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2008年03月05日

書評「松下幸之助日々のことば」

まぁ、ここ数日、えらい不評なエントリばかり書いて、読者のみなさんの気分を悪くさせてしまった可能性が高いんで、今日は、もうちょっとポジティブなエントリ書こうと思います。


というわけで、今日は、僕の好きな本「松下幸之助日々のことば」のご紹介です。



なにそれ?って思う人がいるかもしれませんが、現在のパナソニックの創業者、松下幸之助の696の言葉をまとめたモノです。


たったそれだけです。

wikipediaにありますが、


父親が米相場で失敗して財産を失ったため、小学校を4年で中退しわずか9歳で宮田火鉢店に丁稚奉公に出た。



まともな教育なんて、何一つ受けなかった人です。ただ、そんな人だからかもしれませんが、ほんのわずかな言葉で、物事の核心を言い表す能力の持ち主でした。


まぁ、また「マッチョ」の話か、とか思うかもしれませんが、でも、すごくいいことが沢山かいてあるんですよ。しかも、数行の文章で。これ、凄いことなんです。たった数行の文章で、深くて面白い事を述べてしまうんですからね。


うちのブログみたいにダラダラ長くつまらんことを書いたりはしてません。本当に短い。僕、疲れた時とか、よくこの本読むんです。本当に凄い本でしてね。

ほら、名言集とかあるじゃないですか。ネットでもよくあるし、僕も紹介してきましたけどね。


ただね、そういうのって、過去の偉人たちの集大成なんですよね。でも、この本は、松下幸之助の言葉だけです。それだけです。でも、それなのに、本当に面白いんです。名言の宝庫とは、まさに松下幸之助のことをいうんだと思います。


wikipediaにもありますが、


また、「松下はどのような会社ですか?」という問に対し「松下電器は人を作る会社です。あわせて家電を作っています」と答えた。



気がきいた返しだと思いません?こういうのが一杯載ってるんですよ。信じられないほど。




せっかくですから、いくつかお気に入りを紹介させてもらいますけど(ってかね、名言多すぎて紹介しきれないくらいあるんですよ、マジで。)


この本、月ごとの構成になってまして、1月の名言、二月の名言って形でまとめられています。だから、ここでは、三月の名言でお気に入りなのを紹介させていただきますが、


人間はともすれば、うまくいけば自分の腕でやったと思いがちである。それがおごりに通じる。だから、事がうまくいったときは運がよかったと考え、うまくいかなかったときは運がないと思わず、腕がなかったと考えたい。そうすれば、自分の力をあげざるを得まい。

(成功と失敗)



いきなりマッチョイズムかよ!とか思う方もおられるかもしれませんけどね、ただ、やっぱり、これは真理だと僕は思うんです。自分の力をのばす心構えってのは、絶対に人間に必要なものだと僕は信じているんです。



熱意というのは人から教えてもらって出てくるものではない。自分の腹の底から生まれてくるものである。



名言集とかの存在意義を失わせちゃう言葉ですが、たしかにそういうモノです。


商品の価値は、つくる人間より使う人間の方がよく知っている。買ってくれる人に聞くのが一番いい。



これもお気に入りなんですけど、はてなの「50%の状態で出す」じゃないですが、ユーザーの意見をくみ取るのが良い製品作りの近道っていうのは、今も昔も変わらないようです。無論、いくつか問題もあるでしょうが、これはやはり基本の一つでしょう。



順調なときに失敗の原因が生まれ、困難に直面しているときに成功の芽が生まれる。



これもお気に入りなんです。最近のサブプライム問題も、そうでしたけど、経済が好調な時に限って、なんかおかしなことが進行していたりするんですよね。それから、困難に直面している時に限って、何かの新しいモノが生まれてきたりする。不思議なものですけど。終わらない不景気はありません。かならず、再生の時期が来るんです。



人より多く働くことは尊い。しかし、人より少なく働いて、今まで以上の成果をあげることもまた尊い。



働くばかりが能じゃありませんよ、という経営の神様からのお言葉でふ。



天国の良さは地獄に落ちてはじめてわかる。不足を経験しなければ満ち足りた喜びは真に味わえない。



昨日のエントリはこれをだらだら長いこと述べたようなものなんですが。やっぱり、松下幸之助みたいに、20文字くらいでまとめたほうがよいですね。


事にあたって、ある程度の負担や多少足をひっぱられることは最初から覚悟してあたるべきだ。



これもお気に入りです。何するにしても、万事順調にいくなんてことはまずありませんからね。最初から、ある程度の負担や多少足をひっぱられることを想定しとくのが丁度いいんだと思います。



美と醜は表裏一体。美の面にとらわれ、反面の醜を責めるに急なのは、真実を知らぬ姿である。



これ、特に好きな言葉です。美と醜は、一つのコインの裏と表で、結びついているんです。醜いものを責めて無くそうとするのは簡単ですよ。でも、それは醜ものがあるから、美しいものがあるんだってことを無視している。この二つは、同じコインに刻まれているんです。



自分の意志によって何でもできると考えれば、必ず迷いが生じ苦難に陥る。心すべきことである。



これ、五月の言葉なんですが、好きな言葉なんでついでにご紹介。あのですね、僕、あんまり努力って言葉が好きじゃないんですよ。いやね、時々、僕も使いますけどね。


ただね、努力って言葉の裏側には、「頑張れば自分の意志によって何でも出来る」っていうある種の傲慢が感じられて、どうにも好きに慣れない部分があるんです。


この社会は、専業化と分業が進んでいるわけです。皆さんの生活に必要ほとんどのモノは、他人が作ったモノです。


我々は、生きていく上で、「他の人が私に必要なものを作ってくれる」っていう暗黙の了解の下で生きているんです。そういう信頼が、分業と専業化を支えているんです。


貴方一人の力で出来ることなんて、どんなに努力しようがたかがしれているんです。



他人と分業し、自分で出来ることをして、初めて、人間ってのは、一人でするよりも遙かに大きい事を成し遂げられるんです。そこを忘れてはいけないってね。


だから、富を生み出すのに重要なのは、努力よりも、分業や協業、専門化なんだと僕は思っているンです。自分の意志で何でもできるとか、自分の地位があるのは自分が努力したからだとか思うのは、思い上がりも甚だしいって思うクチなんです。


自分一人で何でもできると思って、何かに挑めば、ほぼ確実に失敗するし、貧乏になります。


貴方が成功できたとしたら、それは、色んな人と分業して、優れた成果を生み出せたからに他ならないんです。今の社会ではね。そこが重要なことなんです。一人で出来ることなんてたかがしれているんです。



