました。



【アイスランド】
・ここ数年、地熱を利用した発電所建設に伴ない、資本財の輸入が増加し、経常赤字が増大しましたが、2008年以降は、アルミニウムの生産および輸出が増加し、経常赤字が縮小することが予想されます。

・4月17日に格付機関のひとつであるS&P社が、同国における金融機関の資金調達コスト上昇と通貨安を背景に経済が縮小する可能性が高まっているとの見方を示し、アイスランドの自国通貨建て長期債の格付をAAからAA-へと引き下げました。しかし、為替市場は大きな反応を示しませんでした。

・アイスランド中央銀行は、自国通貨の安定化をめざし、政策金利を4月に15.5%へと引き上げました。

・今後、世界的に環境問題への取り組みが高まることに伴ない、アイスランド経済は下記のような分野で恩恵を受けることが予想されます。

(アルミニウム精錬)
アルミニウムの精錬には多くの電力を必要とし、エネルギー価格が上昇している現在、アイスランドの安価で環境にやさしい地熱発電は世界から注目されています。

(テクノロジー産業)
コンピューターへのデータ保管には多くの電力を必要とし、また温度を低く保つことも必要です。アイスランドは安価な電力と寒冷な気候により、データ保管に適した場所として注目されています。

(水素燃料)
アイスランドは水素燃料の分野でグローバルリーダーとしての存在感を高めており、今後公共交通機関は水素燃料を使用することを計画しています。


⇒中長期的には、環境分野を中心に経済全般の見通しが明るいことや高い金利水準などがアイスランド・クローネのサポート要因となると考えられます。



今となっては、笑い話にしかならないのですが、当時としては、こんなものだったのかもしれません。じゃなきゃ、あそこまで急落しないし。もっとも、このレポートの時点で20%を超える下落を見せてますが。


しかし、S&Pの格付けって、どうにかならないのでしょうか。アイスランドがダブルAだったんですし。一方、2007年の4月頃までは日本の国債がダブルAマイナス。(現在ダブルA)


そりゃ、日本だって先行き暗いですよ。少子化に財政赤字、国の借金はやばいし、年金問題とそりゃどうしようもないマクロな面を抱えてますけどね。


でもアイスランドほどじゃないでしょうよ。


アイスランドっていったら、GDPの20%前後に相当する貿易収支の赤字を抱え、短期の外貨建て債務はGDPに対して200%。長期の外貨建て負債総額はGDPの350%だったんです。しかも、短期債務残高は、中央銀行の外貨準備金の約15倍ですよ15倍。


アジア通貨危機の前、短期債務残高/外貨準備金の比率で危険水域にあったと言われているインドネシアで168%、韓国で198%、シンガポールで217%、タイで145%と危険性では、比べものにならない域です。投機をくらったら生き延びれるはずがない。実際に、現在、死んじゃってますが。


外貨準備に比較して、巨額の短期債務残高がある国は、アジア通貨危機の時に次々と投機攻撃を受けて沈められたのはまだ記憶に残っている人が多いと思うんです。その国と日本が同格にされてたってのは、ちょっと納得がいかない人も多いんじゃないかと。


で、なんですが、いくらなんでも酷すぎる格付けだと思うんですけどね、こういうの。S&Pみたいな格付け機関って、今アメリカで問題になってます。


今回のサブプライム問題で、格付け機関が問題にされている点を上げますが、格付け機関は投資銀行から報酬をもらっています。


典型的な利益相反に等しいビジネスモデルだと思うんですが、これが、ウォール街のやり方でした。ネットバブルの時に、ウォール街の投資銀行では、自分とこのアナリストに、IPO銘柄が成功しやすいような好意的なレポート書かせて、株価つりあげてたのは有名な話ですけど、それが今回のバブルでも行われてたわけです。姿はかわりましたが。


今の世界じゃ、絶望的なほど利益相反といっていい職種があるんです。アナリストと投資銀行とか、会計士と企業とか、格付け機関と投資銀行とか。


アナリスト、会計士、格付け機関のどれも、どこかの企業を調査して、その真の価値を見いだすことで報酬を得ている人達です。


ところが、彼らに報酬をあげているのは、投資銀行とか企業なんです。会計士はちょっと説明しなきゃいけないと思うので説明しますが、会計士は監査業務よりも、今は企業のコンサルタント業務のほうが重要になってきています。アメリカじゃ顧客企業のコンサルティングから大量の報酬を得ているので、会計士は企業に逆らえなくなってきてるんです。だから、公正な企業監査なんで望むべくもない。


投資銀行から給料貰っているアナリストが、自分とこの投資銀行が幹事の新規株式公開(IPO)で、対象の株式のことを公平に書いたりしないのも一緒です。


んでもって、格付け会社と投資銀行の問題も一緒なんです。間接的にですが、格付け会社は投資銀行からお金もらってるんです。モーゲージ担保証券だとかCDOとかの格付けをして手数料をもらっているんです。


そのうえ、馬鹿げた話ですけど、格付け会社は、対象のCDOのパフォーマンスとかとは、全く無縁です。一回、格付けして終わり。収入は証券の発行量にしか左右されず、格付けで生じる責任などからはほぼ無縁なんです。格付け機関はパフォーマンスを詠み間違えても責任生わないんですね。そりゃ、無責任な格付けが流行るわけですよ。


こんな状況じゃ、格付け機関は、ひたすら証券の発行量が増えるような格付けをするに決まってます。そのほうが儲かるし。


格付け機関が、非常に儲かっていたのは、こういう仕組みだからなんです。2000年台になって、不動産が急上昇し、CDOなどの発行量が増えてた事が、格付け機関の驚異的なリターンを生み出したんです。


まぁ、これが一因ともなって、CDOに対するトリプルAの大判振る舞いに繋がっていったんですけども。


要は格付け会社って問題がある機関だって事なんです。システム的に問題がある。今回のアイスランドの格付けだって、市場的には、もうやばいんじゃないかってシグナルが出てたのに、それでもAAだったりしたし。


これ、明らかに、何か不適切な行いがあったとしか思えないンですけどね。格付け機関と、アイスランドの間とかに。


今回の件の戦犯として格付け機関はやり玉にあげられているのですが、今後、何らかの規制が講じられる場所であるのは間違いありません。それと、格付け機関のうちでは、フィッチは比較的信頼できると思ってます。手数料の情報開示とか、透明性が高いのがその理由です。
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2008年10月24日

ポンジファイナンスの終焉

金融危機の犯人はいったい誰だ

まぁ、予想通りというか、今回の金融危機のアメリカじゃ犯人捜しが始まっています。


今回の金融危機の主犯としては、サブプライムレンダー、ブローカー、投資銀行、格付け機関、政府、借金した人が上げらます。ただね、今回の金融危機って、もうアメリカ一国の問題に収まってないんですよね。


ハンガリーのびっくり利上げ3%で、東欧の危機深まる


アルゼンチンの年金ファンドを政府が押さえた - いちカイにヤリ 投資世代


asahi.com(朝日新聞社):ローン返済、突如倍増 アイスランド、円建て人気裏目 - 国際


公的資金の世界的な拡大 Doblog - おかねのこねた : 賢く、楽しく、ユックリ投資 by 春山昇華 -



最初は、アメリカだけの問題と思われていた金融危機が、あっという間に全世界に燃えひろがっているわけです。これ、サブプライム危機ってだけじゃくくれないんです。

日本のバブルが崩壊しても、他の国にまで直接的な影響は与えなかったけど、今回は、全世界に危機が燃え広がっている。


問題の根源は、なんですがね。全世界的なマクロ経済の脆弱性なんです。これは2000年台あたりから特に酷くなっていたことなんです。今日は、そのあたりの話をしようかと思うんですがね。


問題の芽に関しては、どこまで遡るかによるんですが、アジア通貨危機あたりまで行くのが良いかと思うんで、そこから始めますが。


当時のアジア諸国は「アジアの虎」とか呼ばれてて、年率5〜8%の成長を遂げていたわけです。誰もがうらやむ経済成長で、これらの国々の先行きは薔薇色かと思われていた矢先でした。


しかし、一方で、これらの国々は、マクロ経済での脆弱性を抱えていました。タイやマレーシア、それから韓国あたりがそうなんですが。


これらの国々の成長は、ある一面では、海外からの資金流入によって支えられていました。今、やばくなっている国々もそうですがね。外貨建てで資金いれこんで吹っ飛びかけてるアイスランドやらアルゼンチン、ハンガリーあたりそうですけど。


これらの国々は、経常収支の赤字を、海外からの資金流入によってファイナンスしてたわけですよ。短期の借金をくるくる回して、赤字を補填してる家計みたいなもんです。


これは継続的な海外からの資金の流入を前提にしたやり方なので、その副産物として、為替レートが過大評価されることになります。


過大評価された為替レートと、経常収支の赤字。これが、アジアの虎のアキレス腱でした。


もし、何かのショックで、海外の投資家が、もう赤字をファイナンスはしないと決めて、一斉に資金を引き揚げれば、為替レートは暴落します。その結果として、今、アイスランドで起きてるように、払わなきゃいけない対外債務が雪だるま式に膨れあがることになります。


そうならないためには、どうすればいいか?


簡単にいえば、高金利にして、海外からの資金を呼び戻すことです。ただし、その場合には、高金利によって、自国内の銀行や不動産が皆殺しにされることを覚悟しないといけません。実態経済が酷い状況になることも。


一方で、海外資金が逃げ出すと、銀行や不動産などは、突如として資金が逃げ出したことによる混乱にさらされます。資金繰りがつかなくなって、銀行が潰れたり、不動産市場がメルトダウンするわけです。


ここで銀行や不動産を守ろうとするなら、金利を低く保つしかありません。


ここで、重要なのは、この二つは同時にできないということです。


アジア通貨危機では、諸国がやったことは後者です。海外の資金が逃げ出した後、弱り果てた銀行や不動産を守るために、金利を下げた。金利が下がったので、資金が逃げ出して、外貨準備は急速に減少した。


そこをついたのがヘッジファンドで、徹底的に過大評価されていた通貨を売り崩して、やりたい放題しまくったわけです。外貨準備のない国は、もう投機にやられるままだったわけです。


でなんですけどね。


ハンガリーは、外貨建ての借金をしまくった国です。というか、東欧諸国は、救いようがないんですよ。アジア危機の教訓を学んでないというか。


過大評価された為替レートと、経常収支の赤字を抱えている国々は、これから地獄を見かねません。


アジア金融危機を鮮やかに指摘したのが、ルディガー・ドーンブッシュです。



「ネズミ講がうまく回り続け、為替を安定的にするためには引き続き資金の流入が必要だが、そのためには外国投資家のリスクに見合うように金利を引き上げねばならない。しかしこれは不動産と銀行をさらに悪い状態にする。銀行を生かしておくには、金利は引き下げねばならない。政府は両方を同時に実現することはできない。政府は金利を下げ、そして為替については投機をやらせるままにした。これが現実におきたことだ。」



いわゆる、ネズミ講、ポンジファイナンスに近いんですよ、こういう仕組みって。


金融の自由化以降、国民に薔薇色の未来を約束した政府の多くが、外貨建ての資金調達に依存しました。


海外からお金を借りるのは問題ないんですよ。ダム創るのだって、発電所たてるのだって、お金のない国は他から借りてくるしかない。


問題は、その借りた金をどこに使うかです。発電所やダム、道路の整備なんかの社会的インフラならいい。しかし、問題は、多くの国々で、そういうお金が不動産に使われたってことです。馬鹿げている。そりゃ、一時はいいですよ。不動産の値上がりによって、借り手は、不動産の値上がり分を担保にして借金して消費できます。それで、国内経済が堅調になる。


でも、結局は、バブルにしかならないんです。そして、そのバブルは海外からの資金流入によって支えられてるわけで。その金がある日、突然消えたら、後に残るのは不良債権の山と対外債務です。


その上、資源バブルが起こってたので、そっち系の企業には銀行が過剰融資していました。結局、これも不良債権になります。


最後に残るのは、不良債権という十字架なわけです。バブルをエンジョイすれば行き着く先はそこです。そして、これから起こるのもそういうことなんです。



1992年ERM戦役経験者は、これは直ぐに制御不能になるんだよ、と言っている。
ヘッジファンドが東欧のペッグ制をぶっ潰して血の味を覚えれば、今度は莫大な赤字の穴埋めを外国からの借金に依存している、ユーロ経済圏の国を狙うかもしれない…特にスペイン、ポルトガル、ギリシャ辺りがヤバイ。

ハンガリーのびっくり利上げ3%で、東欧の危機深まる



2年前であれば、まだ収集がついたかもしれない事態は、もう手がつけられない状態になりつつある。ヘッジ連中が、東欧に襲いかかってるみたいですが、次にスペインあたりが狙われるのは時間の問題でしょう。(どうも不良債権隠しているっぽいですからね)


このあたりは、日本がアジア危機の時にくらったことでもあるんですがね。


金融危機を引き起こすには、二つの異なったプレーヤーを必要とします。一つは、借りすぎた借り手。アジア通貨危機では、アジアの虎。今の危機では、東欧諸国、スペイン、ギリシャ、ポルトガル、それから幾つかのアジア諸国。アメリカの消費者。オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン。


そしてもう一つは、貸しすぎた貸し手です。筆頭は日本とアメリカ、それからユーロなどです。馬鹿げた勢いで、アクセルを踏んで世界に金をばらまいた。

特に日本なんて、1990年台中盤から、世界に円をあふれさせて満足してたわけですが。

その結果、低利のアメリカや日本で借り入れて、海外の高金利の資産に投資するキャリートレードが引き起こされました。

東欧や中南米の不動産や資源関連にそういった金がばらまかれ、不動産と資源のバブルが引き起こされたわけです。

しかし、巨額の資金流入とは、すなわち、経常収支の赤字と実質為替レートの増大を意味するんです。これがわかってない政府が多すぎた。それとも、意図的に無視したのか。


これは、血に飢えたヘッジファンドの連中の前に、肉をぶら下げるようなもんです。投機のチャンスを極大化させるようなもんです。もし、運良く、ヘッジファンドの攻撃をかわせたとしても、問題は残ります。例えば日本。


1998年、日本で、金融危機が起こると、ムーディーズは、日本のソブリン債務の格付けを引き下げました。当時、アジアの最強の経済国家であった日本の格付けの引き下げは、アジア全体への投資家の信任を失わせました。


不良債権さっさと処理しときゃよかったのにと今さらながら、ぶつくさいいたくなりますが。当時、僕は何もわかってませんでしたがね。おかげで、ジャパンプレミアムなんて状況が現出したんです。


1990年代にはいるとバブル景気が終焉し、それにより青天井に上昇していた地価が大幅に下落した。金融機関はバブル景気の時に不動産会社などに大量の資金を融資していたが、土地の価値が失われたため返済ができず債務不履行(デフォルト)や倒産が相次いだ。さらに無謀ともいえる海外投資の結果、大量の資金が海外へ流出したため日本の金融市場は著しい資金不足に陥ってしまう。その結果ショートによる破綻を回避しようと海外の銀行間取引市場(コール市場)へなだれ込み、資金調達を行なった。しかし日本の会計は取得原価主義であったため保有の資産が取得時の高値価格で記録されており、簿上の財務に隠された含み損に対し海外の金融市場は不信感を募らせ、日本の金融機関に対してのみ通常の金利よりより多くの金利を要求するようになった。


影響

国内からの資金調達が困難な状況に陥っていたうえに金利上乗せが発生したため無担保コール市場などが混乱し、日本の金融機関は海外からの資金調達も困難になった。特に北海道拓殖銀行(拓銀)は無担保コールを当てにしていたため大打撃を被り、これが影響して破綻に陥っている。そしてその拓銀から融資を受けていた山一證券も破綻するなど負の連鎖反応が起きている。

ジャパン・プレミアムComments



結局、バブルのつけを日本は払わされることになったわけです。市場からのアタックによって無理矢理払わされた、といってもいいんですよ。それ以前、日本の政治家と官僚と銀行が一体となって、損失の隠蔽と先送りを繰り返していたんですけどね。


しかし、日本の金融機関に対する信任が薄れ円安が進むと、日本から機械を輸入して工業化を進めていたアジア諸国がさらに打撃をうけて通貨の切り下げをしかねないので、日本とアメリカはせっせと円買い介入をして、円を支えたわけなんですがね。


しかし、結局のところ、この脆弱性故に、日本の金融機関は、高すぎるツケを支払わされることになり、北海道拓殖銀行と山一の倒産への連鎖を引き起こされることになったわけです。


これから不良債権を隠し通そうとする国は、高いツケを払わされることになります。日本と同じくね。結局のところ、不良債権買い取って、公的資金いれて、駄目な銀行は整理・合併させていくしかない。辛いでしょうが、そうしないと金融危機を自己実現することになるわけですよ。


アジア通貨危機の時は、危機国が困難を脱出するために、輸出先が必要でした。しかし、アジア最強の経済国である日本には、その力がなかった。


また、アジアの様子がおかしくなると、無謀ともいえる海外投資を続けていた邦銀は、一斉にアジアから債権を引き上げた。これによってアジア通貨危機は、フルスロットルで進行することにもなったわけです。日本はアジアを見捨てた、と言われてもしょうがない。この時の恨みは、まだ向こうの金融機関は忘れてないでしょうね。


悪夢の階段を転げおちていったわけなんですがね、日本とアジアは。


今、世界で起きているのも同じことなんです。ちょっと違いがあるのは、アメリカまで、この罠にはまってバブったことですかね。


アジア通貨危機の時に、貸しすぎた貸し手、バブルの輸出国だったのは、低金利やってたアメリカと日本だったんですが、サブプライム問題で、貸しすぎたのは、アメリカと日本の低金利、それから途上国を中心として膨らんだ余剰貯蓄なんです。


「お願いですからもうやめて下さい、グリースパン議長、福井総裁、途上国の貯蓄者の皆様」


と、バブルが起こってた国々が苦情を言ってもおかしくなかった。でも、愚かにも、そういった国々は、そういった低金利について、歓声で答えた。


借り手は借りすぎた。アメリカでは投資銀行、ブローカー、サブプライムレンダー、格付け会社がそれを後押しした。流入した資金を高金利の金融商品に変える形で。不動産バブルが起こり、それがさらに金融システムを脆弱にしていった。