あと、ついでに、5月のことばの最後についている松下の話がお気に入りなんで、ご紹介しておきます。
利益だけでは動かない

 たとえば、ライオンに肉をやる。おまえの与え方が悪いから、おれは食わん、というライオンはいませんわな。とにかく腹がへっていればかぶりつく。それを十回ほどくり返していれば、顔を見せるだけで、ハハー、これはいつもわしに肉を人だなぁ、となついてくる。

 ところが人間はそうはいきませんね。与え方によっては、「けしからん、そんなもの食えますか」と、こうなります。考えようによっては人間ほど厄介なモノはありません。しかし、これは、ある一つの正義感とか、正義とかね、そういうものと合わせて与えれば、それは成り立つことだと思うのですよ。人間は利益で動く面と、利益だけでは動かないという二つの面をもっていますからね。

 まぁ、人間の心というものは複雑微妙というか、いわば千変万下の様相を呈しているものです。そして、そうした複雑微妙な心を持った様々な人によって成り立っているのがこの社会です。ですから、われわれはまずよくこの人間の心、人情の機微というモノをしらないといけませんね。そこから、よい人間関係も明るい社会も生まれるのではないでしょうか。




ついでに、ですが、昭和43年の発刊以来、累計400万部を超えているビジネス版バイブルである





も紹介させていただきます。これも、まぁ、定番っちゃ定番なんて、読んだ事がある人のが多いとは思いますけどね。松下幸之助のエッセイですけど、これはビジネスに関わる人間だったら読んだほうがいい。とにかく、含蓄が全然違う。


ビジネス書では、やっぱりね、8歳から商売に関わってきた人の言葉ってのは違うんですよ、レベルが。


そんなんで、読んだことのない人は、是非読んでみてください。これは本当に面白い本です。昭和からずーーーーっと読み継がれている理由は、読めばわかります。


これこそ、ビジネスのすご本ですよ。絶対に時間の損にはなりません。


あ、ついでに、もう一つ、この話も、「日々の言葉」からご紹介させていただきます。最近の流れで、ですけど。


幸せな時代

 現在は一面生きがいを求めやすい時代だと思います。昔に比べたら、ずっと生きがいが見つけやすくなっている。たとえば、江戸時代なら、士農工商という身分がきっちり決まっていましたね。サムライの家に生まれればサムライになる、町人の家に生まれれば町人になる、というようにどういう道に進むかは最初から決められていた。選択の余地はなかったわけですよ。そういう状態の中では、自分のやりたい事をやるとか、適正を生かすということはむずかしかったと思うんです。

 ぼくの少年時代には、もうそういった身分制度はなくなって、各人がそれぞれ志を持って道を求めることがしやすくなっていました。けれど、今のようなことはなかったですね。職業一つ選ぶにしても、限られた範囲でしかなかった。今は職業にしてもさまざまなものがありましょう。ぼくなど、名前を聞いただけでは分からないようなものも多いですが、とにかく非常にふえてきた。

 また、高校、大学へも、行きたければ行くことができますし、自分のすすみたい道、あるいは自分のやりたいことが自由に選べるわけです。

 そういう意味で、現在は生きがいを見つけやすい時代だと思うんですよ。今の若い人たちは実に幸せな時代に生きていると思います。



もひとつ。


百万円もらって不足をいう人もあれば、紙一枚もらって喜ぶ人もある。後者は心の豊かな人だと思う。
posted by pal at 01:53 | Comment(5) | TrackBack(1) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年03月03日

努力しても決して幸せになれない理由

せっかくなんで、この話もしとこう。


というか、ひとつ前のエントリで、就職氷河期の話にのってしまったんで、この話もせずにはいられないんでね。


昨日のエントリを書いた後に、色々とフィードバックを頂いた。それで、考えていたんだけど、結局のところ、一つの結論には達した。


つまり、資本主義は、心の底から、みんなに嫌われている。これほど嫌われている主義思想はないという結論だ。


前回のエントリでは、資本主義の非人道性について書いた。その性質上、「誰かが負けないといけない」って話と、「群れで一番弱い犬には過酷な運命がつきものだ」って話だ。


確かに、そうなんだ。これは、資本主義がもたらす副作用の一つだ。だが、ちょっともう少し、マクロな視点で世界を眺めてみれば、別の見方が出来る。今日はまず、その話からしてみたい。



http://www.globalrichlist.com/


まずはこのサイトに行って、このサイトで、yenに貴方の年収を打ち込んでもらいたい。そうすると、貴方が全世界で上位何%に入る金持ちかがわかる。


打ち込むのも面倒くさいって人のために、参考までに述べておくけど、年収300万円でも、上位9.44%になる。


たぶん年収三百万円の人は、自分なんて、底辺クラスだと思っていると思う。日本という国でみれば、それは正しいかもしれないけれど、全世界的にみれば、とんでもない金持ちなわけ。これは現実なの。


日本がどれだけ金持ち国家かわかるよね、これで。そして日本人がどれだけ金持ちかも。底辺の労働者ですら、世界の上位10%なわけ。


そもそも、年収10万円でも、TOP 49.22%に入っちゃうの。これが世界の現実。世界の半分くらいの人は、一日2ドル以下で暮らしていて、テレビもなければ水道もなく電気もなく、当然、ネットなんてない暮らしをしているわけ。


明日食べるパンの心配をしていたり、明日どうなるかわからない、そんな人達が世界に30億人くらいいるの。


それと比べれば、日本ってのがいかに富んだ国かわかると思う。この国に生まれたというだけで、我々は勝ち組なわけ。


じゃあ、格差の話に移ろう。ビル・ゲイツの資産はおおよそ10兆円あって、2位のウォーレンバフェットは4兆円くらいある。二人合わせれば14兆円だ。


この資産は、全世界の人口の下位50%の全資産にほぼ匹敵すると言われる。たった二人の人間が、世界の半分の人間が持っている富の量と同じくらいの富を所有しているってわけ。


これをどう思う?


誰だってこう思う。「不公平だ」ってね。


ビル・ゲイツとバフェットの資産を没収して、そして彼らの資産を恵まれない人々に分配すれば、きっと、世界で30億人くらいの人々の生活を改善できるだろう。


ちょいと正確にいえば、14兆円あれば、1日1ドルを10年間、30億人くらいに配ることができる。10年くらい、貧困な人達の暮らしはかなり改善されるだろう。


だが、それが、本当に、この世界から貧困をなくすことに役立つと思う?


もっと言えば、本当に格差が憎くて不平等が許せないというなら、アメリカ人と日本人は稼いだ金をそういう地域におくってあげるべきだ。資本主義に反対し、不平等を許せない人達は、得に。


そういう考え方には、僕は反対はしない。ビル・ゲイツがやろうとしていることにも、反対はしない。ただ、僕は、そういうことをしても、長期的には何の役にも立たない可能性が高いと思っているの。


もうちょっと、範囲を狭めて考えてみよう。日本でもっとも裕福な人々の財産を奪って、それを貧しい人達に配れば、日本から格差が消えて、本当に豊かな暮らしが実現されるだろうか?


僕は、これっぽっちもそうは考えない。


理由は二つある。一つは、経済学的な理由で、もう一つは、人間という生き物の心理に深く根ざした問題だ。


まず、第一に、一つの面白い話をしよう。富を公平にばらまくのは、非常に道徳的なこととされる。ロビンフッドとかネズミ小僧をみればいい。金持ちから盗んだ金を貧乏人に分け与えるのは、洋の東西を問わず、非常に道徳的なこととされているんである。


だが、それを国家規模でやるのは難しい。しかし、金でなくて、資源でならいくつかケースがある。たとえば、石油などの天然資源だ。豊富な天然資源を国有化して、それから得られる利益を平等に分配すれば、ものすごく国民全員が豊かになれるはず・・・・だった。しかし、現実にはそうはいかなかった。


グリーンスパンの自叙伝「波乱の時代」にこんなエピソードが載せられている。下巻の13ページからだ。


天然資源が豊富だと、「オランダ病」と呼ばれる問題をかかえて経済が低迷する危険がある。
(中略)
オランダ病にかかるのは、資源の輸出が好調になり、その国の通貨が高くなる場合である。通貨高になれば、他の輸出産業は競争力が低下する。
(中略)
「10年後、20年後には分かるだろう。石油が我々の破滅の原因になることが」。この言葉は、ベネズエラの石油相で石油輸出機構(OPEC)設立者の一人、ホアン・パブロ・ベレス・アルフォンソが1970年代に語ったものだ。まさに的確な予想であり、この予想通り、OPEC加盟国はほぼすべて、原油で得た富を使って石油と関連製品以外の分野に経済を大幅に多角化することに失敗している。天然資源で得た富は、通貨の価値をゆがめるだけでなく、社会にも悪影響を与える。苦労なく簡単に富が得られると、生産性が伸びにくくなるのだ。



何度も繰り返してきたけど、国民の生産性が伸びれば伸びるほど、その国は豊かになれる。つまり、生産性を高めることは、その国、国家、他の人々への最大の貢献なんである。逆に、生産性が低ければ、その国は貧しく、低い生活水準を享受せざるを得ない。


そして、生産性を上げるために、もっとも効率的な方法は何か?というと、みんなが大嫌いな競争なのだ。勝者と敗者を容赦なくわかつ方法だ。


では、なぜ、競争が生産性をあげるかというと、競争が起こると、各個人は、それぞれ、自身の生産性を高めようとし、結果として専門化と分業という手段を取ることが多いからだ。


実際問題として、日本人の多くは、競争に勝ち抜くために、ある程度の専門知識を身につけようとするし、分業を受け入れている。


専門化と分業は、生産性を押し上げる重要な要素だ。この二つは、競争に晒されると、凄い勢いで推し進められる。



そして、競争による淘汰圧によって、生産性が押し上げられると、結果的にだけど、国が豊かになる。国が豊かになれば、社会的な利益が増大するんである。



現実的な話をすれば、競争に晒され続けた資本主義国は、不思議なことに、繁栄した。物質的な豊かさは上昇した。日本でいえば、底辺と言われる年収300万円クラスでも、PCもってインターネットしている人が多数いる。競争が激しかったのに、日本人の平均年収は伸びて、娯楽は増えて、最底辺の人達まで、最先端のテクノロジーであるPC(途上国からみれば)を使っていたりもする。


それは、社会全体での生産性が伸びたからだ。これこそが、資本主義が繁栄し、勝ち残った理由なんである。


そして、豊富な石油資源がある国々が、繁栄しきれなかった理由でもある。簡単に富が得られるので生産性が伸びにくく、そして、国からの様々な特典を享受できるので、働く意欲が薄くなってしまうのだ。これが石油の呪いと呼ばれるものだ。


グリーンスパンは、これを著書で非常に簡潔な言葉を使って説明している。そして、実際に、それを歴史が裏付けている。世界の富は、ここ100年で増大した。主に資本主義の国々で。そして、乳幼児死亡率は下がり、貧困は減り(必ず敗者を生み出す資本主義なのに)、平均寿命は延び続けて2倍になった(競争が絶え間なく続くのに)。このあたり、詳しく知りたい人は、グリーンスパンの著書を読んでみてくださいな。


グリーンスパンの伝記から、もう一つ引用させていただくが、


アフリカ西海岸近くの小島からなる小国、サントメ・プリンシペの領海内で大規模な油田が発見されたとき、その開発についての反応が複雑だったのも不思議だとは言えない。フラディケ・デメネザス大統領は2003年にこう語った。「私は国民に「オランダ病」「原油価格の不都合な真実」「石油の呪い」と呼ばれるものを避けると約束した。経済統計によれば、原油資源が豊富な開発途上国は資源に恵まれていない国と比較して、GDP成長率があきらかに低い。社会指標をみても、平均を下回っている。サントメ・プリンシペは、この豊富さの逆説を避けるつもりだ」



このように、豊富さの逆説を避けることで、自国を豊かにすると宣言した、大統領の決断は、とても正しいの。長期的にみれば、だけどね。


歴史的にみれば、小国で、経済の規模が小さい国家に豊富な天然資源が見つかると、しばしば、その国家と国民を逆にやっかいな立場に追い込んできた。


で、なんだけど、この話を僕がしたのは、競争がいかに、国家と人々を豊かにするかって話をしたいからなわけなのね。現実的には、競争することで、社会全体の物質的豊かさが上がるの。


もし、貴方が、もっと物質的に豊かになりたいなら、その為に出来る方法は、一つしかない。まじめに競争して生産性をあげること。それが、一番、社会に貢献することだし、結果的に社会全体を豊かにしていくってわけ。


で、ここまでが前振り。


ここまでは、競争して、生産性を上げて、より沢山の財やサービスを個々人が生産できるようになることこそが、物質的に豊かな社会を作る唯一の道だって話をした。ルールに則って競争し、生産性を高めることこそ、社会への最大の奉仕なの。


そして、それこそが資本主義だってこと。物質的に豊かな社会を作ろうとしたら、これほど優れた方法はないの。


けど、だ。


それでも、なお、資本主義は人気がない。


世界の寿命を延ばし続けているのは何だ?答えは資本主義。

世界から貧困を少なくしているのは何だ?答えは資本主義。

世界の生活水準をあげているのは何だ?答えは資本主義。


過去、どんな宗教、思想、哲学、そして体制も成し遂げれなかったことを、資本主義は成し遂げたの。資本主義の300年にわたる歴史で、人類は飛躍的に進歩した。進んだ資本主義国では子供たちは飢えと貧困と過酷な労働から解き放たれた。女性は、信じられないほど地位が上がった。妊娠を自分でコントロールする権利を得て、沢山の財産をつくることも出来るようになった。男性に頼ることなく。


それでも、なお、資本主義は人気がない。大多数の人から嫌われている。なぜだろう?成果だけみれば、過去、どんな時代に生まれたいかなる思想・主義よりも優れた結果を出し続けてきたのに?