東欧やEU、オーストラリア、中南米では、流入した金を外貨建てで借金して、家や車に変えた。資源バブルが起こったので、だれもがそれが永続すると信じた。そして不動産バブルが起こり、景気に沸き立った後、今、その全てが消え失せた。


ここ数年、多くの国は、経常収支の赤字を、低金利国の資金でファイナンスしてきた。彼らの成長は、低金利国からの資金の流入とアメリカへの輸出、資源バブルで支えられてきた。


為替レートが過大評価され、資金の流入が続き、資源が上がり続ける限り、このネズミ講は回り続ける。


しかし、一旦、資金の流入が終わり資源価格のバブルが終われば。


残るのは、過大評価された為替レートの巻き戻りによる対外債務の増大と経常収支の赤字。そして、減り続ける外貨準備。


そして、一斉に資金が引き戻されるので、世界的な信用収縮が引き起こされてしまう。


途上国の政府に残った選択肢は、二つしかない。


1 「金利を上げ続けて、資金を呼び込見続ける。しかし、金利を引き上げれば、不動産バブルで崩壊しつつある自国の金融システムを犠牲にすることになるが、それは見捨てる」


2 「金利を下げて、不動産バブルで痛んだ金融機関を助ける。一方で、それは海外かの資金の流入を止めることを意味するので、為替については投機にやられるままになる」



いずれにしろ、ただじゃすみません。1では、自国の金融システムが犠牲になるし、2では、為替が売り崩されるので自国の輸出産業が犠牲になる。


今回の危機について、はっきり言えるのはこういう事です。


全世界が借りすぎて貸しすぎた。要は、未来の富を前借りしすぎたって事です。


そして、その未来が、現在になったわけ。


バリー・アイケングリーン教授によれば、一国全体に広がった銀行危機は、起きた年の経済成長率を1%低下させ、その翌年には3%程度低下させ、その次の年からは程度がいくらか少なくなるそうです。


また、このコストとは別に、銀行危機を解決するために、不良債権を買い取るコストと公的資金の注入コストが必要となります。これは、大体、合計でGDPの10%から20%になるそうです。(過去の例からみて)


結局のところ、バブルのつけは、払わないといけないわけ。

posted by pal at 08:21 | Comment(46) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年10月15日

失われていく職種と技術の発展の話

優先株購入により米金融機関に最大2500億ドルの資本注入=米財務省


とりあえず、ほっとしました。


アメリカは、優先株の購入による公的資金の注入を決めたようです。かなり強引ですが、このあたりは豪腕ポールソン御大ですね。一気に勝負を決めにかかってます。


しかし、一方で、優先株の購入という形をとっているので、批判も大きいでしょう。


ベア・スターンズが2ドルで買収されて、株主と経営陣、株もってる社員が全員やられたのは記憶に新しいわけなんですが、今回は、株主価値の希薄化が起きないので、そういうことはありません。株主や経営陣、銀行員にとっては、職と株価が保たれるという点でグッドディールですが、銀行が高い給料もらっといて問題起こしときながら、政府ふざけんなっていう批判がでるのは仕方ないでしょう。



ここ2週間ほどの混乱に巻き込まれた会社のベテラン社員によると、彼の会社のCEOに金色のパラシュートを諦めるよう、最大の圧力をかけているのは、メイン・ストリート(各地の中央通り、金融業界ではない一般市民の意)でもなければワシントンでもなく、社内の怒れる社員たちなのだという。

アメリカでこれ以前に所得格差がピークに達したのは、19世紀末から20世紀初めにかけて。この時は高まる国民の不満に勢いを得て、国民党が台頭した。それは米国史上、最も成功した「第三の党」運動だった。

当時に比べると、今のところアメリカの政治地図はそれほど極端には変化していない。しかし階級闘争は強力な魔神だ。そして実に久しぶりにアメリカは、魔神をランプから出してしまったのだ。


強欲な銀行幹部たちのせいで階級闘争が――フィナンシャル・タイムズ




所得格差の問題は、日本でも出てるんですけど、アメリカではかなり深刻な問題です。


この問題は、ある意味では、技術の発展によって引き起こされたものであり、結構、根っこが深いです。


製造業の話を出しますけど、空洞化とかグローバリゼーションとか、雇用が盗まれているとかいう話がありますよね。企業が海外に製造拠点を移してしまうので、雇用が失われるって話。


そのため、これが格差を広げるって話もあるんです。これは、真実の一面なんですけど、ただ、それだけってわけじゃないんです。


例えば、コンファレンスボードの報告によると1995年から2002年にかけて、製造業の雇用は2200万件減少したそうです。アメリカでも220万件減少。中国では1500万件減少したそうですが。


これは、製造業の技術の進歩によって、より少ない人員で、より沢山の生産が出来るようになったからなんです。


効率化の行き着く果てはそこなんです、結局。技術の進歩は、より少ない人員で生産高を上げる方向で働きます。そうすれば、最終製品の値段が下がって、利幅が減ってしまう。


利幅が減れば、雇用が減るのは当然の帰結であって、技術の進歩ってのは、しばしばこれを伴うんです。


ただ、最近は、その影響をうけるのが、ブルーカラーに代表されるような製造業だけじゃなくなってきてる。


それを推し進めているのは、もちろんコンピューターで。


コンピューターの登場によって、ホワイトカラーの分野でも、より少ない人員で、生産高をあげることが可能になってきている。


メディア産業とか銀行とかの金融産業、それから企業のバックオフィスとかでこれが顕著ですけどね。コンピューター技術の信じられないような進歩は、ホワイトカラーの優位性を浸食し始めているです。


アメリカでは、最近、大卒の人達の給与面における優位性がどんどん薄れはじめているみたいなんですが、これは、ある一面では、技術の進歩が引き起こしたことでしょう。日本でもそうですけど、かつて大卒の子達が担当してきたような仕事は、コンピューターに奪われつつある。


中流階級の没落に激しく拍車をかけているのは、間違いなく、この面があると思います。


アメリカの下流階級は、相対的に安定しています。皮肉な話ですけど、肉体を使うサービス業はコンピューターの影響をさほど受けませんからね。


一方で、上流階級、特に金融関係やら、ハイテク産業の億万長者って人達は、コンピューターと財テクを駆使することによって、巨万の財を築きました。生産性向上の恩恵をフルで受けた人ってこういう人達ですからね。


階級闘争の魔神は、今、多分、没落しつつある中流階級と上流階級の間で解き放たれたのかもしれません。かつてはエリートになれたはずの人が、そうなれない。大卒が優位にならない時代に入りつつある。相対的な話ですけど、没落していってるのは、中くらいのエリート階層なんですよね。


今の金融騒ぎの中でも、トップが金を会社から持ち逃げして、高学歴の社員は首切りの嵐なわけで。


日本でも似たような状況が現出してて、大学でたのに就職難。院でたのに就職難。年功序列で上の方の正社員が勝ち逃げって構図ですからね。


そりゃ、日本でも階級闘争っぽい単語が頻出するようになったのもしょうがない。


結局の話、工場とかITみたいな要因で使用者全員の生産性が上がると、生産物の値段がどんどん下がっていくんです。技術の進歩は簡単にコストを下げて生産性をあげる。


しかし、一方で、最終製品価格の下落をもたらすので、利益も食いつぶしてしまう。利益が食いつぶされるので、雇用は増えないどころか減ってしまう。


ただ、長い目でみれば、いずれは失った以上の雇用が産まれます。製品やサービスの値段が下がれば、可処分所得の増加に繋がるので、他の製品だとかサービスの需要が伸びることになりますから。そういう産業が次の時代を牽引するんでしょう。


まぁ、それに気づいてる人は、もう動いてるし、これからそういう時代に突入するんだと思います。そういう意味じゃ楽しみな時代に入りました。ただ、その道の途中では、陰鬱な階級闘争が繰り広げられる事になりそうではありますが。
posted by pal at 00:14 | Comment(8) | TrackBack(3) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年10月08日

アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか その3

えー、このエントリは、以下の二つのエントリの続きなので、まだお読みでない肩は、そちらから読んで頂けると助かります。


アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか

アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか その2


白川日銀総裁記者会見の一問一答

こちらは、白川日銀総裁の会見の奴ですが、ちょっと感心したので、リンク載せておきます。現在の状況について知りたい方は是非どうぞ。


第五章 コンピューターがやってきた

  そして彼らは来た。だが・・・


・1 倒産できなくなった銀行

なんてロマンシングサガ2のオープニング風っぽく書いてはみましたが、特に意味はありません。ノリです。


で、なんですが、第四章で、アメリカの銀行が、何故規制されねばならなかったかについて書きました。


最初に、一番大事なことを書いておきます。ニューディール銀行改革において、もっとも重要な点は、「銀行を倒産できないもの」に作り替えたという点です。これは、第四章で、長々と銀行規制について書いた理由です。あれらの規制は、結果としてですが、銀行を倒産できない存在に作り替えたんです。


連邦預金保険公社(FDIC)のアイザック元総裁は、


「銀行の安定を保証する制度は最初の50年はうまく機能した」

「我々は今や規制撤廃の方向に進んでおり、銀行に認められる活動範囲を広げつつある。かつては銀行は倒産することができなかったので、競争能力を失うか、あるいは不正手段に訴えざるを得なかったのだが、今必要なのは、無言の決意それだけである。」



という言葉を残しています。


今回の騒ぎで、はっきりしていることがあります。金融システムから資金調達リスクを取り除こうとした努力の全てが、失敗したということです



大恐慌後、銀行は、どんな犠牲を払ってでも救うべきである、という姿勢が、銀行規制当局に産まれました。それは、第四章で説明した、規制と保護を生み出したんです。


第四章で紹介した規制、つまり、銀行設立許可を難しくし、預金支払いに上限をつけた目的はそれです。政府は銀行が安定して利益をあげることを望んだんです。そうすれば倒産なんてしませんから。


極端な話、馬鹿でも経営できるのが銀行だったんです。「短く借りて長く貸す」が銀行の当時の宿命でしたが、短く借りるほうに規制が入って、上限金利が定められていたので、とても安いコストで銀行は預金を集めることができたんです。


それで、集めた預金を長期でリスクのない貸し出しに限定すれば、簡単に利益がでました。長期と短期の利息から産まれる「利ざや」は3〜4ポイントと安定しており、銀行は、こうした規制の下で、ゆっくりと着実に繁栄しました。


これは皮肉な話ですが、人間ってのは、「儲けた人間はそれを維持しようとリスクヘッジし、儲けれなかった人間は儲けたくてリスクテイクする」という行動をします。


ニューディール後の銀行は、前者でした。ほっておけば、勝手に利益が転がり込んでくる独占企業になったからです。競争からはほぼ隔離されており、ビジネスモデルは単純なもので、不正や詐欺が起きない限りは、ほぼ倒産できない存在だったんです。


もちろん、この状態では銀行によるサービスの向上は望めませんし、信用のない人は借り入れなんて望むべくもないわけですが。銀行は、顧客へのサービスには怠慢でしたし、預金獲得競争でも、せいぜいトースターやTVをつける程度。あとは、接待程度ですかね。


とにかくも、結果として、金融システムは安定しましたが、銀行は独占体となり、独占状態から金を引き出す存在になったわけです。


しかし、一方で、安定して稼げるので、リスクのある貸し出しに手をだす必要はそうなかったんです。銀行は、こうして、リスクを取らないでよい分、遥かに安定した存在になったんです。


ニューデュール銀行改革が行われた1934年から39年までに倒産した銀行は315行で、1933年に倒産した9000行と比べれば、天と地の違いがでました。実態経済は酷かったものの、金融システムは安定していたんです。


また、戦時中は、預金を集めて政府債権を買うことで安定した成長を遂げることができました。利ざやは簡単に稼げたんです。


戦争が終わると、銀行は、政府証券から、貸し付けへと、ポートフォリオを変えましたが、ここでも、銀行は上手くやりました。銀行倒産は滅多に起こらない一方で、収益は増加しました。(銀行の倒産は、ほぼ年5件以下)


極端に低い倒産率は、ニューディール銀行改革のおかげでした。新規銀行に対する参入障壁、支店の制限、預金金利の制限によって競争とコストを抑制されていたからです。


こうして大銀行のみならず、中小銀行も、容易に生き残ることができました。


あまりに金融システムが安定していたので、規制当局や銀行は、「銀行は倒産できない」という安易な結論に達していたようです。しかし、この障壁が破られたとき、全てが変わってしまいました。


  ・2 そして彼らは来た




ユニシス社は12日(米国時間)、同社が開始したコンピューター時代に伴う災難の数々――「『スパム』という名前を悪者にしたこと」[『スパム』はもともと肉の加工品の缶詰だが、今では迷惑メールの意味で使われる]、「通常の労働時間という概念をなくしたこと」、「ドットコム株バブル」など――を遺憾に思っていると述べた。

『ユニバック』生誕50周年:「犯した罪」をユニシスが謝罪



これは、wired visionの記事からの引用です。コンピューターは、前世紀における最大の発明品でしたが、同時に、最悪の発明品でもありました。


そして、今、この災厄の数々に、新たなエピソードが加わりました。「メディアの衰退」、「サブプライム」、「銀行を倒産できる存在に変えてしまったこと」です。

 「商業市場で売れるコンピューターは6台だけだろう」という発言をハワード・エイケンが50年代にしたのは、今ではお笑い草ですが、これは、ある意味では当然でした。最初のコンピューターはデブで不格好でした。そんなものが、銀行でつかわれるなんて、IBMでも思ってなかったのです。


銀行に市場があるなんて、誰も思いませんでした。IBMですらそうでした。コンピューターを使えば、銀行と競争できると、企業が気づくまで、ほぼ1世代を要しました。


元FRB理事のジョージ・ミッチェルは、「銀行とは会計事務所だ」と言いました。そして、「会計事務所を最も効率的に運営するにはコンピューターを使うことだ」とも。


アメリカの銀行は、1959年、MICR(磁気インク文字読み取り装置)システムを導入します。これは非常に重要な意味をもちました。当時は認識されていませんでしたが。


かつて、小切手の処理をまともにできるのは銀行だけでした。支払いシステムを提供できるのは銀行だけだったんです。そのための人員をもっていたのは銀行だけだったんです。


全部の銀行口座に転記したり記帳したりするには、コンピューターがない時代には、膨大な人手が必要でした。


当時の銀行には規模の利益がありませんでした。銀行を大きくするというのは、すなわち、銀行員を増やすことだったからです。銀行が10〜3時までしかやっていなかったのも、口座ごとの会計処理に膨大な時間が必要だったからなんです。


これはとても手間がかかる仕事でした。


だから、一度、金融書類が機械で選別できるようになり、コンピューターによって記帳が自動化可能になった時、それを銀行が取り入れたのは自然な流れだったんです。


しかし。


これは裏を返せば、コンピューターさえあれば誰でも銀行の真似事ができるということです


MICR(磁気インク文字読み取り装置)システムの導入は、銀行にとってはコスト削減以上の意味はなかったかもしれません。


しかし、これは、銀行の独占という門に打ち込まれた最初のくさびでした。彼らは、自分の手で自分の門にくさびをうちこんだんです。


このシステムの導入は、自分達の競合者を生み出すということを意味したんです。なぜなら、これをつかえば、誰でも金融の書類を機械で選別して、支払いシステムを提供できるようになるのは目に見えていたからです。


コンピューターは、銀行にコストの削減をもたらしました。そして、もう一つ。規模の利益をもたらしました。エレクトロニクス産業がそうであるように、規模の大きさが利益に関わってくるようになったんです。そして、銀行はコンピューターを受け入れることによって、規模の利益の世界に入り込んだんです。(詳しい話はあとでします)


しかし、一方で、コンピューターは、銀行以外の企業に、銀行がかつてやってきた活動、つまり支払いシステムの提供と、貸し付けを行う力をも与えてしまったんです。


指数関数的な成長を遂げるコンピューターの進歩によって、データベース、統計処理が容易になるにつれ、GMやシアーズは、金融部門から、相当な利益をだすことできることを発見しました。


ニューディール銀行改革によって、銀行とは、競争から隔離された場所にある存在になった話はすでにしました。


しかし、コンピューターの出現によって、銀行は再び、競争の世界に引き戻されたんです。自分達以外の企業が、銀行の真似事をできるため、彼らとの競争の世界に踏みいらざるをえなかったんです。今、メディアがネットとの競争の世界に踏みいらざるをえなくなったように。


それはすなわち、銀行は、競争で勝ち抜くために、今までよりリスクを取らねばならないということを忌みます。


銀行が沢山のリスクを取らねばならないのであれば、それは、金融システムが以前よりも不安定になるということです。


これが、コンピューターが銀行とそれ以外の金融業との間の壁を壊してしまった時に起こった事です。


銀行が最初に、コストの削減のために、MICR(磁気インク文字読み取り装置)システムを導入したとき、銀行は「倒産できない存在」から「倒産できる存在」になってしまったんです。


なぜなら、これは最終的に銀行を競争の世界へと引き戻すものであり、銀行が競争するということは、以前よりリスクの高い業務へと進出せざるを得ない、ということだからです。


それは、ニューディール銀行改革の目的であった、「金融システムから不安定性」を取り除くという目的と相反するものでした。


しかし、技術の進歩が、古いシステムの運命を決めました。もはや、蛮族の勃興を止める術はなく、銀行は再び、死すべき定めの存在へと戻らざるを得なかったんです。


次の章から、コンピューターの助けを得て、いかにして銀行以外の金融企業が、規制を破壊していったのかを紹介したいと思います。

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2008年10月03日

アメリカのCP市場が凍りついている

Investors pull out of US commercial paper


こっちのFTの記事から。


これ読んで、最近のアメリカ財務省の一連の動きが、繋がってわかったので取り急ぎ。



 業績が悪化している米国の自動車大手3社(ビッグスリー)に米政府保証による低利融資を実施する法律が成立した。販売不振に苦しむゼネラル・モーターズ(GM)やフォード・モーター、クライスラーは歓迎しているが、なぜ政府が個別企業支援に乗り出すのか、疑問点は多い。