答えは、どうやら、人間自身の心理の中にあるようだ。


たとえば、日本の実質GDPは、1960年と2008年を比較すると、およそ6倍に増えている。これは、日本人の生産性がそれだけ高まったからなんだけど、じゃあ、日本人の満足感、幸福度は、6倍になっただろうか?


たぶん、そうでもない。というか、絶対にそんなことはない。むしろ、昔はよかったなんて回顧する人のが多いかもしれないくらいだ。


なぜ、物質的豊かさがあがっても、日本人は、それと同じペースで幸福になれないんだろう?なぜ、日本人は、世界でもっとも豊かな人々の範疇に入るのに、こんなにも不幸だ不幸だと騒ぐ人が多いんだろう?


どうも、その答えは、人間の、とある心理に根ざしているようだ。


現在の先進国の若者にとって、将来の経済的安定性というのは、どうやら、過去の存在となっており、暗黙の必要条件は、世間の注目をひくことによって得られる「自己満足の追求」になっている、という指摘をどこかの本で読んだ。


グリーンスパンも、ここが問題だと述べている。ちと引用するけど、



繁栄が広がれば、あるいは繁栄が広がるからこそ、猛烈な競争や変化によって、自尊心の源泉である現在の地位が脅かされるのを恐れる人が多くなる。幸福度は、物資的な豊かさそのものよりも、対等だと思える周囲の人や同僚や目標とする人の豊かさと比べてどうか、といったことにはるかに大きく左右される。



つまり、だけど、幸福度は、かなりの部分で、相対的なものだということだ。衣食住の心配について、先進国の人々は、かなり心配しないですむ。少なくとも、途上国の人々みたいに、明日のパンの心配をして眠るようなことはない。


つまり、衣食住が満たされてしまうと、幸福度は、他者との相対的な差異によって規定されるってことだ。グリーンスパンは、もう一つ、面白い話をしている。


ハーバードの大学院生に、自分の年収が5万ドルで、同僚の年収がその半分の場合と、自分の年収が10万ドルで、同僚の年収がその倍の場合、どちらが幸せかと聞いたところ、大多数が前者を選んだという。この逸話を最初に読んだ時は一笑に付した。だが、奥底に眠っていた記憶が蘇った。ドロシー・ブレイディとローズ・フリードマンが行った1947年の興味深い研究である。



ハーバードの大学院生だから、さぞ、みんな合理的だと思うかもしれない。だが、この逸話が本当だとすると、彼らは、合理的であるというより、人間的なようだ。つまり、絶対的な富の量でなく、他者との相対的な差異によって、自分の幸福度を決めているんである。


その後の、彼の話も耳を傾ける価値がある。


「データが示すように、人間は誰しも他人の収入がどれだけあり、どれだけ使っているか気になるものなのだ。たとえ友達であっても、序列を競うライバルでもある。」


これは、大抵のひとが、同意してくれると思う。


「国の経済が発展し、所得が上昇するに従い、個人は目に見えて幸福になり、ストレスを感じなくなるものだし、富裕層は、所得階層の低い世帯に比べて、おおむね幸せであることは、調査によって示されている。」



これも事実。大抵の場合、所得が多い方が幸せであると言える。だから、生活水準は重要なのだ。





「だが、人間の心理では、生活水準が上昇したことによる当初の喜びは、贅沢が地位に見合うようになると、たちまち消えるものだ。新たな水準がすぐに「普通」だと認識されるようになる。充足感は、一時的なものなのだ。」




しかし、それでもなお、努力して競争し、生活水準をあげ、最後には富を得ても、やっぱり幸せには必ずしもなれないのは、どうやら、このせいのようだ。つまり、喜びは永続せず、新たな水準が普通になってしまうのだ・・・・。



今の我々が、世界でもっとも、豊かな国に住み、高い生活水準を誇り、充実したインフラに囲まれて生きているのに、幸せになれないのは、ある意味では、このせいなのだ。


つまり、幸福が相対化してしまっている。誰かと比べることによって、幸福の大きな部分が規定されてしまうのだ。勝ち組、負け組なんて表現はその典型で、誰かと比べることによって、その人が幸せかどうかが決まってしまう。


つまり、だが、自分より「劣った人々」が沢山いないと、その人は幸せを実感できにくくなっているんじゃないかってこと。


考えるだけでおぞましいけど、でも、どうも、それが真実のような気がするわけ。


だから、資本主義は嫌われる。なぜなら、それは敗者を生み出すからだ。そして、現状、どうも、先進国の人々は、相対的にしか幸福を感じられない世界にいる。


つまり、自分よりおとった人々がいないと、幸福を感じられないという悪夢のような精神世界にいるんじゃないかってこと。そして、相対的な敗者になると、とても不幸に感じるマインドを発達させているらしい。たとえ、先進国に生まれたとしても。


これが、努力をしても決して幸せになれない理由じゃないかって話。


幸福が相対化した結果、自分より「劣った人」がいないと幸福を感じられないという素晴らしい物差しで幸福が決定されるようになった。


である以上、重要なのは努力じゃないんだ。


多くの場合、人が幸福になれるどうかは、周りに貴方より相対的に劣った人がどれだけいるかで決定されるんだ。


貴方の周りに貴方より優れた人しかいない場合、貴方は不幸せになり、劣った人間しかいなければ、貴方は幸福になれるってわけ。


そんなおぞましい話。もっとも、これはグリーンスパンによれば、ソーンスタイン・ベブレンって人が1899年に「有閑階級の理論」って中で似たような話を書いてたらしいけど。個人の財やサービスの購入は、「隣人に負けないように見栄をはる」ことと結びついているってね。


まぁ、適当な話なんで、あんまし鵜呑みにはしないでください。


とはいえ、アラン・グリーンスパンの「波乱の時代」は本当に面白くて勉強になるので、是非とも読んで欲しい本。今日書いた話なんて、グリーンスパンの受け売りがほとんどです。ようするに書評的あさましともいいますが。

でも、ほんとに、自叙伝という域を超えて、経済学の初歩的な教科書として、また金利について勉強できる本としても使えるくらい、いい本なんです。考えさせられることも多いと思う。是非、読んでみてください。




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2008年03月01日

就職氷河期と資本主義

いやね、この話題のるかそるか考えて、結局、のることにしたわけですが、

2008-02-27 - reponの日記

この猛烈なパワハラエントリから始まって、


小市民も幸せに暮らせる社会へ - 雑種路線でいこう


氷河期の猛吹雪にズダボロに引き裂かれた人々と、グングン成長して人生を謳歌した人たち - 分裂勘違い君劇場


楠さんと分裂君が反応して、


その彼らに思い切って聞いてみればいい。「なんで僕にこんなひどい仕打ちができるんですか」って。

君の年収分を賭けてもいい。彼らにはそんな自覚ないから。それどころか彼らは彼らで「俺たちがこんなに一生懸命やっているのに、なんであいつは足を引っ張るんだ」、と思っているから。


小市民の敵は、小市民



で、弾さんがこう反応してきたんだけどさ。


この手の就職氷河期の話は、そこいらで散々、話合われてきているから、みなさんも飽き飽きしているだろうけど、まぁ、聞いてくださいよ。


あのね、就職氷河期の話になるんだが、これが時々、成果主義とか市場原理主義のせいだと言われることもあるんだけど、これは間違いなのね。


なんでかって話になるんだけど、まず、マクロな話になるんで、退屈な話かもしれないけど、日本って、正社員を簡単に解雇できないのよ。労働法の関係上、簡単に首切れない。


で、なんだけどね。一部のエクセレントカンパニーって会社は、コストに占める人件費の割合が低く、景気循環の影響を受けにくい。こういう会社は、法律で守らなくても、労働者をとても大切にあつかう。


なんでかって?だって、コストに占める人件費の割合が低いんだから、コスト削減の際に、まずリストラって形を取らないで済むし、景気循環の影響を受けにくいなら、景気後退にリストラをせずにすむから。


アメリカや日本で、エクセレントカンパニーって呼ばれる会社の多くは、こういう特徴を持っている。あるいは、かつては持っていたわけ。


だから、アメリカでいえばIBMやコダック、今の日本企業でいえば、任天堂とかね。こういう企業はとても従業員を大切にできる。なぜなら、彼らの財務体質がそれだけ強靱だからなわけ。経営者が人徳者だからじゃないの。きちんと裏付けがあったから出来たの。


けど、大部分の企業は、現実にはそうじゃない。大抵、コストに占める人件費の割合は大きいし、それから、景気変動の影響を受ける事業を行っているわけ。


そういう企業は、どうしたって、不況になったら、人員削減をしないといけない。リストラせずにすませるなんて、そういう企業には不可能なの。終身雇用なんて、こういう企業には構造上できるはずがないの。たとえば、トヨタなんて、本来、終身雇用なんて出来るはずがない。


でも、日本の大企業のいくつかは、今でも終身雇用的なシステムを取っているところがある。なぜ、そんなことが出来るのか、考えたことはある?


理由は、ぶっちゃけると、外部に切り離し可能な労働人口を抱えているからなわけ。


いわゆる派遣労働、期間工、フリーター、全部そうなんだけど、こういった人達は、全員、企業が人員カットを行わないといけなくなった場合に、最初に削れる人員として、最初から雇われているのね。先にも述べたけど、労働法の関係上、日本じゃ、簡単には労働者をリストラできない。でも、不景気になったら、リストラしないと、コストの関係上、どうしようもない企業がある。


そういうリスクを負っているのが、こういう層なわけ。派遣、期間工、フリーターは、最初にクビにされるリスクを負わされている。一方で、まぁ、景気が過熱してくると、一番最初に賃金があがるのもここなんだけどね。(労働市場が流動化しているから)そして、景気が良くない時は、失業しているか、もしくは給料が超低い状態で我慢しないといけなくなる。もし、そうなっていないなら、どこかおかしな所が、市場に存在するってことになる。この話は、又別の話なので、おいておくとして。(今、求人倍率が凄いことになっている愛知とかはバイトの時給がうなぎのぼりだとか。)



あのね、問題の根本は、市場原理主義のせいでも成果主義のせいでもない。


日本企業が、労働者のクビを切れない文化、あるいは切りにくい法制度があるってことが根源なの。


俺がいつも不思議に思うのは、クビを切れないのに成果主義なんて導入して意味あるの?ってこと。成果主義のいい点は、身も蓋もないことを言えば、一番できない奴を追っ払って、外部からもっと出来る奴と、とっかえることでしょ?


ところが、これが日本じゃできない。


もともと、仕事ができない人は、会社にしがみつきやすい。それなのに、そういう人が年功序列で偉くなってしうまうのが、日本株式会社の問題の一つだった。かつては。


出来る人はもともと実力があるんだから転職して、もっといい企業にいってしまう。結果、会社は、無能な連中の固まりになるってピーターの法則じゃないが、そういう悪いサイクルがまわってしまう可能性がある。


何度も言うけどね、問題の根源は、成果主義でも市場原理主義でもない。日本企業がクビを切りにくいのが問題なの。降格が起こりにくいことも、問題を促進してしまう。


クビが切りにくく、降格が起こりにくい場合、企業内では、そのしわ寄せが、平社員と派遣に代表されるような、外部の労働人口に寄せられちゃうのよ。


何故ならって、クビ切りにくいんだから、正社員を一気には増やせない。景気悪くなったときに、人を増やしすぎると、困ったことになるからね。


けどね、企業は景気のいい時とか忙しい時は、仕事量が増えちゃう。仕事量が増えたら、人増やすか、個々人の生産性をあげるか、あるいは地獄のような残業させて乗り切るかになる。


今の日本では、正社員増やすのは難しいし、生産性はすぐにあがるもんでもない。結果として、残る選択肢は、地獄のような残業地獄になるわけだ。


もともと、正社員ってのは、派遣などに比べて、労働市場の需給関係から、給料がすぐにあがったりはしない。解雇されにくいのと、福祉とかのサービスとの引き替えでそうなっている。


だから、企業にとっては、安い賃金で長時間労働させるには、正社員のほうが都合がいいわけ。で、その結果として、猛烈な長時間残業させられているのが、今の日本の正社員となっているわけ。場合によっては、サービス残業地獄な人もでる。



派遣に代表されるような外部労働人口がかぶるのは、もちろん、首切りリスクだ。会社の業績が悪くなったら、すぐに、人件費をクビ切れるように、外部労働人口を整えておいているんだからね。


で、僕がいいたいのは、どういう事かっていうとね。


あのね、結局の話、この問題の根っこはどこか?っていうと、根っこはね。見もふたもないが、「労働者を幸せにしてあげよう」と考えて作られた労働法そのものにある欠陥だって事。


特に、「労働者のクビを簡単には切れないようにする」ってとこだ。誰だって、失業は嫌なもんだ。だから、こういう風な形の法律が出来た。そこまではいい。


ただ、現実には、企業の多くは、その時々に合わせて、労働人口を拡大させたり、縮小させたりしないといけないのに、そういったダイナミックな企業活動が、この法律のせいで、かなりの部分、制限されてしまった。