 ビッグスリーは米政府が供与する保証枠を利用して、総額250億ドル(約2兆7000億円)の低利融資を受けることが可能になった。低利融資の表向きの名目は環境対応車の開発資金の供給である。だが、カネに色はついていない。巨額の融資保証によって、3社の当面の資金繰りはある程度楽になるだろう。

 政府による支援には、米国内でも異論が少なくない。ビッグスリーの業績悪化は、小型車シフトの遅れなど自らの経営の失敗が招いたものだからだ。環境対応という大義名分があったとしても、政府支援は自由競争のルールから逸脱している。


社説1 問題多い米政府のビッグスリー支援(10/3)



今日、日経の社説でこんなのが出て、「ビッグスリーは米政府が供与する保証枠を利用して、総額250億ドル(約2兆7000億円)の低利融資を受けることが可能になった」ってので、FTの記事読んで、この法案とのつながりが見えたというか。


FTの記事の内容は、コマーシャルペーパー(Commercial Paper 略してCP)の市場から急速に流動性がなくなっているって話です。


CPの詳しい話は、最近やっているアメリカの金融の歴史の話でしますけど、アメリカでは、1970年あたりに大きな動きがありました。CP市場の登場です。


CP市場が登場したことで、大企業などの信用の高い企業は、直接、市場から資金を調達できるようになりました。その過程で、大企業は、銀行を中抜き出来るということに気づきました。自動車ローンが代表例ですけど、銀行を使わないで自分達で自動車ローンを作れるって気づいたんです。


コストの削減にもなるし、新しい収益源にもなったので、大企業の幾つかは金融事業に手をだしていきました。アメリカの大企業のいくつかが、自前の金融部門をもっているのは、そういう理由です。


ここで重要なのは、アメリカの金融システム内において、CP市場は、かつて銀行が担っていた役割を果たしているという点です。そして、もし、CP市場から流動性が枯渇しまうと、CP市場で資金を調達していた企業は、資金繰りに困ってしまう・・・


これは、別種の銀行取り付けと言っても良いんです。銀行取り付けと、ほとんど同じ結果を招くからです。姿を変えて復活した取り付け騒ぎと言っても良い。投資家がリスクに怯えて、CP市場から資金を流出させてしまうと、銀行取り付けと同じような結果が実態経済にふりかかる・・・


最終的に行き着く所は、資金繰りに困った企業が、手持ちの資産を売るか、リストラや給与カットをするか、あるいは倒産するか、になるんです。つまり、経済にデフレ圧力がふりかかる。



 実のところ、こうした資本増強の目的は、GEの格付けを守ること、そして資金調達にかかわる問題を回避することだ。GEは、借り換えには全く問題がないと主張している。

 コマーシャルペーパー(CP)市場には明らかに圧力がかかっている。9月15日に米証券大手リーマン・ブラザーズ・ホールディングス(LEHMQ)が連邦破産法11条の適用を申請したことを受け神経質になったマネー・マーケット・ファンド(MMF、短期金融資産投信)は先週、投資資金をCPから国債に移した。

 投資家は市場から資金を引き揚げ、CPには超短期でしか投資しなくなる。このため企業は、市場の混乱にさらに敏感になっている。

 米連邦準備制度理事会(FRB)と米財務省は先週後半、CP投資家を安心させようと幾つかの対策を打ち出した。だが投資家は、長期の投資には消極的だ。米通信大手AT&T(NYSE:T)のランドール・スティーブンソンCEOは1日、「CP市場は現在、翌日物を取引している状態だ」と語った。


バフェット氏、GEの資本増強も支援



バフェットが、こないだGEの資本増強に手を貸したり、FRBと米財務省がCP投資家を安心させようと躍起になって対策出してたり、MMFに保証だしてたり、今回ビッグ3に緊急の融資法案ができた理由も、これで背景がはっきり見えてきたというか。



GEや、GMは、派手に金融部門を使ってきました。GEに関していえば、個人向けのクレジットカード事業、法人向けでは中小事業向け融資です。GMは、自動車ローンからサブプライムまで手広くやってました。


で、そういう金融事業の資金ってのは、GEやGMっていう企業の信用力をバックにして、CP市場から調達してたんです。


ところが、そのCP市場が凍りついて、資金を調達できなくなっている・・・銀行は不良債権まみれで金が貸せない・・・つまり、資金の貸し手が完全に消えてしまっているんです。


銀行は、FRBがついてますが、GEやGMには、最後の貸し手がいないんです。おかげで、GEはバフェットに泣きつく羽目になり、ビッグスリーは政府からの援助を頼む羽目になった。。。と。



となると、今起こっているのは、「米経済、前代未聞メルトダウンの危険が――フィナンシャル・タイムズ」から抜粋しますけど、



ステップその3では、証券化されていない消費者負債(クレジットカード、自動車ローン、学生ローンなど)が巨額損失を出す。すると「信用収縮」は住宅ローンから、さらに多種多様な消費者信用に広がって行く。



GEやGMなどのノンバンクが扱っているクレジットカードや自動車ローンで損失が広がっていく段階に入ったという事です。実態経済への悪影響が、住宅ローンに止まらず、消費者に直接、打撃を与えてしまう・・・それは消費をさらに悪化させてデフレと不況を呼び込んでしまう・・・



ステップその5は、商業不動産市場の融解(メルトダウン)だ。


GMやGEは資金繰りがつかなくなって、不動産を投げ売りしてしまうかもしれなかった。また、GEの金詰まりは、GEの金融部門から与信を受けていた中小企業にも波及してしまう・・・そうすれば、商業不動産にも影響が出る・・・。このあたりが、今回の一連の出来事の背後にあると思います。




ステップその8は、企業による債務不払いの連続。平均的にみると、米企業の状態はまともだが、いわゆる「ファットテール」の分厚い分布部分にあてはまる多くの企業が、低い収益性と大きな債務を抱えている。こうした企業の債務不払いが立て続けば、こうした企業の債務を保証するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS、貸付債権の信用リスクを保証してもらうオプション取引)の損失が広がる。損失額は2500億ドルに上る恐れがあり、債務保証会社のいくつかが破綻するかもしれない。



GEやGM、AT&Tなどの大企業の資金繰りが悪化しているようです。そうなると、それらと取引のある中小企業や、GEの金融部門なんかから融資受けていた中小企業が、次に資金繰りが出来なくなるのは目に見えているわけで。

低い収益性と大きな債務を抱えている企業は、彼らの資金の元栓である銀行やCP市場が凍りついているので、これから債務不払いになる可能性が高い・・・そうなれば、それらの債務を保証するCDSの損失が予想以上に広がって、金融市場はまた大混乱に陥ってしまうかもしれない。

だから、変則的な方法で、資金を投入している状態なんでしょう。今回のビッグスリーへの資金の投入の名目って、「環境対応車の開発資金」です。たしかに、プリウスの成功みれば、そっちにいくのはわかりますが、時期的に、どうみても、ねぇ・・・



ステップその11は、金融市場のあちこちで流動性が枯渇。これには銀行間も為替市場も含む。支払い能力についての懸念悪化がこの背景となる。



これは、現実に起こっているんですが、銀行が不良債権にまみれて貸し出しを行えない状況で、CP市場は投資家が一斉に逃げ出して、凍りついてしまった。銀行間の市場であるインターバンクも同様の状態です。


お金を出してくれる人がどこにもいない状態。FRBは頑張っていますが、この状態では、よい企業わるい企業関係なく、体力の弱い所からやられていくことになります。


そしてステップその12では、「損失、減資、信用収縮、強制破産、資産の投げ売りなどによる、ひどい悪循環」がおきるという。




半年前に話題になった記事から、抜粋しましたが、これらの懸念が今、正に起こる寸前です。財務省とFRBが死力を尽くして、土俵際でこらえてますが。


金融機関は、まだFRBから流動性を供与されるので、なんとかなるかもしれない。でも問題は、非金融機関に波及してきた問題。蘇った銀行取り付けとも言える問題です


CP市場から資金を調達して、自動車ローンや不動産、消費者ローン、中小企業融資、クレジットカード事業を行ってきたノンバンク(GM、GE、etc)は、現状、資金が調達できなくなっているんです。


CP市場から流動性がなくなるってのはそういうことですし。


もし、このまま、銀行からもCP市場からも資金調達ができない状況が続いたら、企業が資金を得るために、資産の投げ売りを始めたり、消費者向けの与信を絞るのは確実で。倒産が予想以上に多くなれば、CDSの問題が出てきます。


それは、デフレを引き込むわけで。


アメリカの大企業のうち幾つかは、すでに銀行の貸し付け機能を部分的にですけが、取り入れてます。GEやGMは、その代表格です。販売金融や、クレジットカード事業、中小企業向け融資を行っているんです。


かつて、シティバンクのウォルター・リストンは、「シアーズはアメリカ最大の銀行である」と言ったのです。これは、シアーズのクレジットカードが全米で使われ、与信残高が70億ドルあり、大銀行並のスケールだったからなんです。


この流れはGMやGEなども同じなんです。彼らは、とてつもなく巨大なノンバンクを抱えているんです。日本の企業でも似たような所はあります。


だけど、彼らは、そういった事業に手をだすことで、かつて銀行がもっていたリスクも抱え込むことになってしまった。引き返せないところまで。


今、そういった企業への信用が急激に落ちてきていて、その結果がCP市場から資金の退避という形になって現れてます。銀行取り付けで急速に預金が銀行から引き出されているのと同じ状況なわけです。


しかし、今、彼らには、FRBのような最後の貸し手が存在しない・・・


GEが今回バフェットから出資をもらうというのは、非常に強い。信頼が回復できるかどうかにかかっている問題ですから・・・


ただ今回のビッグスリーの支援にしても、ノンバンク系の金融システムを守るための苦肉の策、としか言えません。


現状のシステムでは、金融システムのメルトダウンに対処できない・・・銀行以外の金融機関が増えすぎている。大企業は、すでに半分銀行のような存在になってしまっている。現在進行中の崩壊を止めるには、銀行だけでなく、大企業の信用も回復させないといけない。そうしないと、CP市場が凍りついて動かない。良い悪いでなく、体力のない所から死んでしまう。でも、これは中央銀行のもっている権限を越えた問題で手が届かない。


それが、こういう形で白日の下に晒されたんだと思います。


ダムは崩壊寸前。金融安定化法案が通れば、金融機関は助けることができるかもしれない。でも、CP市場は救えるかどうか。それには、アメリカ大企業の信用が回復することが必要で。


不良債権の買い取り対象に自動車ローンを含める声が自動車業界から出ているみたいですが、これをどうするんでしょう?信用逼迫の原因になるようなら、手を打たないといけなくなる。


CP市場にどんくらいで資金が戻ってくるかどうかはわかりません。とりあえず、法案通った後、どうなるか、でしょう。戻ってこない場合には、何らかの行動を起こさざるを得なくなる。古き良き時代のシステムにはもう戻れない。


この件についてはアメリカはかなり変則的な手段で必死に対抗しているわけですが、この件が片付いたら、金融システムのあり方そのものが問われる出来事になっていると思います。


これは、やがて、日本でも同様の議論になると思います。日本の大企業のいくつかは、金融業に手を突っ込んでいて、銀行がかつて持っていたリスクを抱え込んでしまっていますから。


現在、銀行と大企業への信頼を投資家が失ってクレジット市場は凍りついている。残っているのはドルと米国債。これが最後の砦。破られたら終わりです。
posted by pal at 20:21 | Comment(3) | TrackBack(2) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年10月02日

米上院金融法案可決雑感

米上院の金融法案可決でも不安晴れず、米欧に利下げ観測


取り急ぎ。とりあえず、上院で金融法案が可決されたんで、イライラが多少は晴れたpalでございます、こんばんわ。ていうか、心臓に悪い。否決されたらどうしようかと思ってました。否決されたら今頃、家の前にある小川にでも飛び込んで北島三郎でも歌ってたと思います。嘘です。



今回の金融法案で、僕が心配しているのは、主に二つで、買い取り価格と、本当に銀行がこのシステムを利用するかどうか、になります。GSのインサイダーであるポールソン御大に権限与えるのはどうかって人も多いみたいですが。


前者に関しては、結構厳しめになるんじゃないかと思っていて、多分、金融機関から不良債権引っぺがす時に、結構な損を出させるんじゃないかと思います。当然、そこでアウトになってくる企業も結構出てくるんじゃないかと。


大恐慌の時、優先株購入の時も、銀行休業日以降、当時存在した銀行のうち一万7000行中、5000行が営業再開免許を受けれず、そのうち2000行ほどが閉鎖されたんで、もし、次に下院通ったら、これからアメリカの銀行のうち結構な部分がやられることになると思います。RFCの時の規模でやられたら7分の1くらいの銀行とか金融機関はやられることになるんじゃないかと。


まぁ、そんときまでは結構混乱続くと思います。


あと、もう一つ、「可決されたとして、本当に銀行がこの制度を利用するのか?」って懸念があるんですけど、



 りそな信託チーフ・ストラテジストの黒瀬浩一氏は「米金融安定化法案が下院の可決を経て成立したところで、買い取り価格の問題などを考えれば抜本的な対策にはなりにくい。金融機関の利用動向などが明らかになれば、いずれ市場の不信感を招くだろう」とみている。



市場から危ないと見られるのが嫌で利用しない銀行が多いかもしれません。このあたりは蓋開けてみないとわかりません。


最後は、当然ですけど、ポールソンへの不信、ですね。いやね、ポールソンは今回の危機において、一番働いている人で、この人がいたおかげで、アメリカはなんとか崖っぷちから飛び降りずにすんでる状態なんですが。今までしてきたことを見ると、本当に凄い人ですよ。これだけの人がいたことを神に感謝するしかない。今回の救済法案にしろ、ここまで一気に動くとは思いませんでした。(下院で否決されちゃいましたが)


ただ、GSのインサイダーだというのが非常に心許ない。それでどうしても、ちょっとうらぐってしまう部分があります。GSのインサイダーじゃなかったら、もう絶賛してポールソンの靴下なめてもいいくらいなんですが。



米上院本会議は1日、金融安定化修正法案を賛成74対反対25で可決、下院に送付した。下院では3日の採決が見込まれている。

 法案には1500億ドル規模の企業・代替エネルギー開発向け優遇税制が盛り込まれた。このほか中間所得層を中心とした2400万人の納税者向けに、課税最低所得の優遇措置を追加した。

 修正法案には預金保険の保証上限を現在の10万ドルから25万ドルに引き上げることも盛り込んでいる。上院指導部は、これらの付帯条項により、下院の共和党議員も支持するとの期待を示した。

 法案にはオバマ、マケイン両大統領候補も賛成票を投じた。

米上院が金融安定化法修正案を可決、下院では3日に採決へ



あと、下院の指示取り付けのために、優遇税制と預金保険の保証上限アップが盛り込まれたようで。


まぁ、一部の議員さんが懸念するようにギャンブルだなーと思ってます。仕方ないんでしょうが・・・


あと、オバマもマケインも賛成票を投じたので、今回については、オバマを批判したのは間違いでした。


僕が、オバマについて、他に懸念してたのは、まずGSEから献金を結構もらっていたんで、GSEの規制強化に及び腰にしかなれないんじゃなかって事です。僕はGSEについては暗黙の政府保証がついちゃってるので規制強化派です。


ちょっとGSEの話もしますけど、GSEってのは日本における特殊法人のようなもので、ファニーメイやフレディマックが代表格です。


これらは住宅ローン担保証券(MBS)を発行しているんですが、これがちょっと特殊なんです。


民間機関のMBSは、その発行機関の破綻リスクがあるため、その分、利回りを高くしないと売れません。


でも、ファニーやフレディーのMBSは、暗黙の政府保証と言われるものがついていて、さらにいくつか優遇措置を受けていました。つまり、民間より低利で資金調達ができるということです。しかも、政治力をもっていて、こんな団体が政治資金をばらまいているというのは問題でした。


一方、モノライン会社からの保険つけてトリプルAの格付けとって、優先劣後構造をつけたCDO売ってた奴がサブプライム問題に発展しちゃったのですが。


暗黙の政府保証の代わりに、モノラインと優先劣後構造が必要だったというわけです。


これが、公平な競争上、非常に不味いというのは以前から言われていて、ある意味じゃ、今回の件の遠因です。GSE関連とモノライン系は、今後かなり規制されざるをえない分野になると思います。



まぁ、マケインも、AIGの件で、それまで公的資金の投入に反対してたのに、救済発表から一転して「やむを得なかった」になった経緯があるんですが。(このあたりで素晴らしく支持率を落としているようですが)


AIGの件については、公的資金が投入されたフレディマックとファニーメイからオバマは選挙資金もらっちゃってるので、まぁ、AIGの救済にも賛成せざるをえないだろうなーとは思ってみてはいたのです。



不良債権買い取り、公的資金投入、GSEの処理と規制強化などは、アメリカはこれから全部やらないといけないんですが、これをしっかりやってくれる方が大統領になってくれることを望んでいます。







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2008年10月01日

間違っているオバマが勝ち、正しいマケインが負けそうな件

「緊急事態」を宣言=金融法案成立、あきらめず−米大統領


つーか、もうあまりに腹がたったんで、腹いせに書いてるんですが。


昨日ね、共和党のマケインのじーさんが、


"Now is not the time to fix the blame. It's time to fix the problem,"


「今は犯人捜しをしている時じゃない。問題を解決する時だ」


"I would hope that all our leaders ― all of them ― can put aside short-term political goals and focus on what’s best for the American people,"


「私は、全てのリーダーが、全員が、短期的な政治的目標を脇に置き、アメリカの人々にとってベストな事に集中することを望んでいる」


と言ったわけなんですがね。


まぁ、ド正論です。党派を超えて、ここは結束しないといけない。でないと、アメリカ発の大不況が起こる瀬戸際なんです。


そしたら、diggで非難囂々なんですよ。これ見て絶望しました。1992年あたりの日本とそっくり。狂ってる。おかげで、救済反対のオバマの株が相対的に上がりました。


この件については、そりゃ、みんなむかついてると思いますよ。でも、これについては、オバマは間違っていて、マケインが正しい。金融システムの安定策を政治の駆け引き、人気取りの道具に使うべきじゃない。


今、犯人捜しをするのは馬鹿げています。自動車事故で大怪我している人をほっといて、事故の原因調査をするようなもんです。まず最初に怪我人を助けないとどうにもならないのに。


例として、日本の話をしますけどね、バブルの芽がまかれたのは、1980年代になります。バブルの背景には、金融自由化があります。


金融の自由化以降、企業、特に大企業の資金調達方法が多様化しました。一番、大きかったのは、優良企業の多くが、自分の企業の信用力をバックに、資金調達方法を銀行借り入れから、社債発行に変化させたことです。


これは、テクノロジーの進歩によって、大企業が銀行の真似事を出来るようになり、銀行を通さずに、市場から直接、資金を集めれるようになったからです。


法の規制緩和もあるんですが、これはテクノロジーの進歩によって引き起こされたことであり、不可逆的な流れでした。アメリカからの圧力もそりゃありましたが、その背景にあったのは、テクノロジーの進歩であり、この流れは必然的なものだったんです。


スウェーデン、フィンランド、スペイン、フランスでも規制緩和が行われました。これもアメリカからの圧力が一つにはありましたが、技術の進歩が、古いシステムの運命を不可避的に決めたんです。


しかし、一方で、銀行は、優良顧客を失うという事態が、多くの主要先進国で起こりました。


大企業が、銀行を捨てて、市場からの資金調達に移ってしまい、銀行の取引先には、相対的に業績の悪い企業が残りました。そして、銀行はより大きなリスクを取らざるを得ない方向に追い込まれたんです。そうしないと、以前と同じ収益は望めないからです。


結果は悲惨でした。今までよりリスクの高い投資に多くの銀行が手を出したんですから当然ですが。上にあげた国々では、納税者が銀行の損失を負担する事態に追い込まれました。


フィンランドは特に悲惨で、日本と同等かそれ以上の損失を銀行が生み出しました。国民一人あたりの負担ではアメリカのS&Lの損失より酷いものでした。資産バブルが起きた後、通貨危機までやらかしたんですから当然ですが。失業率なんて、5%台から10%台後半まで急上昇したんです。



しかし、フィンランドは完全に正しい金融政策をとりました。


金融、不動産バブルの崩壊により、不動産関連融資等で不良債権が急増し不良債権比率は一時13%に達したが、全ての銀行に対する予防的な公的資金の注入や、41の貯蓄銀行の合併、公的資産管理会社による不良債権の一括買取り等が短期間に行われた。


第2節 英国、フィンランド、アイルランド等の経験



引用ですが、フィンランドは、日本みたいに不良債権問題を先送りなんて馬鹿な真似はしませんでした。不良債権比率が一時13%に上ったというのは、日本以上に危機的な状況だったんですが、即座に公的資金を注入し、銀行の合併を進め、不良債権を買い取ったんです。


日本のバブル崩壊後なんかより破滅的な状況だったにも関わらず、フィンランドは、約4年で金融危機を終わらせました。10年以上迷走したどっかの国の馬鹿な政治家には見習って欲しいもんです。あと、絶賛迷走中のアメリカ議会もね。



話を日本のバブルに戻しますが、テクノロジーの進歩によって大企業が銀行から離れてしまい、収益性が落ちた銀行は、ビジネスの範囲を新しい次元に広げていきました。


リスクの高い海外業務を拡大させ、国内では、住専や信用組合に融資を行っていきました。特に住専では、銀行が住専を使うことによって不動産規制の網を逃れて住宅バブルの呼び水になったことは記憶に新しいと思いますが。


「土地は下がらない」という土地神話が醸造され、それは銀行の緩い融資基準を作り、日本中をバブル景気に沸き立たせた後、突然、全てが消え失せたわけです。銀行は不良債権の泥沼に沈み込み、経済全体にデフレ圧力をまき散らす芽がまかれたわけなんですが。


まぁ、この流れは、日本だけが馬鹿だったわけじゃないんです。フィンランドの資産バブルも似たような経緯で行われましたし、アメリカのS&L危機も似たような経緯でしたからね。



ある日本のテレビ局のジャーナリストがワシントンに私を訪ねてきた。日本でも、進行している銀行の崩壊が米国のS&Lの悲劇に良く似ているという意見があったようだ。私は、本当だ、どちらのケースでも、ばかな政府が、他人の金を野放図に使った金融機関の債務を保証したのさ、と答えた。ほかの国でもありうることだ、とも付け加えた。


マーチン・メイヤー著 「ザ・バンカーズ」より



マーチン・メイヤーが、これらの危機の背景を明瞭かつ簡潔に述べてます。規制緩和の後の銀行が、様々な国でこの通りのことをやらかして地に墜ちました。


アメリカでは、銀行でなく、S&L(貯蓄金融機関)の崩壊のほうが先で、「ばかな政府が、他人の金を野放図に使った金融機関の債務を保証した」せいで、これらの機関は史上最悪のカジノになりました。


まぁ、詳しい話は今度しますが、「利益は俺の物。損失は国のもの」って形で、S&Lの経営者達は、次々とハイリスクな事業に打って出たあげく、その全てを失ったんです。



これらの悲劇に共通するのは、


1、以前からの事業では利益が出にくくなっていた。


2,預金保険があるので、「勝ったら利益は総取り、負けても政府が払い戻ししてくれる」ので、ハイリスクな事をするインセンティブがある



という点です。まぁ、最近のアメリカのバブルも、ほとんどこれと一緒なんですがね。



それはともかくとして、日本のケースでも、フィンランドのケースでも、S&Lのケースでもそうですが、現状の金融危機を回避するには、もう「公的資金の注入、銀行の合併、国による不良債権の一括買取り」は避けれないし、避けるべきじゃなし、即座に行うべきだってことです。現状、これしかないんです。


犯人捜しはそれからでいい。今は、とにかく、金融危機の回避に全力を注ぐべきなんです。それだってのに、なんですか、あの体たらくは。しかも、間違った政策を押し通そうとしているオバマが人気とかありえない。これが何より最悪です。


しかも、見物人気分の人が多すぎる。



あのね、アメリカの金融危機は、絶対にアメリカだけの問題じゃすみまあせん。ドルは基軸通貨なんです。そして、現在の世界経済は、アメリカが貿易赤字を垂れ流してくれないと回らないんです。


もし、アメリカの金融危機が悪化して、ドルの暴落、アメリカの消費悪化という結果に結びついたら、アメリカの貿易赤字が確実に縮小します。


それは、日本、欧州、中国の貿易黒字の縮小という形になって現れます。


一番きついのは、間違い無く、アメリカの貿易赤字におんぶでだっこの日本です。


中国がアメリカへの輸出品を作る機械を作っているのだって日本なんです。日本は、中国に大量の輸出をしていて、それのおかげで0成長から抜け出せたようなもんなんですがね。


アメリカの貿易赤字が縮小すれば、中国の輸出も駄目になります。そうなれば、日本の中国への輸出もアメリカへの輸出も減ることになる。


そうなればどうなるかなんて火をみるより明らかでしょう?


いいですか?


世界の基軸通貨は、必然的に、他の国に準備通貨として使われます。この場合はドルですが。


準備通貨として使われるドルの需要を満たすためには、アメリカは貿易赤字を続けてドルをはき出し続ける必要があります。これは、基軸通貨をもった国がもつ解決不能のジレンマです。基軸通貨には強みがありますが、一方で、貿易赤字を続けねばならず、輸出産業のほとんどを失わねばならないという代償を支払わされるんです。



今の世界経済は、アメリカが貿易赤字を垂れ流してくれることが前提のゲームをしているんです。でも、今回の危機のせいで、その前提が崩れつつある。


ここが重要なんですが、アメリカの貿易赤字がなくなれば、日本、中国、欧州の貿易黒字がなくなるってことです。そうなれば、世界不況が始まるのは目に見えてる。


今、アメリカの金融システムが傷ついて、このゲームが終わるかもしれない可能性が出てきているんです。そりゃ、いつかは終わるゲームですよ。でも、今、それが起こるのは不味い。代わりに基軸通貨になれる通貨がない。ユーロは、足下で不動産バブルが起こっていて、いずれ不良債権の沼に沈むことが目に見えている。中国とインドも、まだその力はない。


今、世界でドルが暴落し、アメリカの消費力が落ちたら、冗談抜きで世界恐慌になりかねないんです。そのくらい、タイミングが不味い。


だってのに、正しいマケインが負けそうで、間違っているオバマが勝ちつつある。本気で危機的だと思うんです。間違った方向に世界が向かっている。


市場は、今日の反発を見る限り、法案が週末には通ると思っているみたいですが、またサプライズで否決されたりしたら、どうなるか、わかったもんじゃありません。基軸通貨であるドルの足下であるアメリカがこのままデフレ地獄に沈んでアメリカが購買力を失ったら、絶対に日本にも影響がでます。見物人気取ってる場合じゃないんですよ、まじで。



つーか、すでにアメリカへの貿易黒字が縮小し始めているんですがね!日本だけ逃げれるとおもったら大間違いです。


というわけで、今回の大統領選では、しばらくマケイン応援に回ります。オバマ糞杉。
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2008年09月29日

アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか その2

前回の続きの記事です。まだ前回の記事をお読みでない方は、そちらをお読み頂いてから、この記事を読んで頂けると助かります。


アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか


相変わらず、ゲームばっかしてました。すいません。自分でも狂ってると思います。廃人です。PCとゲームとネットが無いと生きていけません。

ゲームしている間にも世界の金融はなんだか今にもぶっ壊れそうな勢いで、しかも世界経済にデフレ圧力としかいいようがないものが働いている上に、こないだの記事書いてから、他の方が、色々書いてて、

小泉純一郎氏の遺産

ウォールストリートの歴史的1ヶ月

上記の記事は、いくつか僕が書こうと思ってたことが書かれてあって、僕が書くことどんどん減ってくなーと思いつつ書いております。興味のある方は、上記の記事を是非。


それはともかく、続きです。


第四章 なぜ銀行は規制されねばならなかったか


 ・1 銀行は何故必要とされたのか


この話は、第一章で話した「銀行のはじまり」と強く関連しています。なので、この先は、第一章を読んでからお読み頂けると助かります。


僕は、第一章で、銀行を、「貨幣的機能(預け入れと支払い)と貸し付け機能の二つをもった存在。金融仲介者。」と定義しました。


しかし、これだけだと、何故、銀行が必要とされたのかについてよくわからないと思います。ここで、何故、銀行が必要だったかをまずお話します。


銀行とは、他の全ての仲介を生業とする産業と同じく、システム内に非効率が存在するが故に生み出された存在です。いわば、システム内の非効率に寄生して生きているんです。銀行が登場する前には、経済というシステムの内部においては、ある重大な非効率が存在していました。


銀行業が登場し、財産権が確立する以前においては、ある個人に貸し付けを行ってくれる人は、その人の親族や親しい友人にほぼ限定されていました。現在でも、貸した金は踏み倒すのが当たり前とかいう国では、それしか金を借りる手段がなかったりもするわけです。


しかし、この状態では、借り入れるお金の大きさが必然的に制限されます


親族や友人からしかお金を借りられないのでは、大規模な資本を使って工場を建てるなんてことはできませんし、大勢の人を雇って新しい事業を始めることは出来ません。


そのため、価値のある様々な技術があっても、又、革新的なアイデアがあったとしても、借り入れるお金の大きさに制限が存在するために、画期的な要素を土台とした経済発展は当然の如く制限されるんです。


しかし、銀行、ここでは、「貨幣的機能(預け入れと支払い)と貸し付け機能の二つをもった存在。金融仲介者。」が出現し、この二つの機能を結びつけたとき、巨額の富をより生産的なシステムを生み出すために使用することが可能になったんです。


金融システム、特に銀行の登場と発展は、それ以前の世界において、経済発展を抑制してきた非効率を改善したんです。


つまり、貸し手と借り手を効率よく結びつけることによって、画期的な技術やアイデアに対して大規模な資本を提供し、経済の生産性を劇的に上げるという形で。


銀行、つまりは大規模な金融仲介者が存在しない世界では、この機能が存在しないが故に、経済発展が制限されてきました。その非効率を改善することで、銀行は飯の種にありついたんです。そして、資本主義を支える一つの土台となったわけです。自ら、それを望んでそうなったかどうかはともかくとして、結果的にそうなったんです。


ここは非常に重要な点なので、繰り返しますが、技術のみで世界を変えることは出来ません。何故なら、技術を使って世界を変えるためには、そのために大量の人材や資本が必要とするからです。


しかし、借り入れるお金の大きさに制限のある世界では、そういった発展は当然の如く制限され、淘汰されざるを得ません。しかし、銀行は、この非効率を改善したんです。借り入れの大きさや機会を劇的に大きくしたことよって。


あくまで改善した、にすぎませんが、この進歩は劇的であり、銀行は、まさにこの仲介機能の重要性から資本主義の要石の一つとなったんです。技術と金融は、言ってみれば、資本主義の両輪なんです。



 
   ・2 銀行のもつ問題点
 
しかし、また、資本主義を支える要石の一つとなったが故に、銀行は問題も抱え込みました。技術の発展が人類の歴史に正と負の両面の影響をもたらしたように、金融の発達も又、正と負の両方の影響をもたしたんです。


銀行がもたらした金融仲介という機能は、そのあまりの利便性故に、貸し手と借り手の双方に多大な便益をもたらしました。上述した通りです。


しかし、それがあまりに利便性に富んでいたが故に、貸し手と借り手はそれに依存していきました。


そして「第一章 銀行のはじまり」で述べたことですが、貨幣的機能と貸し付け機能が結びつけたことによって、銀行はリスクを背負い込みました。


そのリスクの中でも、もっとも大きなリスクが、「銀行取り付け」であり、いったん、銀行取り付けが起こった場合には、個人のみならず、産業、最終的には政府ですら破滅に至らせることができる性質をもっていたんです。


第三章で、銀行取り付けに始まった金融危機が最終的に世界大不況に至った経緯を紹介しましたが、銀行という金融仲介者は、世界に繁栄を作り出せる機能をもつと同時に世界を破滅にいたせる機能も持ち合わせていたわけです。このあたりは技術も同じなんですが。


そして、このような銀行が始めから背負っていたリスクや不安定性を取り除くために、ニューディール期のアメリカでは、金融システムの中心である銀行業と金融制度に改革が行われるに至ったんです。特に、銀行取り付けを予防し、金融システムのメルトダウンを防止することが望まれました。


そして、その改革は、銀行にある種のセイフティネットを設け、金融システムが破綻しないようにすると共に、セイフティネットがもたらすモラルハザードを防ぐために、幾つかの規制を銀行にもたらしました。(火災保険に入ると火元のチェックを怠る人が増えるので火事が増える的な事を防ぐためです)


これが銀行が規制されねばならなかった理由です。


結論を述べておきますが、この改革は、その後30年にわたって上手く機能し、世界に繁栄をもたらしました。しかし、後の章で紹介していきますが、それは永遠というわけではありませんでした。



  ・3 銀行業に対するセイフティネットと規制


ここでは、ニューディール時代のアメリカで作られ、その後30年にわたって(今でも存続している制度もありますが)金融の基礎となったセイフティネットと規制を紹介します。大きなものだけですが、これらのセイフティネットと規制は、銀行にほとんどの金融システムを独占させるものとなりました。



 預金保険制度

預金保険制度が作られた理由は単純かつ明快です。銀行取り付けを防ぐためです。

そのために連邦預金保険公社、FDICが作られました。預金保険がつくられたことにより、預金者は、自分の預金勘定が、政府によって保証されたわけであり、預金取り付けという行動をする必要はなくなったわけです。政府が保証してくれる限り、自分の預金は安全ですからね。


設立に関しては、一悶着あったんですが、ここでは割愛します。最終的に、議会は、小口預金者は完全な保護を、大口預金者には部分的保護をすることで決着しました。ここで、小口預金者と大口預金者で扱いが違うのは、モラルハザードを防ぐためです。


預金保険は、銀行取り付けの発生確率を著しく下げました。これは預金保険が作られてからの銀行取り付けの頻度の減少からもわかります。ガルブレイズは、預金保険制度を指して、これほど成功した規制は他にないと言いました。それほど劇的に、かつてもっていたリスクを軽減したからです。しかし、当初から、これはある種の問題ももっていました。


ここで重要なのは、預金保険によって銀行取り付けのリスクは減少しても、銀行の詐欺や投資などからのリスクからは減少しないどころか逆に増えるという点です。


保険に守られている預金者にとっては、どの銀行も安全です。それ故、良い銀行も悪い銀行も全てが守られてしまいます。


そもそも、銀行の経営者は、預金保険があるなら、無限のリスクを取ってもおかしくありません。何の規制もない預金保険つきの銀行というのは、「勝ったら利益は総取り、負けた金は全部政府が保証してくれるカジノ」に他なりません。


賭けに勝ったら利益は自分のもの。負けたら政府が払い戻しをしてくれる。こんなゲームのルールが敷かれたら、銀行経営者のやることは無限のリスクをとって勝つまでやり続けるだけです。


これは預金保険がもたらしたリスクです。規制ですらリスクをもたらす、ってのの典型例なんですがね、これは。(不幸にもこの通りのことが後に起こるわけですが、それは後の章で)


そのため、小口預金者は預金保険によって預金勘定を保証されているため、銀行監視の役割は、大口預金者と政府がになうことになりました。前者には、その役割があまり期待できないが故に(情報の非対称性)、より多くの責任が政府に降りかかりました。


銀行がリスクを取りすぎないように、監視する誰かが必要でした。そして、その役目は、最終的に、FDIC、FRB、通貨監督官に課されることになったわけです。


預金保険制度は、まず第一に銀行が規制されねばならなかった理由です。これは、銀行取り付けを防いではくれますが、銀行の不味い貸し付け、詐欺、経営の失敗のリスクを逆に増やす性質をもっていたからです。