その結果として、ゆがみが生まれてしまった。


正社員の過酷な残業地獄、大量の外部労働人口と正規社員の格差の問題だ。


結果としてだけどね。「正社員のクビを切りにくくする(労働者を守る)」って法律は、上手く行かなかったの。失業にふるえる人が多かった時代であれば、誰もが望んだものであったかもしれない。でも、現実には、それは機能するはずもないシステムだった。長期間、それが維持されてきた事は、ある意味では凄いことなんだけどね。


日本やドイツでは、それがかなり長期間維持された。今でもそうだけどね。で、なんだけど、じゃあ、市場原理主義のアメリカみたいにすれば、いいのか?って話になるけどさ。


そうするってことは、アメリカみたいに、出来ない奴はクビにされる。これは容赦なく行われる。パワハラが起こる以前に、生産性の低い奴は、次から次へとほっぽり出される世界になる。


残酷なことを言わせてもらえば、どういう形にしろ、「群れで一番弱い犬には過酷な運命がつきものだ」って事。日本型のステークホルダー資本主義にしろ、アメリカ型の株主重視型の資本主義にしろね。


日本型経営ってのが一時、もてはやされた。終身雇用と年功序列。でも、そのシステム事態が問題があるってことを失われた10年は明らかにした。


社内のステークホルダーには、残業地獄。社外の労働人口には首切り格差地獄ってね。


アメリカ型経営は、残業は少なくなるし、パワハラみたいなのは、少なくなるだろう。何故なら、必要なら、人を増やせばいいだけだし、必要なくなったら、即クビを切ればすむ話だから。「出来ない奴をなじるよりクビ切るほうが早い」わけだしね。そして、出来る奴と出来ない奴は、容赦なくふるい分けられて行き、格差は当然拡大する。


残念だけど、現状、理想的な資本主義ってのは存在しない。なぜなら、資本主義ってのは、その性質上、「誰かが負けないといけない」からだ。勝ち負け競争の世界なんだから、どうしてもそうなる。勝者と敗者を容赦なくわかつシステムなんだからね。


クビ切られるのが嫌で、労働者を保護しても、結局、誰かが負けなくてはならなかったってわけ。それが資本主義なの。


でも、それこそが、資本主義が社会主義にシステムとして勝利した理由でもある。


何故なら、常に、技能をもたない、教育をうけていない人々を最も弱い立場に追いやるのが資本主義だからだ。キリギリスには、常に過酷な運命しか待っていない。


だが、一方で、働いて貯蓄し、投資を行い、何か新しいものを生み出していくことが出来る人々に報酬を与えるのが資本主義であり、新しいものを生み出したアリには報酬が与えられるのが、正当な資本主義なわけ。


古いモノを壊し新しいモノを絶えず生み出し、世界を改善していく力こそが資本主義が社会主義に勝利した理由なの。


でも日本は、必ずしもそうじゃなかった。


失われた10年を生み出した決定的な原因の一つに、不良債権の処理で日本が迷走したことがある。最近、読んだ記事の中でお気に入りのフレーズを使わせてもらえば、「考えうる中で最悪の手段を使って」、日本はデフレを悪化させ、不況を長引かせ、経済をズタズタにしてきた。


この間のグリーンスパンの「私の履歴書」にこんな話がでてくる。

宮沢元蔵相との会話でよく覚えているのは、邦銀の不良債権問題を巡る議論だ。80年代末に米国でも同様の問題に直面したが、私はその時の解決法を詳しく説明した。整理した貯蓄金融機関の担保不動産を整理信託公社(RTC)が安値で売り、不動産市場を動かしたことで、米国では問題を早期に解決した。宮沢元蔵相は辛抱強く、笑みを浮かべながら聞いていたが、最後に「それは日本のやり方ではない」と言った。金融破綻や多くの失業者をうむことを意味するからだ、と。



これね、今のサブプライム問題がひどくなれば、遅かれ早かれ、アメリカは、これとにたことをやると思っているの、僕はだけどね。


グリーンスパンは、RTCの理事だった。そして最終的には、RTCは、数百億ドルの不動産を安値で売却した。


そんな事したら、余計不動産が安くなってしまわない?とか思うかもしれない。確かに、短期ではそうなる。だが、長期では違う。


なぜなら、そこで大量の物件が売りに出されたことで、底値が形成されるからだ。底値で買った人は、とてつもない利益を手にすることができる。これもわかりきった話なのだ。


こういう行為をハゲタカとののしる人もいるかもしれない。たしかに、ほめられた行為とは言えないかもしれないけれど、彼らのおかげで、底値が形成され、そして不動産市場では、再び、価格の上昇が起こったんである。


一人が大もうけすれば、我も我もと、投資家が二匹目のドジョウを狙って飛び込んでくるからだ。


しかし、この方法は、劇薬だ。このS&L危機では、アメリカだけで、1500の銀行が倒産したし、失業者も大量にでた。だが、一方で、アメリカは日本のような長期間の停滞には陥らずにすんだ。


日本は、これが出来なかった。理由は、悲しいが、宮沢元首相のいった通りだ。失業と金融機関の破綻を日本は受け入れれなかった。


もし、宮沢元首相にもっと政治的な才能と、冷徹さがあったら、自民党をまとめ上げて、総選挙でフルボッコにされる覚悟で、不良債権処理を早期にすませることができたかもしれない。


ただ、それができる政治家が出現したのは、不良債権が雪だるま式に膨れあがった2000年代のことだった。遅すぎたともいえる。小泉内閣になってようやく、不良債権の本格的な処理が行われたからだ。


で、最初の問いに戻るんだけど、要するにね、僕たち自身が政府に泣きついても、これっぽっちも事態は良い方向に向かわないって例の典型ケースが、ある意味では日本だったの。そして、古いものを壊し、新しいものを作ることを怠ってきた。企業は永遠であるっていう、ありえない理念が80年代に流行ったせいかもしれないけどね。


戦後の日本の高度成長は、アメリカの自由主義と自由貿易の恩恵を存分にうけたからで、社会主義に走ったからじゃない。戦後、焼け野原の日本に、新しいシステムを築いたから、日本は成長した。


就職氷河期は、日本の国政そのものの誤りだったのと同時に、我々自身が倒産と失業を受け入れれなかったからでもある。これは対になっている。日本は、古いものを壊して新しいものを作ることを怠ってしまったの。


そして、就職氷河期と、ニートやフリーター、そして派遣の増加は、なにを将来の日本にもたらすかっていうと、日本の低成長と、それに伴う低い生活水準になる。なぜなら、ここ10年、日本って国は、既存の労働者を守る一方で、新卒の労働者を冷遇し、外部労働市場においやるか、フリーターにしてしまったりしたからだ。これは、新しい労働人口への投資を怠ったという見方が可能だから、それはすなわち、将来の低成長、低い生活水準に結びついてしまう。