もう一つ。預金保険は他の金融サービスの提供者にとっては普通に脅威です。これがあるが故に、銀行は通常より安くお金を集めることが可能であり、資金調達コストを引き下げる効果があるからです。これは預金保険をもつ銀行が金融を長い間独占することを可能にしました。しかし、それも永遠ではありませんでしたが。




  ・連邦準備制度(FRB)の強化

連邦準備制度、FRB(アメリカの中央銀行)の設立の話から始めると長くなりすぎるので、かいつまんで話しますが、FRBは1913年に設立されました。当初の目的としては、マネーサプライに柔軟性をもたせるためです。


それ以前の時代であれば、銀行は資金が必要な時には短期資金を借りたり、商業手形を売ったりするしかありませんでした。が、それは当時の銀行制度ではリスクのある行為でした。


例えば、1907年、ロンドンの米銀の手形割引拒否がきっかけで恐慌がおきたりしてました。資金調達ができなくなった米銀は大混乱に陥り、不安は伝播し、銀行取り付けが起こったんですね。


この際に英雄的な行動を起こしたのが、ジョン・P・モルガンであり、NY中の銀行から準備金を拠出させて資金プールを作り、財務省とかけあって国庫金を放出させ、取り付け騒ぎにあった銀行を救済したんです。


アメリカは、その銀行制度上、1923年まで中央銀行にあたる銀行が存在しておらず、通貨の発行業務は商業銀行に任されていました。当然といえば当然なのですが、通貨を創り出す能力を与えられているが故に、商業銀行は規制を受けており、信用の供与はかなり制限されたものでした(不動産を担保にすることがみとめられていなかったりした)。


そのため企業金融などに関しては、投資銀行のほうが主役だったんです。アメリカで投資銀行の地位が高いのは、そういう歴史的経緯があって、間接金融より直接金融のほうが発達を遂げた理由もこういう歴史的な経緯があるわけですが。


モルガンは、この一件の後、中央銀行の設立のプランに積極的になり、また議会も、次に金融危機が起こったときに、又、モルガンのような人物がいるとは限らないという理由で中央銀行の設立に向かって進み始めます。紆余曲折はあったにせよ、そういった経緯で最終的にFRBは設立されました。


ただ、設立初期のFRBの機能は、「最後の貸し手」としては非常に弱いものでした。特に不味かったのは、加盟銀行が適当な担保をもっていない場合には、FRBから借り入れることが出来ないと言う点で、これは後の悲惨な結果、つまりは世界恐慌の原因の一つともなりました。


1914年、大戦勃発時に最初の危機がFRBを襲ったんですが、時のニューヨーク連銀の総裁の英雄的な活動によって切り抜けることができました。しかし、1929年、FRBには、適当な人物がおらず、混乱の最中、金が海外に流出するのを恐れて金利を引き上げたわけです。その後のことは、第二章で紹介した通りです。人って大切ですね。


明白な中央銀行の機能の失敗を目にしたアメリカは、FRBを本当の意味で中央銀行に変えるための改革を行いました。


重要な変更点としては、担保や金準備の制限の緩和です。担保がないと中央銀行から金を借りれないってのは明らかに問題でした。特に、大恐慌時には、多くの銀行が危険に瀕していたので、FRBは加盟銀行に対する貸し付けの担保として貸し付け債権を認めなくなかったんです。そうせざるを得なかったんです。当時の状況では。


それ故に取り付け騒ぎにあった銀行は、中央銀行から十分な信用を入手できない為、貸し付けを減らして、資産の投げ売りを開始したので、経済全体にデフレ圧力が降りかかりました。また、FRBが資金を得られないので、当然の如く、加盟銀行は非加盟銀行に貸し付けることもできません。結果として、銀行間の短期融資も滞り、金融システム全体が麻痺する事態に発展したんです。結果は、完全な金融システムの崩壊でした。


ようするに、大恐慌時のFRBは最後の貸し手としての役割を放棄した上に、取り付け騒ぎにあった銀行から急速に金がなくなったので金本位制を守るため金利を引き上げるという最悪の手段にでるしかなかったわけです。それはデフレを加速させ、銀行倒産と企業倒産、失業者の増加の連鎖を引き起こしました。


FRBが考え得る限り最悪の手段を使ってアメリカ経済を1929〜1933年にわたって崩壊させた後、ようやく、FRBを本当の意味での中央銀行に生まれ変わらせる改革が行われました。


担保や準備金の制限の緩和と廃止、公開市場操作のための制度の整備が行われ、究極の流動性の供給者、最後の貸し手としての中央銀行がアメリカに誕生したわけです。


それから、これは重要なことなんですが、預金保険制度と、FRBはそれぞれ役割が違います。いずれも金融システムの崩壊から経済を守るためのものですけれども。


預金保険と銀行規制は、銀行取り付けに起因する金融危機を予防する役割を担っています。


一方で、FRBは、起こってしまった金融危機の影響を最小限に食い止めるためのものだということです。


いってしまえば、預金保険は風邪の予防薬であり、FRBは実際に風邪を引いてから飲む薬という所です。また、守る範囲も違います。預金保険は預金者を守りますが、FRB(中央銀行)は金融システムを守るために存在しています。



 ・証券業務規制、参入規制、金利規制

ひとつずつ話すと長くなるので、ここは全部一緒にして紹介します。どれも重要な規制なんですが、このどれも、現在では崩壊した規制だからです。まぁ、他の預金保険にしろ、FRBにしろ、ある程度崩壊しつつあるんですが。


証券業務規制は、証券法によるものです。1933年、議会はグラス・スティーガル法によって、商業銀行から証券業務を取り上げました。これは、当時のアメリカ議会が、1929年の株式市場のクラッシュを、銀行が株式や債権を保有しつつ、一般投資家に販売する前にその価格をつり上げようとしたり、インサイダー情報を使って売り抜けを図ったりする慣行に求めたからです。


ただ、こういった不道徳な行為が違法とされたのは、証券法によってであり、それだけでも十分だったのですが、ここでは二重のセーフティーネットを使ったわけです。


とはいえ、実質的には、この規制は、その後、意味のないものとなりました。この話は、1980〜90年代におきた「正直な会計」の崩壊の話を後の章で扱いますので、そこで詳しく話したいと思います。この悲しい物語も、テクノロジーの発展、とくにコンピューターの発展が背景にあるのですが。


参入規制と金利規制は、どちらも銀行を過当競争から守るために作られました。当時のアメリカ議会は、過当競争が1930年の金融崩壊を招いたと考えていたからです。まぁ、その後の研究でそんなもんはなかったとされてはいますが、当時はそう考えられていたんです。


まぁ、1929年のバブルの原因だって、銀行の不道徳な相場操縦だけで起こせるもんじゃなかったんですけどね。


最終的に、参入規制は大銀行による中小銀行の駆逐を防ぐ手段として機能しました。これは預金保険制度と同じです。小口預金者にとってはどの銀行に預金を預けても、原本は保証されますから。


一方で金利規制は、30日以内しか銀行に止まらない資金への利息の禁止、上限金利の設定によって銀行の利益を増やす事になりました。それも極めて安定的に。


こうして、参入規制と金利規制を得たアメリカの銀行は、まぎれもない独占体となりました。銀行間の競争からも他の金融仲介者との競争からも保護され、その上、馬鹿げたほど簡単に利益がでるような免許をもらったようなものだからです。


ただ、次の章でみるように、そのような銀行の繁栄は、思いもよらぬ所から現れた蛮族の勃興により、永遠に破壊されることになります。


  ・まとめ

現実の経済システム内には、多くの非効率が存在し、その非効率が存在する故に必要とされる仲介企業が存在する。


銀行とは、金融仲介システム内に非効率が存在するが故に生み出された存在。


銀行のような金融仲介システムの存在しない世界では、借り入れるお金の大きさに制限が存在するために、画期的な要素を土台とした経済発展は当然の如く制限される。銀行は、貸し手と借り手を効率よく結びつけて、その非効率を是正することによって、富を生み出している。


しかし、貨幣的機能と貸し付け機能が結びつけたことによって、銀行は、その生誕の時点から、大きなリスク、ここでは銀行取り付けに弱い、を抱え込んでいる。


銀行は、その利便性、効率性から社会に大きな富をもたらすと同時に、崩壊した場合には、個人、企業、国家そのものを破滅に追いやりかねない力を持つにいたってしまった。その力の大きさは世界恐慌という形で示された。


ニューディール期のアメリカでは、そういった不安定性を取り除くために、銀行が破綻しにくく、取り付け騒ぎが起こりくいセーフティネットを導入した。その上で、セーフティネットがもたらすモラルハザードを抑制するために銀行に数々の規制を行い、金融システムを守る最後の砦としてFRBを設立した。


ニューディール銀行体制は、その後、30年間ほど上手く機能した。



「第五章 コンピューターがやってきた」に続く。次からがやっと本論です。今回はあんまり面白くない話だったかもしれませんが、次の話をするのに、どうしてもしとく必要がある話だったんで。

2008年09月24日

アメリカの金融制度はどこから来てどこへ行くのか

えー、実は、書かなきゃいけないエントリがあるわけですが、ちょっと最近、他のこと(ゲーム、甥と遊ぶ、etc)があったせいで、サボってました。すいません。


と、そんなことをしている間にも世界はどんどん動いてまして、とうとう先日、


【ワシントン=大隅隆】米政府は19日、金融危機の拡大を防ぐための総合金融安定化対策の大枠を固めた。(1)公的資金を使った不良資産の買い取り機関を創設する(2)貯蓄性の高い投資信託MMF(マネー・マーケット・ファンド)の保護に政府基金最大500億ドル(約5兆4000億円)を使う(3)金融機関株式の空売りを全面禁止する――などが柱。投入する公的資金の規模は数千億ドル(数十兆円)にのぼる見込み。焦点の金融機関の不良資産買い取り策は来週中の決定に向け議会と最終調整を急ぐ。


米、金融安定へ総合対策 公的資金「数十兆円」、貯蓄型投信を保護



ってニュースが出て、衝撃的な展開と至ったわけです。



一方これまで投資銀行はFRBから独立し、その分より効率的な業務を行い、多少のリスクを物ともせず、資本市場を有効に機能させ、当然配当や、彼らの給料は商業銀行のそれをはるかに凌いできたのだ。

しかし棄損した資本の修復はもはや不可能で商業銀行としてFRBの足かせを受けることと引き換えにその資本とブランドの保護を優先した結果がこれだ、と言える。

100年に一度・・・・まさにこれも100年に一度の歴史的ムーヴメントと言っていいだろう。 日本の新聞ももう少しこのあたりをきちんと伝えてもらいたい。

いずれにせよ、純粋な投資銀行という業態は本日をもって消滅したことになる。


アメリカ金融帝国の終焉



で、まぁ、ぐっちーさんとこで、こんな記事も出てるわけですけど。


で、なんですけどね、今、苦境にあえいでいて、死にかけのアメリカの金融界なわけですけど、アメリカの金融において、本気で死にかけているのって、金融というより、むしろ銀行だと思っているんですよ、僕。


というか、銀行ってシステムが死にかけ始めたのは、今に始まったことじゃなく、大体、1970年代から始まった動きであり、それは、今回の金融危機のせいじゃないんです。今回の危機の直接の原因は、サブプライムに端を発した問題でしたが、それは直接の危機の原因であって、アメリカの銀行の苦境の背景ってわけじゃないんです。アメリカの銀行は、もうずーっと前から苦境に立たされており、その原因の背景は、サブプライム問題とは、全く別の場所にあるんです。


だから、今日は、そのあたりの問題について、話そうかな、と。本当は、もっと早めに書きたかったんですけど、結婚した妹が甥をつれて遊びにきてて、甥があんまりに可愛いので、そっちにかまけてて、何もできず、今日になってようやく書き始めたんですけどね。

序章 銀行を殺した蛮族


銀行はかつて、紛れもない独占体でした。独占企業という定義を探したければ、かつての銀行こそ、それを体現した存在だったんです。銀行は、政府からの手厚い保護をもらっており、新規参入は規制されており、それゆえ確実に利益をあげることができる存在でした。大恐慌から1960年代あたりまで、銀行の倒産は、主に詐欺などによる経営者側の怠慢によるものでした。


銀行とは、言ってみれば、高い城壁によって囲まれた白銀の塔だったわけです。しかし、銀行の繁栄は、永遠ではありませんでした。彼らは、独占企業が常にそうであるように傲慢になり、企業努力でなく、独占によって利益を引き出す存在になっていました。そして、彼らは、知ってから知らずか城塞のうちに蛮族を引き入れてしまったんです。


かつて、ゲルマン人を傭兵としてつかったローマが、その後ゲルマン人によって滅ぼされたように。


この物語は、ある意味で、現在進行中のメディアとインターネットの関係においても当てはまります。メディアは、かつては独占企業でした。


マスコミって一昔前の銀行業界みたいだよね

以前、R30さんがこんなエントリ書いていましたが、メディアは、初期において、インターネットを無邪気に礼賛していた時期もあります。それが、現在の苦況をもたらすとも知らず。ヤフーに格安でニュースを提供した新聞社のように。


しかし、ネットは、紛れもなく、メディアに対する蛮族でした。かつて、メディアは、その資本や政府からの規制によって市場を独占していました。日本では間違い無く、今でもそうです。しかし、ネットは、メディアを守っていた城壁を破壊してしまった。ネットとは、メディアの独占を守ってきた門に打ち込まれたくさびでした。


それは時来たらば、門を割って城壁の中に蛮族を招きいれ、略奪への道を拓くもの。


揶揄的な表現を使いましたが、アメリカのメディア、特に新聞の苦況が明らかになるにつれて、メディアはようやく自分たちを守っていた城壁がもはや存在しないことに気づいた節があります。彼らを守っていた城壁はもはやなく、蛮族が自分たちの塔の下に迫ってきたことをようやく知った、というのが今の状況でしょう。


銀行が知らず知らずに、自分の城壁の中に招き入れてしまった蛮族。


それは、コンピューターと言いました。眼鏡をかけた小太りのギーク達----コーラを飲んでハンバーガーを食べる文化の体現者−−−−のおもちゃだったコンピューターは、ムーアの法則の下、指数関数的な成長を遂げ、銀行の独占という門にくさびを打ち込んだのです。スーツを着てワイングラスを傾けるバンカーの文化とは相容れなかった二つの文化の衝突は、銀行という産業の変化の始まりでもありました。そして、銀行の凋落の。


銀行にとってのコンピューターとは、メディアにおけるインターネットに相当するものでした。諸刃の剣だったんです。自ら利用することができるが、自らを殺しもする便利な道具。


第一章 銀行のはじまり

現状の銀行の苦況を説明するために、そして、何故、コンピューターが銀行にとっての蛮族となったのかを理解するには、ニューディール時代のアメリカまでさかのぼる必要があります。


マーチン・メイヤーは、その著書「バンカーズ」でこんなエピソードを紹介しています。ある長年銀行につとめた職員が「貴方が銀行に勤めてから何が変わりましたか?」と問われた際に「クーラーがつきました」と答えた話です。銀行は、ある時期までは、ほとんど業務内容が変わりませんでした。


かつて、銀行は、9時から3時くらいまでしか営業していませんでした。これは彼らが怠慢であったからでなく、様々な引き出しや貸し付けなどの計算をしたり、数字の帳尻をあわせるためには、それなりの時間がかかったからです。そのためには人の手による強力な会計システムが必要であり、それを提供できる人員をもてたのは銀行くらいのものだったわけです。


これは、銀行を独占企業たらしめた原因の一つでした。彼らは、ある意味では、銀行を守る衛兵だったんです。他の企業がもってない強力な。銀行を守っていたのは、政府による規制、そして、こういった人々でした。


この二つの障壁こそが、銀行を守っていたものの正体であり、彼らのビジネスモデルが優れていたからではありません。銀行のビジネスモデルは単純なものでしたから。


これは、今のメディアとインターネットの関係にも当てはまります。メディア、特に新聞の独占は、政府からの規制と日本の優れた宅配制度によるものだからです。しかしネットは後者を破壊してしまった。誰でも世界にむけて発信できる力を与えてしまった。インターネットに接続できさえすれば。これは、誰にでも新聞がもてるということを意味します。門は開かれてしまったんです。


この話は後にまわすとして、銀行は、そのビジネスモデルの性質上、「短く借りて長く貸す」が宿命となります。


どういう事かというと、ちょっとした例え話をしますが、とある所に頑丈な金庫をもった金庫番がいたとします。その金庫番は、とても強くて、泥棒なんか簡単に撃退することができたとします。


ある時、金をもっていた人達は、自分達で金を保管しておくより、その金庫番に金を預けた方が安心だという事を発見しました。そして、金を金庫番に保管してもらう見返りに手数料を払うようになりました。


金庫番は、最初手数料をとるだけで満足でした。十分儲かったからです。しかし、そのうち、金庫番の真似をする人達が現れて、だんだん、もらえる手数料を下げないと、お客は金は預けてくれないようになりました。


困った金庫番ですが、金庫番は、ある顧客の金の引き出しは、他の顧客の金の預け入れによって相殺され、金庫の中の金の量は、ほとんど一定だということに気づきました。


そこで、金庫番は、一計を案じました。手数料をほとんどタダ同然に安くした上で、金を預けてくれたら、そこに金利をつけることにしたんです。もちろん、すぐさま、金庫番の金庫は金で一杯になりました。


そして、引き出しに応じるのに十分な金を金庫の中に保管した上で、残りの金を貸し出して所得を稼ぐことにしたんです。(主に長期で)


短く借りて長く貸す。これが銀行の宿命を説明できるのは、こういう理由からです。貸し出しに進出することによって、金庫番は、銀行と呼ばれるようになりました。これが銀行のはじまりです。


これこそが、かつての銀行業のビジネスモデルです。単純な説明ですが、ちょっと難しい言葉を使うと、貨幣的機能(預け入れと支払い)と貸し付け機能の二つをもった存在。金融仲介者。それが初期の銀行だったんです。


しかし、この二つの機能が結びついた時、最初の危機の芽が産まれました。預金者に金利をつけて支払わねばならない(支払いリスク)と貸した金を回収しなければならない(貸し出しリスク)を銀行は抱え込んでしまったんです


金を貸し付ける。それは、すなわち、いくつかのリスクを背負い込む事を意味しました。


もし、貸した金が返ってこなかったら、金庫の中から金が減って行きます。そして、いつかは、全ての預金者に金を返せなくなるかもしれないからです。


また一度に全ての預金者が、金庫の中から金を引き出そうとしたら、金庫番(銀行)は、その全てに応じることはできません。なぜなら、金庫の中の金の大部分は、貸し付けに回されているからです。


もし、預金者が金を引き出そうと一度に殺到したら、金庫番は、支払いができず、預金者から引き裂かれてしまうでしょう。もしくは、二度と金を預けてもらえなくなり、彼らは二度と旨みのある商売ができなくなる。


これは、のちに金庫番が「銀行」と呼ばれるようになってから、「銀行取り付け」と呼ばれるようになりました。この銀行取り付けは、銀行にとって最大の恐怖でした。


第二章 世界恐慌


人間は恐怖を感じるとその場から真っ先に逃げだそうとする性質があります。株の例えで説明するとわかりやすいのですが、株式市場では、暴落が起こると、全ての株が、良い悪いに関わらず下がります。悪い株は価値がないから、たたき売られます。しかし、悪い株には買い手はいません。そこで良い株が換金しやすいために、より一層売られることになるんです。自分の資産を守ろうと。そして全ての株が落ちるんです。みんなが出口に向かって一斉に逃げ出すために、こういう事がおこるわけです。


銀行取り付けも同じです。銀行が悪い経営状態になると、大抵の場合、倒産の前に預金を引き出そうと預金者が列をなしました。そして、不安は伝播します。他の銀行もやばいんじゃないか。そういう噂がたち、預金者が銀行業全体に信頼を失うと、経営が良い銀行にまで取り付けが伝播しました。少しでも自分の預金を守ろうと預金者が一斉に全ての銀行から預金を引き出そうとしたからです。これが銀行取り付けです。


いったん、預金者が銀行業全般への信頼を失うと、しばしばこれが起こりました。


そして、それが大規模におきたのが、世界恐慌が起きたアメリカにおいてでした。1930年、銀行倒産が増加したことが、銀行取り付けを引き起こしました。当時は金本位制であったので、急速に銀行から金が引き出されました。恐怖におびえた銀行は、急激に貸し付けを減らし、準備金を増やしていきました。


準備金が増えたので、一時的に取り付けは減ったものの、貸し付けが急激に減ったことにより、資金難に陥った企業がバタバタと倒産していきました。


そして、企業倒産は、貸し倒れを増やし、1931年、再び銀行倒産が増え始めると再び取り付け騒ぎが起こります。このことが、さらに銀行に貸し付けを削減させることになりました。結果として、資金難による企業倒産が起こり、景気は坂道を転がり落ちるように悪くなっていきました。


不況と金融危機。そして、1931年、耐えきれなくなったイギリスが金本位制を放棄しました。アメリカもそれに追随するという予測から、海外の投資家は、ドル資産を売って金を買いました。結果としてさらに、銀行からは金が消え失せ、アメリカの銀行は、金準備を失って、取り付けがおこった場合には、耐えきれない状況に追い込まれたんです。


追い込まれたのはアメリカの中央銀行であるFRBでした。取り付けに備える為の金をアメリカの銀行を戻すためには、金利を引き上げるしか手がなかったんです。


そして、FRBは、銀行が貸し渋りをしている最中に、金利をひきあげたんです。このことが、さらに企業に金を借りにくくしました。


また、金利の引き上げは、この場合、世界に向かってアメリカは金準備を急速に失っているとラッパを吹いて知らせるようなものでした。金喪失による金融不安から銀行取り付けが増え、銀行の倒産と企業の倒産を加速度的に増えました。世界恐慌は、こうしてフルスケールで進行することになりました。


現・FRB議長バーナンキは、「フリードマン生誕90年を記念して」という講演の最後で、この世界大恐慌が「FRBによって引き起こされたものだった」と語ってしめくくりました。


通常であれば、普通の規模の不況であったはずのものが、FRBの誤った金融政策、つまり、不況、デフレ時の金利の引き上げというプロセスを経て増幅され、世界規模で進行することになったからです。


この場合、正しい金融政策は、金本位制を放棄した上での金利の引き下げ、銀行からの不良債権の買い取りでした。そして、実際に、それを早期に行った国々は、早期に不況から脱出しましたが、アメリカのように金本位制度に固執した国では、それが不況とデフレを加速度的に早めることになったのです。


「金本位制度なくして金融はなりたたない」という誤った信念の下で、銀行はバタバタと倒産し、生き残った銀行も貸し付けをへらし、金準備を守るために資産の投げ売りを開始しました。それはデフレを加速させ、企業倒産と失業者を馬鹿げたほど増やしました。


そして、銀行間では、お互いが疑心暗鬼に陥りました。それ以前であれば、取り付け騒ぎにあった銀行を救済するため、他の銀行が融資を行って、取り付け騒ぎが起こっても、ある程度は対応することは可能でした。


しかし、今回の危機の最中では、銀行間ですら、「向こうの銀行は経営がやばいんじゃないか?」という疑心暗鬼から、そういった融資は滞ってしまい、銀行は八方ふさがりの状態におかれたんです。



1932年、議会とフーバー大統領は、銀行の危機的な情勢に対応し、ついに行動を起こしました。RFC(復興金融金庫)を設立し、危機的な状況に対応するため、銀行への流動性を提供して資金繰り難を緩和し、取り付けを沈静化させるのが目的でした。しかし、当時の実質国内総生産比で約一・五%にあたる10億ドル近い資金供給があったものの、金融危機は終わりませんでした。無論、改善はしましたが。


1933年、RFCの貸し付けが問題になりました。議会では、その貸し付けが政治的影響下にあるのではないかという批判がなされ、RFCは自らが貸し出している銀行の名前を公表しはじめたんです。


結果は最悪でした。なぜなら、それは黙示録の角笛だったからです。RFCから借り入れをしている銀行は危険な状態だとアメリカ中に大声で触れ回るようなものでした。同じような間違いをちょっと前にしてたのに、ここでも同じ間違いを繰り返したわけです。


結果として、取り付け騒ぎが起こり、RFCから借り入れを極度に銀行は嫌がるようになり、最後の貸し手、あるいは流動性供給の最後の手段であったはずのRFCは機能不全に追い込まれたんです。(なんか最近のどっかの国の流れと似てますね)



世界大恐慌はいくつかの事を我々に教えてくれます。


1、金融システムの崩壊は、実態経済に多大な負担をかけるため、金融システムの崩壊に直結する預金取り付けを防ぐシステムの必要性


2、金本位制度は、インフレを防いでくれる可能性はあるが、危機の発生時にはデフレを加速度的に進行させてしまう可能性をもつ

3、流動性の供給は役には立つが、金融危機の根治にはなり得ない



これが、1929〜1933年のアメリカからの教訓です。



第三章 ニューディール銀行改革


ここでは、金融政策のみに話を絞ります。そして、これが一番大事なんですが、何故か、日本の教科書じゃ公共事業ばっか取り上げててどうなってんだとか思うわけです。

世界不況からアメリカを立ち直らせたのは、金融システムの抜本的な見直しと再建に成功したからなんです。ニューディールの財政政策は大して役にたたなかったのですが、ニューディールの金融改革は、劇的な効果を発しました。


まぁ、僕の時代の教科書の話なんで、今はどうなっているのかはシランのですがね。


ルーズベルト政権は、第一の目的として、銀行への信頼を回復させることを目標としました。これは、緊急銀行法によって達成されました。これは、1933年の政権発足後、わずか5日後にルーズベルトが署名して法律となりました。


この法律の中で、最も重要な点はRFCが銀行の優先株を購入することが認められたことです。最終的に、その後の7年間でRFCは11億ドル相当の自己資本を銀行に供給しました。



この点は、現在の金融危機の中にあって、もっとも強調しておきたい点です。


なぜ、これが劇的な効果を発揮できたかというと、それは、銀行が自己資本を拡充することが可能だったからです。


フーバー政権の下では、10億ドルの流動性が銀行に供給されました。これで銀行の資金繰りは助かりますが、銀行にとっては負債が増えるだけのことで、財務体質はむしろ劣化します。そのため、預金者は一層、銀行から預金を引き出そうとし、銀行間の疑心暗鬼は解消されません。そのため、金融危機は終息しないわけです。(これは現在の金融危機に際しても極めて多くの教訓を含んでいます)


しかし、RFCによる優先株の購入は、即座に銀行の自己資本を増やし、財務体質を強化します。その結果、銀行のバランスシートは劇的に健全になるので、預金者は、銀行に対する信頼を回復するわけです。


また、銀行間の疑心暗鬼も取りのぞかれます。そうすれば、銀行間の融資が復活し、取り付け騒ぎがいくつか起こっても、銀行同士の短期融資で支え合うことが可能になります。金融システムは再び回り始めます。デフレへの連鎖は、ここで終わるわけです。


ここが肝で、大恐慌において、流動性供給が失敗し、優先株方式が成功した理由です。


取り付け騒ぎの根っこである、預金者の恐怖を和らげ、銀行への信頼を取り戻し、銀行間の疑心暗鬼を取り除くことこそが、重要なんです。


RFCは、いわば、S&L危機の時のRTC、サブプライム危機におけるアメリカ議会で審議されている不良債権の買い上げ機関の前身とも言える存在です。


公共事業も、流動性供給もきかなかった場合の最後の最後の手段、エース・イン・ザ・ホールと言えます。

多くの問題がありますが、しかしこれは、金融危機がにっちもさっちもいかなくなった場合にはやらざるを得ません。ためらわず行うべきだと僕は考えます。それが例え、納税者の負担になろうとも。大不況とデフレが吹き荒れる世界になるよりゃマシです。


金融危機から不況になったからといって、公共工事や流動性供給をするのでなく、すぐさまこれをやれればいいのですが・・・それは政治的に難しいです。本当に危機的な状況にあるというコンセンサスが出来るまでは、行えないのが難点です。現在のアメリカ金融危機においても、リーマンが倒産して、世界中に破滅の鐘を響き渡らせて、やっと、これが始まったわけですからね・・・


危機の初期で、これをやってれば75兆円もかからなかったのに・・・まぁ、10年前に、不良債権問題を先延ばしして、100兆円払った島国もありますが。景気のいい話です。



「第四章 銀行は何故規制されねばならなかったか」へ続く。(最近、こればっかりですが、いや、このエントリだけは最後まで書きます。まだ、何故PCが銀行を追い込んだのか書いてないし。絶対に。多分、うん、、多分・・・WoWをする予定はしばらくないし・・・・でも、全部で12章くらいになるかもしれないので、途中で力つきるかも・・・)

2008年08月05日

チョークで汚れた手@教育と所得格差の話

没落エリートの出現―ビジネス社会から疎外される高学歴就職難民たちー

って記事から、はてなブックマークじゃ、昨日あたりまで、学歴の話が一杯でてたわけですが、そんなわけで、僕も一枚噛んでみようかと思います。


というわけなんですが、その話をする前の枕として、ちょっとした話を紹介してから。






フライパンで焼かれた赤ん坊


運命のめぐりあい

これはある一人の少女の物語である。一歳のとき、どこにでもあるようなフライパンで生きたまま焼かれ、その後人間らしい扱いを拒まれて、うち捨てられたも同然だった赤ん坊の話である。彼女は十四年以上しゃべることができなかった。

これは真実の話である(登場人物の名前は変えてある)。児童虐待としては特異なものであるが、現代社会においてもこうした問題はしばしば起こっていることなのである。育児病院や育児保護施設の諸記録は、それが事実であることを証明している。

この少女をローラと呼ぼう。

アメリカでは、精神病が他のあらゆる身体的、情緒的な疾病よりはるかに多く、病院のベッドを占めている。また、児童虐待は、いまでは市長がこれに対処するための「特別機動隊」を組織するほど、大きな社会問題の一つになっている。

ローラを救った「特別機動隊」は、けっして失敗を甘受しない女性たちのグループであった。彼女らは大都会の真ん中で、いまなお信仰という名の下に活動を続けている。ローラは、どの宗派にも属さないシスターたちのグループによって救われた。したがって、この物語はローラの話であると同時に、彼女達の話でもある。そして何よりも、一つの生命が胎児の段階から「人間」であることの意味を語る小史である。


(中略)


ローラは私にとって、ある意味をもっていた。背骨は曲がり、顔には傷跡があり、いつも何かにおびえて、なによりまったく口がきけない彼女に初めて接して以来、十数年の歳月が流れた。にもかかわらず、彼女のことを思うたびに、私の内で、ある特殊な感情がわいてくるのである。

そもそも私たちの出会いは、あまり褒められたものではなかった。

そのころ私は開業医になったばかり、腕は冴え、評判も広がりつつあり、私は自分の天職に自信を持ちはじめていた。長年の研究の成果を刈り取ろうと願っていた矢先だった。許される時間は限られており、貴重だった。

私もほかの精神分析医と同様、自分が与えうる治療で、もっとも利益が上がりそうなことに生きがいを感じる向きがあった。貧困や失業の苦しみから身体的、精神的に傷ついた人々は、われわれの職業的関心の対象とはなりえないまま、放っておかれることが多かった。当時、貧困にあえる人々、都会のスラム街に住む人々の精神病の治療とは、心理療法や精神分析よりも、むしろショック療法、薬物治療、病院収容を意味していた。

ローラはこれを変えたのである。

自分自身を分析するのは分析医の仕事ではない。だが、これからお話しする物語をふりかえってみるとき、私としてはこの出会いに、不思議な運命のめぐりあわせを感じないではいられない。陰鬱な施設をおざなりに訪問していた私を、傷ついた子どもの魂のもっとも暗い奥底に、徹底的に関わりあわせたきっかけと推進力は、おそらく私自身の内にある隠れたエネルギーだったのだろう。それについては読者の判断におまかせする。いずれにしても人間は意識的にせよ無意識的にせよ、なんらかの形で自分の過去と真っ向から対決を迫られることがある。こうしたことは、ローラの物語やシスターたちの話の局外、あるいは周辺にとどめておかねばならない。しかし、ここにつづる極貧家庭の知的障害者や無力な子どもの話は、私たちにとって決して他人事ではない。貧しい人々にとって、金は夢を実現させる魔術となり、悪夢を生じる蛇ともなる。

この物語の施設と初めて接触をもったとき、私はもはや貧乏ではなかった。私は幸運な人間、勝者の一人だった。その私が、最初から盲目的な感情で施設で働くことになったのは、事実、ある種の忠誠心から、としか考えようがない。それはおかしな忠誠心だ。だが、人は自分自身から逃れることはできないし、ローラやシスターたちとの対決に背を向ければ、それは私にとって義務の放棄でしかない。私はそのことをいやというほど知っていた。

我が身にながされた仕打ちを、どうして他人にくりかえすことができよう?

施設の子どもたちの頭をなでるとき、私はいつもこの感情をぐっとかき立てて思い出すことにしていた。この感情は、金でどうにかなるものではなかった。自分の怒りの源泉を直視し、自らの誠実さを問いただし、人が自分に与えるよりも多くを他の人々にあたえられるかどうかをしっかりと見定めねばならなかったのだ。


特殊学級に私はいた


具体的に言おう。私がローラの病歴記録を閉じて手に抱え、座って考えたとき、あの瞬間がよみがえってきた。私自身の幼いころに、同じようなことがあったのを思い出したのだ。あのとき、銀縁のメガネをかけた若い算数の教師が、文字通り私の一生を握っていた。彼は私の人生と関わりをもとうと心を決めるやいなや、即時その決意を実行に移した。

ある木曜日の午後、私が彼の教室にぶらりと入っていくと、その働き過ぎの安月給の青年・スコット先生は、放課後の補習で算数を教えていた。そして以来三ヶ月のあいだ、私は毎週火曜と木曜の同じ時間に、彼のクラスに出席するようになった。

私はまじめに興味をもって勉強に励み、スコット先生にいわれたことならなんでもやった。ところがある日、廊下をならんで歩いていると、先生が私にほかの教科の平均点を聞いてきた。いじわるで聞いているのではない。しかし私は、少しむきになって、そういうことは両親にだけ答えたい、とつっぱねた。

その日、スコット先生の質問にきちんと答えなかったのは、ただ私がきまり悪かったにすぎない。そのかわり、私はチョークに汚れた先生の上着をつかんで、数歩先の自分の教室まで案内した。

「これが君の教室?」先生は驚いてもう一度聞いた。「本当にそうなの?」

私はうなずいたが、何も言わなかった。先生は信じられないというように私を見た。私がつっついたので、側に立っている教師にたずねた。

「そうですわ」スターク女史が冷ややかにいった。「この子は私が担当です」

スコット先生が私にはっきり聞いたのは、私たちが次に会ったときだった。

「どうして君は、あのクラスにいるの?」

先生の言っている意味はわかったが、私は口ごもっていた。

「それは・・・障害児のクラスにってこと?」

いつかはいわなければならなかった。私は「特殊学級」、つまり知的障害児のクラスにおかれていたのだ。



私の災難は、三年生のとき、私が字を覚えられないのを教師が怒ったことから始まった。彼女は両親あてに、私の勉強をみるようにと手紙を出し始めた。その手紙には、やがて好調の手紙も添えられるようになった。問題は、その何通もの手紙が、両親のところでそれっきりになったことである。彼らは英語が読めなかったから、誰か翻訳してくれる人が必要だった。

私の両親は貧しく、七人の子どもを抱え、養っていかねばならなかった。家族のほとんどが13才を過ぎてからアメリカに渡ってきたのだが、なんとか食いつなぐために、みな一生懸命働いていた。祖国では誇り高かった一家にとって、それは容易なことではなかった。私たちは現在のスラム街の標準からいっても、やはりスラム街としかいいようのないところにすんでいたのである。

結局、私は混乱し怒りで胸をいっぱいにしながらも、おとなしく「知的障害児」のクラスで、凍りついたように座ることになったのである。私は二種類の連中---つまり「健康な連中」と「障害のある」連中の両方から仲間はずれにされたりからかわれたりした。そのあげく、何度も彼らと激しい喧嘩をし、たいていの場合は、私は学校から一目散に逃げ帰った。

クラスが変わったと両親に告げたときのことをどんなにはっきりと覚えているだろうか。ああ、あのとき両親の顔に浮かんだ”受け入れるしかない”という表情---もし私たちが貧乏でなかったら?貧乏人がいったいそれにどう対処できるというのだ?