日本は、こうして、これからの10年のみずから低成長を招う可能性があるわけ。自己実現的に、自らを貧乏に追いやってしまう。実際、そうなってしまう可能性が高いって思ってる。既存の年齢が上でもうすぐ退役してしまう労働者を優遇し、新卒に対する投資を怠ったり、過酷な労働で酷使して使い潰せば、それは将来の低成長へとつながるのは当たり前だから。


誰もがいい暮らしをしたいと思いながら、あやまった方法を選び、自分たちの貧乏を自己実現しようとしている。特に、ここ10年。


僕が、日本型資本主義、時々、ステークホルダー資本主義って奴に、非常にうさんくさい目を向けているのは、このせいだ。


現実的には、アメリカ型の株主型資本主義と同じくらい問題があって、その上、時として、将来の低成長すら招くシステムなのに、未だにそれを称揚するなんて馬鹿げている。


株主型資本主義もステークホルダー資本主義も、道義的には糞の山だ。なぜなら、どちらも、結局のところ、誰かが負けなければならないからだ。


ただし、前者は、畑の肥やしくらいにはなるが、後者は核廃棄物でなんの役に立たないと最近思ったりもする。


最後に僕がいいたいのは、「我々は負けを受け入れる覚悟」と「リスクをとる決意」をする必要があるってこと。倒産や失業を受け入れ、同時にリスクを取って何かを始めることを、もう一回最初から始めないといけない。リスクを取って再挑戦することも時には必要になるのを受け入れないといけない。


負けを受け入れるって事は、古いものがいつかは滅びるってことを受け入れるってことだ。どんなものもいつかは古くなる。そして壊れる。これを受け入れないといけない。


そして、どんなに今いる場所が心地よくても、時には、リスクをとって、新しいことを始めないといけない事があるってこと。日本で、今うまくいっている産業も、30年もすれば威勢を失うだろう。その時のために、新たな産業を育てないといけない。それは楽なことじゃない。でもやらないといけない。プロがアマに戻って、最初からやり直すのは大変だ。でもやらないといけない事でもある。


どちらも、楽なことじゃないのはわかっている。でも、患者にはそれが必要なんだと僕は思う。過去10年と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないから。
posted by pal at 02:35 | Comment(14) | TrackBack(6) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年02月22日

イノベーションのチャンピオン@web2.0といつか来た道

というわけで、久々のエントリなわけですが、今日も尻馬エントリです。


機能やボタンが多すぎ!! 使いにくいUIのデジタル家電が発売されてしまう本当の理由


"Less is more"なもの作りと合議制と



というwa-renさんと中嶋さんのエントリを読んで、書こうと思ったエントリです。バーナンキの話は今日も書きません。すいませんが、なんか書く時期を逃したというか。いつものよーに引用から入りますが、


ズバリ言ってしまうと既存機能に上乗せする企画は通すのが簡単だし、リスクが少ないからだ。

機能やボタンが多すぎ!! 使いにくいUIのデジタル家電が発売されてしまう本当の理由 - キャズムを超えろ!


というのと、

 理想的には、映画の「監督」や建物の「アーキテクト」のようにデザインに関して全権を委ねられる人を一人選び出し、「その人に賭けた」もの作りをするしかないと思うんだが。


"Less is more"なもの作りと合議制と


というとこを読んでいて思ったことなんだけどね。



今まで、「web2.0といつか来た道」ってシリーズで、PCの歴史を振り返ってきたんだけど、今までの奴は、ほとんど海外の話だった。だから、今日は、日本のケースの話をしてみたい。


で、なんだけど、


HD DVD撤退を発表 東芝、3月末で販売中止



先日、東芝が、とうとうHD DVDから撤退を表明した。これで、次世代DVDプレーヤーは、ブルーレイに絞られたことになる。この話については、また今度書いてみたいテーマなんだけど、今日のお話は、東芝の物語でもある。そして、二人の世界的な発明を成し遂げた技術者の明暗にまつわる物語。


その話は、今から20年以上も前の話になる。


一方は技術者の希望の物語であり、他方は技術者の絶望の物語でもある。


最初は希望の物語から始めよう。なぜなら、紹介した記事で、HD DVDからの撤退発表を行った西田厚聡社長は、その話の中核に位置する人物だからだ。


時計の針を20年以上前まで戻すけれど、20年以上前、はじめてPCが世界に登場したとき、それは、すべてデスクトップだった。ここに大穴を開けたのが、1986年に東芝が世界で初めて開発実用化したラップトップ型PC、「j−3100」だった。(実際はT1100なんだけど、東芝が確固たる地位を築いたのは、J-3100から。)


これについては、今はマイクロソフトを退職された古川さんのブログに


インテル殿の動向、と吉田共同社長


というエントリがあって、その最後に、「東芝の溝口さんにJ-3100(赤いプラズマ)のラップトップパソコンを見せて頂き、ビックリしているビルゲイツ君」という写真がる。


これは、すばらしい歴史写真の一つだと思ったんで、紹介させて頂くわけですが、まぁ、古川さんも、ビル・ゲイツも、溝口さんも若い!!ビル・ゲイツ痩せてる!J-3100見たときのビル・ゲイツのびっくりした顔が面白い!


で、なんですけどね、今日の最初の話は、現東芝社長の西田厚聡と、世界に先駆けてラップトップPCを開発した溝口哲也さんのお話なんです。


ちなみに、一番左にいる人が溝口さんね。J-3100の開発者だ。


ラップトップパソコン

ノートパソコン


ウィキペディアへのリンクを貼っておくけど、ノートパソコン(欧米ではラップトップ)の全ては、東芝から始まったといっていい。そのくらい、J-3100のインパクトは大きかった。それから、その後に続いたDynaBook J-3100SSは、198,000円という価格で、当時のPCの世界に価格破壊を巻き起こしたんである。


ちょうど、いまASUSがEeePCでモバイルPCの価格破壊を引き起こしているけど、それと同じくらいのインパクトだった。当時は、だけど。


この凄まじいイノベーションを主導したのが、先に紹介した古川さんとビル・ゲイツと一緒に写真に写っている溝口哲也さんなんである。

http://www.mbco.co.jp/05_news/press_archive/030611.html

こっちに経歴と顔写真がのっている。今は、髪が真っ白になってしまった。(関係ない)


しかし、溝口さんによるラップトップPC(後のノートパソコン)の開発は、平坦なものではなかったんである。今や、ノートパソコンが主流で、デスクトップは死滅しつつあるのが現状なんだけど、当時は、ラップトップPCなんて、所詮ニッチな商品になると思われていたんである。東芝の経営トップに。



溝口さんは、1983年、東芝の研究開発チームと訪米した時、携帯型パソコンというアイデアを構想したそうだ。当時は、IBMがパソコン市場を牛耳っており、マイクロソフトはまだ生まれたての子犬のような存在だった。