スコット先生は、私を手伝ってくれると約束した。が、彼は教師である。彼を信用する理由など何もなかった。しかし私は先生が好きだった。先生はただ、「君には手伝ってやる者が必要だ。だからぼくが手伝ってやろう」としか言わなかった。

彼は六ヶ月以上にわたって自分の時間を犠牲にし、辛抱強く四年生、五年生の科目を見てくれた。そればかりか、私の信頼できる友達になってくれたのだ。のちに私がローラに試みたのも、まずは私を信頼してもらうことだった。

ある日、私は校長室に呼ばれた。部屋に入るとそこにスコット先生がいて、彼はあきらかに私の知能の発育ぶりについて懸命に彼女にわからせようとしていた。校長は学校の校則についの指導書を読み上げた。彼女は一言も前置きせず、いきなりそれを私の手において、読んでみるように命じた。びっくりした私は、ただのどがつまり、そこに書かれた文章は少しも声にならなかった。すると彼女は勝ち誇ったように、先生のほうに向き直っていった。

「ごらんなさい、スコットさん、あなたは時間をむだにしているんですよ」

光った眼鏡をかけた、おどおどした内気な青年は、突然私のそばによって、見たままを読んでみるようにといった。そして私は読み始めたのである。ことばは流れるように出てきた。そのあと、先生は私たちが勉強した科目について質問したが、私の頭は明快で、答えも正確だった。

こうして私は「特殊学級」から出され、”試験的に”五年生に編入された。その次にあったことは、私が市内一斉の算数のテストで最高点をとり、校長を驚嘆させたことだった。

スコット先生は、なおも無報酬で私に幾何を教えてくれた。その後、私は市内にある三つの化学専門の高校を受験する許可を申請した。先生は私に、そんなことをすれば校長は怒るだろうと忠告してくれたのだが、事実その通りだった。彼女にしてみれば、私は以前「知的障害児」だったのだ。

しかし、とうとう私は学校中で受験を認められた三人のうち一人となり、みごと二人が合格。私はその一人だった。

多くの歳月が過ぎ、私が博士号を認められる研究まで進んだとき、スコット先生は私の人生から消え去った。彼がいまどこで何をしているのか私は知らない。しかしどこにいようと、私は彼に敬意を表したい。彼は私を絶望から救ってくれたのだ。もし彼が、当時、チョークで汚れた手をさしのべてくれなかったら、おそらく私は単なることばのハンディによって、欠陥人間として永久に運命づけられたことだろう。

私の人生とローラのそれとの違いは、あきらかに私が逃げ切ったのに対し、ローラが以前罠にはまったままだったことだ。私が勝者であるのに対し、ローラは敗者だった。


しかし、私がほとんど自分の理性を裏切ってまで、ことばをはなせない見知らぬ娘のために戦いを挑み、「社会」という名の権力機構のなかで無知と偏見という共通の敵と闘ったのは、私自身の怒りの感情と願望からであった。



「ローラ、叫んでごらん」 リチャード・ダンブロジオ 関口英男・訳 
序章 フライパンで焼かれた赤ん坊 より






**横書きに直すときに読みやすいように、改行などは僕が入れてます。


この話は、僕が好きなノンフィクションの一つ「ローラ、叫んでごらん」のものだ。このお話は、ローラ、両親に虐待され、フライパンで焼かれた少女を施療した精神科医リチャード・ダンブロジオの幼い頃の話だ。


児童虐待の本にのっている話を枕にして、教育とか学歴の話を始めるのは、ちょっと奇妙に思われるかもしれない。ただ、この話は、この後していく話と密接に関連しているのだ。ミクロなレベルとマクロなレベルでの教育とか学歴の話の接点であり、重要なことがいくつも書かれている。


僕らの生きている国、つまりは日本は、学歴社会と言われる。学歴によって序列が作られ、そして、最終的に、学歴がいい子達が、良い企業に就職して、よいお給料をもらう、というのが一般的だと受け取られているような社会だ。


それが本当に子ども達にとって幸せか、それから僕らの社会を運営する上で、一番効率の良い方法かは別として、今まではそうやって教育や学歴は形作られてきた。


そして、今、時々、メディアで取り上げられる問題がある。「教育と所得格差」の問題だ。





 戦後の日本で最も賞賛に値する成果の一つに、高い社会的流動性を持った能力主義国家の建設がある。貧困層や中間層の子供でも、能力と野心さえあれば社会的に上昇することができた。これは子供たちだけでなく、国家にも大きな恩恵をもたらした。誰もが等しく教育の機会を得ただけでなく、教育に投じられた資源が平等に配分された。その結果、両親の資産や社会的地位によって聡明な子供たちの可能性が制約されるということはなかった。

 だが日本は“機会が平等な国”の地位を失おうとしている。私は最近、経済産業省で働く50代の2人の友人と話をする機会があった。彼らはいずれも東京の郊外に生まれ、両親はごく普通の勤労者である。彼らは、自分たちの時代とは状況が変わってしまったと言っていた。多くの省庁で新規に採用された官僚の大半は、両親のいずれかが同じ省庁の官僚の子弟だというのだ。同じような変化がビジネス社会でも浸透しつつある、と彼らは言う。

ドイツマスコミスキャン〜所得格差と教育機会不均等



これは、日本の話だけれど、日本においても、所得と教育格差の問題は時々問題にされるようになってきた。両親の所得と子ども達の学力には、相関性があるのだ。そのため、


 公的資金の貧弱さと公立学校の教育の質の低下に対する懸念、能力に応じた教育を妨げている偽りの“平等主義”が、中産階級の親に大きな負担をかける結果となっている。子供たちに十分な教育の機会を与えたければ、私立学校に頼らざるをえず、予備校に通うためにおカネを使わなければならない。2005年の時点で高校生の30%が私立高校に通っている。子供の人生は親の資金力によって制約されているのである。

 南ミズーリ大学の納見智昭准教授の調査では、日本の中学1年生で私立中学に通っている比率は00年には5・8%であったが、05年には7・0%に増えている。東京では、この比率は25・6%である。02年には塾に通っている生徒の数は小学校で39%、中学校で75%に達している。1976年には、その比率はそれぞれ12%と38%であった。75年には東京大学の入学者の26%は私立高校の出身者であったが、93年には50%に達している。



このような問題がとりだたされるようにもなってきた。貧しい家庭では、親がろくな教育を施せないために、学歴社会日本においては、貧乏な子ども達の未来は閉ざされたものになってしまう・・・というアレだ。

実は、これは日本だけの問題ではない。アメリカでも、全く同じ問題が起こっている。アメリカのエリートは、ほとんどが中上流階級の出身なのだ。アメリカンドリームは過去の話。現実にエリートをみれば、移民から身を起こして大成功なんて例はほとんど全くなく、金持ちは中上流階層の出身者・・・というのが現状なのだ。


そして、もう一つ。ドイツの話になるが、


◆進学率に大きな差◆

 論議の的となっているのは、15歳の生徒を対象とした調査で、親の所得によって子供の学歴に顕著な差が見られることが明らかになったためである。

 調査によれば、管理職者や研究者などを親に持つ子供は、ブルーカラー労働者を親に持つ子供よりも、ギムナジウム(ドイツの中等学校の一種で、この卒業試験に当たるアビトゥアに合格しなければ総合大学に進学することはできない。したがって、ギムナジウムはエリートコースへの登竜門とみなされている)に進学する割合が4倍に達しているという。


◆学校教育の成功と失敗◆

 さらに、州別にみると、最も格差が大きかったバイエルン州では、ギムナジウムへの進学率で実に6.65倍もの差がついていることも、議論を加熱させる一因となっている。

 というのも、これまでは、バイエルン州は生徒の学力水準が高く、学校教育で成功しているとの見方が一般になされてきたのであり、その“教育優良州”において、全国でも最大の格差があることが露呈された形となったからである。


ドイツマスコミスキャン〜所得格差と教育機会不均等



このように、ドイツでも全く同じ傾向が現れているそうだ。何故、ドイツの話をしたかというと、以前、


書評「 日本の経営・欧米の経営―比較経営への招待」


というエントリで、

ドイツ
高級官僚の地位は、経営者と比較して、低いものと見られる向きが強い。これは、ドイツにおいては、エリートの概念が、官僚や経営者といった向きでなく、指導者としての資格が、博士学位と結びついているためと言われる。ドイツ大企業の経営者の6割は博士学位所持者である。つまり、イギリスと比較すると、専門的な知識をもっているプロフェッショナルとしての経営者が多いのが特徴とされる。


先進国では、唯一といっていいほど、経営者の出身階層に、階層間の差異が少ない国でもある。また、父親の職業が公務員である経営者が多いのも特徴。非常に変わった経営者育成システムといえるかもしれない。他の国では、大抵の場合、特定大学への集中や、階層間の差異が現れるのだが、ドイツにおいては、それが少ない。指導者としてのキャリアパスが、博士学位のように専門性の強いものである点、それゆえに出身校がさほど重要とされない点などが上げられるかもしれにない。




って話をしたからだ。ドイツって国は、経営者500人くらいを対象にして標本抽出した結果、ドイツでは、他の先進諸国でみられるような、経営者の出身階層における偏りがあまりなかったのが特徴だったのである。


だが、そういう国でも、やはり、親の所得によって子どもの学力に顕著な差がでる・・・という調査結果が出て、波紋を呼んでいるそうな。


親の所得と子どもの学力には相関性がある。それも正の相関だ。親の所得が高い場合、その子どもは学力が高くなる傾向がある。


一体、何故、こんな相関がでるんだろう?


最初、紹介した話では、これは全く逆だ。リチャード・ダンブロジオは、一人の算数の先生の助けがあったにせよ、スラム街で育ち、そこから這い上がって最終的に博士号をとり精神分析医として成功した。


最初に、親が極貧で英語が読めず、英語もろくに話せない両親の元で育ったにも関わらず、最終的に成功した人の話をしといて、その後に「親の所得と子どもの学力には相関性がある」なんて話をするのは、なんとも奇妙だと思われるかもしれない。


でも、ちっとも変じゃない。この話は、他の色んな話を挟むと、色々と見えてくるものがある。だから紹介した。


ちと、長くなりすぎたので、続きは次回で。
posted by pal at 02:25 | Comment(11) | TrackBack(21) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年06月14日

日雇い派遣「原則禁止」に反対する。

あー、もう死ぬほど欝な気分ですが、明らかにまずい方向に日本の政治が進んでいると感じたので、これについて書かせて頂きます。書いていて嫌な気分になるエントリですが、どうしても書かずにはいられませんので。


まず、問題の記事の紹介から入りますが、読んでうんざりしたのが、この記事です。




 ワーキングプア(働く貧困層)の温床とされる日雇い派遣労働をめぐり、舛添厚生労働相が13日、日雇い派遣を原則禁止する方針を示した。秋の臨時国会に労働者派遣法の改正案を提出する方向だ。世論の高まりに押された格好だが、与野党の隔たりは大きく、臨時国会で規制強化がどこまで進むのか不透明だ。


日雇い派遣「原則禁止」、厚労相が法改正を表明



あのですね、厚労省の方々は、この国の労働環境というのが、どういう風に出来ているのか、わかっておられるのでしょうか?そもそも、なんで終身雇用だとか年功序列だとかが、今の不景気の日本でも維持されているか、理解しておられるんでしょうか?


この国の労働構造においては、正社員というのは、派遣社員無しには維持できないんです。企業が正社員に福利厚生をして、給料払って、失業から守ってあげれるのは、派遣とか期間工とか、フリーターがいるからなんです。景気が悪くなったときに、最初にコストカットするための非正規雇用なんです。日本じゃ、簡単に正社員のリストラはできませんからね。


それでもって、景気が悪くなったときに、すぐ人件費のコストカットできるから、正社員の雇用は守られるんです。そうやって、正社員の雇用は守られてきたんです。


派遣労働の合法化ってのは、二つの意味がありました。一つ目は、企業が安い労働力を求めて海外にでていってしまうのを防ぐため。日本国内でも安価で、それから切り捨て可能な労働力が使えるなら、海外に出て行く必要はありませんからね、企業も。


それからもう一つが正社員の雇用を守るためです。心底嫌な話ではありますが言わせてもらいますけどね。何で派遣労働を認めると、正社員の雇用が守られるのか?っていうと、海外との競争にさらされた企業は、派遣社員を使うことで、事実上のコストカットが出来たからです。


新入社員を減らせば、出て行く人の方が多くなるので、給料の水準はそんなに落とさないでも、人件費は減らせます。人が減ったら、生産力が落ちて競争力が普通は落ちますが、この部分を派遣労働で補うことを選んだのが、日本の政治と経営者だったわけです。


なんでそんな事したかっていえば、日本の正社員の雇用を守るためです。というか、法律の問題上、守らざるを得なかったのですがね。


心底嫌な例えなんですけど、この仕組みを説明するのには、良いやり方なんで使いますが、切り捨て御免の万能奴隷に支えられた貴族社会みたいなもんんなんですよ、日本の正社員と派遣とかの外部労働人口の問題はね。


奴隷が1000人いて、貴族10人いたとします。それぞれの貴族一人につき、100人の奴隷を必要するとします。そうしないと、貴族は自分の贅沢な生活を維持できないとします。貴族が貴族たりうるためには、奴隷が100人必要ってことです。


トヨタの正社員も、基本的にはこれと同じなんです。トヨタの正社員が存在するためには、無数の下請けと派遣労働者がいなければならないんです。低賃金で劣悪な労働をしてくれる人達がいないと、トヨタは正社員を維持できないんです。


国がここで、「派遣禁止」って法律を作ったとしましょう。そうなったら何がおこるか?


答えは、正社員も派遣も減るです。


派遣が禁止されたら、トヨタは、正社員を維持するために必要な下請けやら低賃金労働者を使えなくなります。下請けが使えなくなる理由ってのは、下請けのような中小企業は、派遣社員がいないと成り立たないからです。もともとカツカツなわけだし。


奴隷がいなければ貴族は存在できないのと同じなんです。派遣社員がいないと、日本社会ってのは、正社員の多くをそのまま雇用し続ける事ができないんです。派遣法が作られた理由の一つは、身も蓋もない事を言ってしまえば、正社員の雇用を守るためだったんです


正社員の雇用を守るために、若年労働層とか、失業者とか、女性が犠牲にされたわけなんですがね。女性なんて、企業が長期雇用の正社員を優遇するもんだから、子育てしてから再就職なんかしようとするとメチャクチャ不利になるわけで。新卒と中途採用は、労働市場から閉め出されちゃうんです。


だから、派遣労働を禁止すれば、派遣の人達が職につけなくなって困るだけでなく、正社員事態の数も減るんです。


製造業の大企業は派遣が使えないなら、海外に工場建てて生産拠点移すだけです。そして、国内には最低限の正社員しか残さないって選択を取るでしょう。就職氷河期と同じことが起きます。つまり、新卒減らして希望退職者を募り、人件費を減らしていくって方法をとるでしょうね。結果として、正社員が減ります。


中小企業は、派遣みたいな安い労働力使えないなら、そのまま倒産しちゃうとこも出るでしょう。その結果、中小企業の正社員も減ります。そもそも、大企業が海外に生産拠点移したら、その時点でアウトな中小企業だって多いんです。そして、やっぱり正社員は減ります。派遣もね。


日雇いってのは、そういうシステムの中の歯車の一つなんです。もし禁止されたら、それは日雇い労働者が失業するだけじゃすみません。日雇い労働者に支えられて初めて存在できる正社員の数も減らすことになるんです。


だから、日雇い派遣には、僕は反対するんです。これほど馬鹿げた規制はありません。何の意味もない。考え得る限り、最も悪い結果をもたらす規制です。派遣の雇用も、正社員の雇用も減らしてしまう。


このエントリは、心底嫌な気分でかいているエントリです。だって、本当は、僕だって、池田先生みたいに、「正社員と非正規社員の差別を撤廃して労働需要を増やせ」って書きたいですよ。あるいは、弾さんみたいに、「オランダみたいなワーキングシェアを!」って言いたいです。


でも、現状の正社員の色んな保護を取っ払え!って言っても、現在進行形で進んでいる政治のアレには効果がありそうにないんです。だって、正社員のほうが、現状派遣より多いんだから。正社員は、そんな事を許さないでしょう。


結局、政治家は、基本人気商売です。派遣と正社員を天秤にかけて、声が大きい方を取り入れるでしょう。つまり正社員側のです。だから、池田先生の主張は政治レベルでは、実現しそうにない。個人的は大賛成なのですが。


また、弾さんの主張は、要するにワーキングシェアで、オランダでは成功した奴なんですが、日本ではどうにも悪名高いんです。多分、実現されそうにない。


だから、僕は実現可能そうで、そしてワーストではないという理由で、派遣労働を認めているんです。それから日雇いも。


それが欠陥のあるシステムだってのは百も承知です。でもワーストではないんです。今の日本でワーストなのは、派遣労働を全面的に禁止して、常用雇用しか認めないって法律で認めちゃうことです。(恐ろしいことに、これを主張する人いるんです。)


これやったら、派遣労働者は完全に失業しちゃうし、企業は正社員を減らして、海外に生産拠点を移します。結果として、日本の失業率が相当上がります。


問題はここで終わりません。失業率が上がれば、政府は何らかの対策を打たざるを得なくなります。当然、真っ先にやるのは、借金して、大規模な財政政策をすることでしょう。民間の代わりに、失業者を雇おうとしてね。


結果として、借金まみれの国庫にさらに借金が増えたあげく、ほとんど何の効果もないような財政政策で、無駄金が使われることになります。財政政策が、効果を発しないっていうのは、フリードマンが喝破した奴なんですけどね。そもそも、日本の官僚とか公務員は、今まで散々非効率な金の使い方をしてきたわけで。財政政策だけ、効率的に金を使ってくれるなんて望むべくもないんです。


その結果として、借金が増えすぎて、長期金利があがったりでもしたら、そのことがさらに企業の経営を悪化させて、倒産を増やし、雇用をさらに減らす・・・って連鎖が起きることになりかねないんです。


繰り返しますが、今の日本の経営システム内では、正社員の雇用を維持するためには、派遣に代表される外部労働人口が必要なんです。彼らがいるから、正社員を馬鹿高いコストで維持できているんです。


もし、派遣を禁止すれば、企業、特に大手の製造業企業なんてそうですが、正社員を現在の規模では維持し続けることはできないんです。もし、派遣を禁止すれば、派遣労働者だけでなく、正社員の数も減ります。これは必ず起こります。


だから、ワーストの選択肢ではないという理由で、僕は日雇い派遣の「原則禁止」には反対します。これは、絶対に解決策にはなり得ません。それどころか、問題をさらに悪化させるだけです。失業率が悪化するという形で。


ベターな選択肢、僕がベストだと思う選択肢は、それに反対する人が多すぎるという理由で取れません。だからしょうがないんです。
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2008年06月13日

失業が生み出すもの

大げさなタイトルなんだけど、ちょっと気になった記事とか論調が出てきたので、これについて書いておきます。

もともとは、

蟹工船が平積みとなった挙げ句のアキバ事件か

こっちの楠さんの記事読んでから、ちょっと書こうとは思っていた話なんだけれども。

他にも、

秋葉原通り魔事件が例外的犯行だと思えない理由


こちらの記事読みながらも思った話なんだけどね。


故事にある「衣食足りて礼節を知る」をもちだすまでもなく、人間、衣食住足りた状態では、そう簡単に犯罪には走ったりしない。これは裏を返せば、衣食住が足りないと、社会不安が高まるってことでもある。


食料暴動とかは、日本では過去のものだけれど、世界の最貧国あたりでは、まだ起こっている。


貧困は犯罪を生み出すか?答えはイエス。

犯罪の九割は失業率で説明がつく

という記事が、ちょっと前にはてBで話題になったけど、ある種の犯罪は、失業率と密接に関係がある。

考える前にやるべきことがあるだろ


もちろん、この記事には、反論が示されていて、そちらも面白いのでご一読を。


で、なんだけど、「失業率が上がれば、基本的に社会不安が高まる」というのは、確かにあるんだけど、まず、失業率が高くなると、確実に増える犯罪っていうのは、贈収賄だとか、窃盗なんかの金と密接に結びついた犯罪だって事がある。


人間は食わなきゃ死ぬわけで、それに例外はない。

現在の人々の多くは、専門化した知識で食っている人がほとんどで、畑耕して飯を作るスキルと土地、機械なんかをもっているのは、日本人の2%くらいの農家くらいのものだ。


我々は、分業と専門化を受け入れ、社会の生産性を高めているのだけれど、一方で、それは「他の人が自分に必要なものを作ってくれる」という暗黙の了解事項を誰もが、知らず知らずのうちに認めているからだ。


だが、失業している人に限っては、その限りじゃない。金がないと、必要なものが買えないからだ。


だから、失業者が増えると、自分に必要なものが買えない人達が、金にまつわる犯罪を犯すようになるので、これらの犯罪が増える、というのは、当たり前の話だし、それから、実際に、窃盗なんかの金にまつわる犯罪っていうのは、失業率と相関性があるわけだ。


「ヤバい経済学」では、「研究によると、失業率が1%下がると非暴力犯罪が1%減る」って話が紹介されている。


ここでの非暴力犯罪ってのは、窃盗なんかのことで、こういう犯罪は、職をもっている人なら、しなくてもいいわけだし、逆に、失業率があがれば、窃盗なんかの犯罪が増えるってのは当たり前といえば当たり前の話なわけだ。


だって、金がない人が増えるんだから。「金に困って盗みを働きました」って人が増えるのは当然。だから、失業率が上がれば、窃盗などは増える。


問題は、暴力犯罪だ。つまり、殺人だとか、放火だとか、強姦だとか。


この手の犯罪は、失業率が上がると増えるんだろうか?失業率が下がれば下がるんだろうか?


失業した人が「金に困って無差別殺人しました」、「金に困って放火しました」、「金に困って強姦しました」ってのは、動機としては不十分だ。前後に全く関係がないから。金に困って無差別殺人しても、金は一銭も入らない。他も全く同じだ。


それに対して、窃盗を除いたやつは、この1-1-1-1図の紫色のグラフなのですが、
http://hakusyo1.moj.go.jp/nss/list_body?NSS_BKID=52&HLANG=&NSS_LEVSTR=2_1_1_1_0#H001001001001E
戦後長らく80年代に入るぐらいまで基本的に減り続け、今世紀になって急増しているという印象がします。
 つまり、窃盗などは、そのときの失業率に直に影響され、もっと重い犯罪は5年ほどラグを置いて傾向的に効いてくるという感じがします。



これは、「松尾匡のページ」からの引用なんだけど、窃盗などは、失業にすぐ影響されるが、重犯罪は5年ほどラグを置いてから傾向的に効いてくるっていう話をされている。重犯罪は、失業率が悪化しても、すぐに起きたりはしない。


それから、また「やば経」から引用するが、


1990年代、失業率は2%下がった。一方、非暴力犯罪はというと、約40%も下がっている。でも、好景気説のもっと大きな嘘は、暴力犯罪に関する点だ。1990年代に殺人は他のどの種類の犯罪よりも大幅に減っているし、景気と暴力犯罪の間には何の関係もないことを示す、信頼のおける研究が沢山ある。そんなもともと弱い関係が、ごく最近の1960年代を見ればなおさら弱いことがわかる。景気は大変な勢いで伸びた----で、犯罪も同じように伸びた。



って話が載せられている。好景気説っていうのは、「1990年代は好景気だったから犯罪が減った」って説ね。


「金に困って盗みを働きました」ってのは、窃盗の動機としては十分すぎるほどだし、失業した人が、金に困って盗みを働くケースが増えるので、失業率があがると犯罪が増えるというのは確かに説得力がある。


特に、日本においては、窃盗などの非暴力犯罪のほうが、暴力犯罪よりもずっとずっと多いから、失業律が上がると、犯罪が増えて、それが相関係数に強い影響を与えたとしても、無理はない。


失業率と犯罪率 G7版


この「犯罪の9割は失業律で説明がつく」には、svnseedsさんの所で、国際比較の奴が作られてて、日本以外では、あまり相関性がよくない。


これについては、犯罪の内訳をして、暴力犯罪と非暴力犯罪でわけて、それぞれの相関係数をだしてみれば、ひょっとしたら日本と似たような関係になるのかもしれない。海外だと、日本よりずっと暴力犯罪が多いから。


まぁ、このあたりはおいておくとして。自分で調べる気もないし。


僕がここまでこんな話をしてきたのは、「貧困は犯罪を生み出す」という説が、一部では当てはまらない可能性が高いって事を言いたいからだ。


貧困、つまり先進国で最悪の貧困ってのは、失業状態のことだけど、これは確かに窃盗とかに代表されるような「金にまつわる犯罪」の増加は、確かに説明できる部分があるし、データもいくつかある。


だけど、暴力犯罪、ここでは殺人や強姦、放火なんかは、どうにも「景気の良し悪し」だとか「失業」に強く影響されるようなものじゃないってことを言いたいわけ。これは「やば経」の筆者と同じ意見なんだがね。どうやら、他の要因のほうに、強い影響をうけるらしい。


「金に困って強姦しました」なんてことを、捕まったレイプ魔が言っても、説得力ないでしょ?


少年の凶悪犯罪は本当に増えているのか


それから、こちらのページにもあるんだけど、


 注目点はいろいろあります。昭和23年の強盗件数は戦後最高の3878件。これは戦後の混乱期だったことを示します。当時の17歳は、教育勅語による学校教育を受けています。近年、教育勅語の有用性を訴える老人がいらっしゃいますが、なんの効果もないことが証明されました。人間、食うのに困れば、盗みを働くのです。道徳教育を強化したところで、犯罪の抑止効果は期待できません。

 強盗には昭和35年にも、もうひとつのピークがあります。『病的性格』の記述どおり、戦後の混乱期を脱してなお、不思議なことに少年による強盗事件は増えていました。ということは、そもそも「戦後の混乱期だから犯罪が多かった」という説明が、的を射たものなのかどうか。疑問は残ります。



戦後の強盗件数は、昭和23年にピークがある。それから、少年の強盗件数も、そのあたりにピークがある。昭和23年ってのは、1948年で、1945〜1950年あたりは、日本が特に苦しかった時期だ。だから、この時期、金に困った人達が強盗を沢山働いたってのは、普通に考えれば、当然の話になる。


問題は、やっぱり暴力犯罪、特に少年の暴力犯罪だ。殺人、強姦、放火とか。


これらが、急激に増えたのは、1955年あたりからで、1955年というと、「もはや戦後ではない」って宣言が出て、日本経済が戦前の水準まで回復した時期だ。だから、これ以降、「日本が貧しかったから犯罪が増えた」という説明は使いにくくなる。


むしろ、1955年以降は、戦前の水準まで少年の凶悪犯罪率なんかが下がっても良かったはずだ。でも、そうはならなかった。1955年以降、むしろ少年の殺人、強姦、放火なんかは、率にしてもやっぱり戦前の水準より増えてしまったんである。


結論をいうと、貧困を理由に暴力犯罪や自殺を説明するのは、少々危ういわけだ。たしかに、貧困が理由になって、窃盗のような犯罪が増えるのは、かなりデータの上からもわかるわけだが、殺人や強姦なんかの凶悪犯罪が増える理由としては、説得力があまりないんだ。(強盗殺人なら、まだわかるが)


また、貧困のせいで、自殺する人が増えるって説明もいくつか反論できる。

自殺率の国際比較


こちらのページに自殺率の国際比較があるんだけど、日本の自殺率ってのは、国際比較すると、とても高い。世界で、もっとも裕福な国なんだけど、自殺率はとても高い。日本より高いのは、東欧諸国だとかロシアだとかだ。


それから、日本よりも明らかに経済状態が悪く、経済的には非常に困っている国々のほうが、ずっと自殺率が低かったりする。


「貧困」だと「人は絶望して自殺する」っていうのは、自殺率の国際比較を見ると、納得しがたい。どうも、自殺というのは、その国の文化や風土なんかと強く関係していて、その国の貧困率と密接に関係があるというものではないようなんだ。


無論、日本では、自殺と失業律の間に何らかの関係があるじゃないかって、データもある。

失業者数・自殺者数の月次推移

例えば、これだ。月次推移をみると、失業者数と自殺者数の間には、何らかの関係があるんじゃないかって風にも見える。失業者数があがると、自殺者数があがる傾向がみてとれるからだ。


ただ、やはりこれでも、失業者数が98年から03年にかけて緩やかに増えたにも関わらず、自殺者数事態は、横ばいだったって傾向はあるわけだ。


日本では、無職の人の自殺がとても多い。


これらの事をかんがみると、むしろ、日本における自殺というのは、失業が原因というより、「失業した奴なんて価値がない人間だ」ってある種の風潮が原因なんじゃないかって僕には思えるわけだ。


で、なんだけどね。


僕は、今回の事件を引き起こしたのは、「若者の就業不安」だとか「派遣と正社員の格差の問題」だとは思っていない。たしかに、どちらも大変な問題だ。だから、それらについては、僕も色々と考えを述べてきたわけだけどね、このブログでも。


でも、今回の事件は、それが原因じゃない。


なんでそう言い切るかってのは、理由があってね。


まず一つ目は、暴力犯罪が起こった理由を、「失業が悪いんだ」って形で責任転嫁するのは、疑問ってこと。これは、今まで述べてきたことだけど、失業が直で引き起こすのは、普通、窃盗とかのレベルだ。あるいは、むかついた上司を殴るとか、勤め先の悪口を言いふらすとか。「金に困って盗みを働きました」レベルまでは、ある程度は、乗除酌量の余地がある。窃盗犯に、まともな職を与えない社会や、社員に抑圧的に接する会社文化にも責任がある。


だけど、暴力犯罪については、全く話が別だ。殺人や強姦は、失業だとかを原因にしていい問題じゃない。やはり、これは起こした犯人自身の問題だ。どんなに金銭的に困っても、失業してても、将来に希望がもてなくても、食うに困ったとしても、無差別殺人や強姦しても、何の解決にもならないからだ。


今回の事件の犯人のやった事を、「拡大自殺」、つまり「確実に死刑となるために凶悪犯罪を起こす」だったと見ることもできる。だが、これは自殺と同じように貧困が問題というより、社会的な風土や文化とかの要因のほうが強いと思う。貧困なのが問題じゃない。貧困な状態をものすごい恥だと思ったり、自分に価値がないと思わせてしまう社会規範のほうが問題だって事。


で、二つ目になるんだけど、僕が今、一番、心配しているのはこっちだ。ネットを中心として、今回の事件の原因を「派遣制度」に求めている人達がいる。


たしかに派遣と正社員の格差問題は問題だ。僕も非常に問題視しているし、この問題については、今まで何度か意見を述べてきた。


問題なのは、この「派遣制度」について、今後、どうなるかだ。


そして、今回のケースで、非常に誤った方向に進んでしまいそうな気がするのだ。


ちょっと前、構造計算書偽造問題 - Wikipediaって問題があった。


これのせいで、建築に関しては、非常に不信感が高まって、建築業界は打撃を受けた。だけど、その後、さらに問題がおきた。国がその後に作った規制制度が、あまりに厳しすぎて、建物建てるのが、とんでもなく難しくなってしまったのである。


建築業界の市場規模は、日本のGDPの10%に及ぶから、その影響もひどかった。GDPを押し下げる主要因の一つになって、現在の日本の景気の悪化に一役かう羽目になってしまったんである。(人によってはサブプライム並に酷いって人もいる)


稚拙な規制ってのは、この手の問題を引き起こしやすい。あの時も、世論が盛り上がって、建設業界をたたきにたたいたので、政府としても対策を取らざるをえなかったんだろうけど、出てきた結果は、考え得る限り、最悪の結果だった。


で、なんだけど、僕が懸念しているのは、今回の件で、「日本で派遣を雇うのは、後々の事まで考えると損だ」と企業サイドが判断したケースだ。「派遣制度が今回の無差別殺人事件の原因だ」なんて事になったら、そりゃ、派遣制度を企業は見直さざるを得ないだろう。


この場合、企業がとるであろう選択肢で、有望そうなのが二つあって「正社員を増やして派遣をほとんど切ってしまう」って言う奴と、「日本では正社員のみで生産を行い、あとは全部、世論がうるさくない海外で生産する」ってのがある。


前者の場合、おそらくだが、失業率が上昇する。派遣全員を正社員化できるほどの体力なんて、今の日本の企業にはない。一部の大企業ならできるが、トヨタだって、期間工全員正社員にはできない。だから、正社員にしてもらえる人の数より、派遣制度がなくなって失業してしまう人の数のほうが多くなる。


これは、おそらくだが、日本の犯罪の件数を増やす結果に結びつく。理由は先に述べたように、「失業は窃盗などの非暴力犯罪の増加をもたらす可能性が高い」からだ。


一方で、後者は、当然だが、産業の空洞化と名高いアレを引き起こす。もともと、日本では車が売れなくなってきたわけで、トヨタあたりは、喜んで海外に生産拠点を移すかもしれない。日本国内の派遣使っている工場減らして、海外の工場増やすってことだ。


人件費が安いし、マスコミだってうるさくない所もある。むしろ、雇用を創出してくれるってことで、喜んでトヨタをむかい入れてくれる国さえあるかもしれない。



この二点が、僕が心配する事なんだ。そして、だけど企業がそれをやりかねないんじゃないかと、今、危惧している所なの。


無論、派遣制度の見直しや、労働市場のきちんとした改革は、今の日本には必要だし、それが議論されるきっかけになるなら、今回の事件は構わないし、むしろ、良いことだ。また、今回の事件をきっかけとして、ちゃんと、政府が労働市場と向き合ってくれるなら、それも大歓迎。


ただ、おかしな規制だとか、「派遣制度が今回の事件の根源だ」って意見には、僕的には、反対する。デメリットがメリットを上回りすぎていると考えているからだ。企業サイドが、ウンザリするような対応をとりそうな気がビンビンするから。


だからせめて、「派遣制度が今回の事件の根源だ」って言うなら、その前に、いくつか枕をつけて欲しい。


「今の若者は危険じゃありません。金銭的には恵まれてませんが、笑ってしまうほど遥かに40年前の若者より安定的です。失業したからって盗みを働いたり、人を殺したりする人間はまずいません」って事。


それから「派遣社員は、おちこぼれでも何でもありません。正社員と同じくらいよく働くし、彼らがその地位に甘んじているのは、彼らに能力がないからでなく、運がわるかったというのが多くの場合、最大の問題なんです」って事。


当たり前の事かもしれないけれど、でも、変な方向に規制が向かないようにするには、これはやっぱり大切な事なんだ。


経営者の皆様におかれましては、今回の件で「派遣を雇うは危険だからやっぱりやめよう」なんて絶対に思わないでください。雇用はちゃんと作ってください。お願いします。あるいは正社員を増やして、派遣を減らし、全体として雇用者数が減るような形に結びつくのが良いことなのかどうか、それもご検討願います。


政府におかれましては、きちんと労働市場の問題について取り組んでください。また、この間みたいな、官製不況の原因になるような規制をつくらないでください。


どうかお願いします。
posted by pal at 03:29 | Comment(33) | TrackBack(25) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

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