そして、東芝のパソコン事業は、当時、岐路にあった。パソコン事業で大赤字を出しており、経営トップは、そこからの撤退を決定していたんである。東芝は、1993年から2000年までノートPCシェア7年連続世界1位だったわけで、信じられない話かもしれないけど、そうだったんである。


当然だけど、当時のトップは、溝口のラップトップPCの構想を拒否した。開発資金を与えなかったんである。大赤字を出しているPC事業に見切りをつけていたのだ。


しかし、溝口は、ここであきらめなかった。この執念の源泉がなんだったのか、それは僕は知らない。知っているのは、彼が、防衛関連のプロジェクトから、資金を流用して、同時に技術者を10人ほど、東芝の青梅工場に移動させたってことだけだ。


これはこれで凄いことなんだけど、巻き込まれた技術者にとってはいい迷惑以外の何者でもなかっただろう。プロトタイプは、24ヶ月で制作されたそうなんだけど、その制作秘話はひどいもんだ。当時の技術では、部品を詰め込めなくなるまで詰め込んで、それでもさらに、詰め込まないとラップトップはできない。

溝口は、ラップトップのカバーをはぎ取って、中にコップ一杯の水を流し込み、そこから、数滴の水がしたたり落ちてきたのを見て、「見ろ、まだ隙間が残っている!もっと賢く働け!」と叫んだそうだ。


まぁ、自分が部下だったらキレそうなエピソードだけど、とにかくも、24ヶ月で最初のプロトタイプのラップトップは完成した。


しかし、東芝経営陣からのラップトップに対する反応は、これまた冷たいものだった。1985年、溝口は、ラップトップを東芝のトップに披露した。ところが、東芝の当時のトップは、ラップトップを「ニッチしか埋められない」製品といって却下し、日本では販売しないように命じたんである。


今から考えると、信じられない愚行だと思うかもしれない。しかし、これが実際に起きたことなんである。デスクトップの次はノートだった。だが、当時のトップは、それを見抜けず、それをニッチ商品と切り捨てたのである。



ところが、彼に、ただ一人、理解を示してくれる人物がいた。現・東芝社長の西田厚聡である。当時は、東芝ヨーロッパの副社長だった。彼は、溝口に、


「プロトタイプを七台作ってくれれば、それをヨーロッパ中で見せて回って、初年度で1万台販売することを請け負う」


と宣言したんである。そして、彼は、その言葉を守った。ラップトップのプロトタイプをもってヨーロッパに帰り、14ヶ月で、1万台のラップトップを完売したんである。


市場は存在したのだ。ただ、目には見えなかっただけで。


その後の東芝の快進撃は、すでに書いた。ラップトップのT-3100はアメリカで大ヒットし、その後、ノートPCという新ジャンルをつくりだすことになるDynaBook J3100SS001が発売されることになった。


青梅工場でのPCの生産は、1986年の月産5000台から、1989年には、月産10万台にまで増加した。結果としてだが、東芝は、ノートPCの市場で1993年から2000年まで世界シェア一位の座にとどまり続けたんである。


西田厚聡と溝口哲也が、東芝のトップについたのは、このイノベーションを主導し、東芝のPC部門を見事に再生させた功績による所が大きい。


日本の東芝本社は、ラップトップの将来性を見限ったが、この二人のみは、違っていた。そして、本社からの抵抗にもかかわらず、ノートパソコン事業を、東芝の軸の一つに育てあげたんである。



 理想的には、映画の「監督」や建物の「アーキテクト」のようにデザインに関して全権を委ねられる人を一人選び出し、「その人に賭けた」もの作りをするしかないと思うんだが。企業の中で一個人があまりに強い力を持つことを嫌い、責任の所在をあいまいにすることに最適化された日本の大企業にはそんなことはできないのだろうか?



中嶋さんのところからの引用だけど、溝口と西田、そして、東芝のラップトップは、必ずしも、大企業の中からはイノベーションは生まれないわけではないという一つのケーススタディとは言える。


しかし、その開発の過程については、中嶋さんの言う通りとしか言えない。


もし、溝口が合議制に従って、ラップトップの開発をやめていたら、東芝からダイナブックは生まれなかっただろう。彼は、ただ一人、ラップトップの可能性を信じて、技術者と金をあつめ、それを開発し、その可能性を信じたもう一人の男、西田が、それを日本でなく、ヨーロッパで実績を示すことで、ようやく経営トップに、ラップトップの収益性を納得させることが出来たからだ。


このように、大企業の中に、小規模なチームが組まれて、イノベーションが起こることは、いくつか例がある。アップルのジョブズが主導したマッキントッシュ開発チーム、世界初のPCを作ったパロアルト研究所の研究チーム、最近では任天堂の岩田社長が、作ったDSの開発チームだ。いずれも、主流の開発チームからは隔絶された場所で開発されたんである。



しかしながら、この溝口と西田の大成功の陰で、東芝では、もう一つの物語が進行していた。ラップトップに匹敵する発明を成し遂げながら、経営陣によって潰された一人の東芝技術者の物語が。


舛岡富士雄という人をご存じだろうか?フラッシュメモリの発明者であり、最近、東芝を相手取って、フラッシュメモリの発明の対価10億円の支払うように訴訟を起こしたので、知っておられる方は、結構いるのではないかと思われる。


これについては、ネットで読めるものとして、


特許を取り開発で勝って事業で負ける理由


という舛岡富士雄による、すばらしい記事があるので、それをお読みいただければと思う。有料の記事だけれど、368円払うに値する記事だ。短い記事だけれど、決して読んで損はない。特に技術者の方や経営者の方であれば、読む価値がある。そうでなくても、イノベーションに興味のある方なら、必読の記事だ。


かつて通産省には、特定の技術を開発するために主要企業を集め、巨額の補助金を支出する「大プロ」(大型プロジェクト=大型工業技術研究開発制度)と呼ばれる制度があった。その成功例としては、一九七六年から始まった「超LSI技術研究組合」が名高い。これ
は十年かけて一〇〇〇億円の国費を投じ、一メガビットのDRAM(半導体メモリ)を開発するプロジェクトで、大成功を収め、日本の半導体産業が世界を制覇する要因となったとされる。


よみがえる産業政策の亡霊



これは、池田先生の記事なんだけど、その中で、こんなDRAMの話が出てくる。


「超LSI技術研究組合」は、産業政策での大成功例として名高い。舛岡富士雄は、当時は、東芝の技術者だったのだが、このDRAMに70年代後半から、80年代前半まで、DRAMの製造技術開発に携わっていた。そして、そこで成果をあげ、40人の部下を抱える立場にまで出世した。


しかし、彼は、DRAMの限界を早くから見抜いていた。技術的な限界に気づいており、半導体産業が価格競争に巻き込まれ、やがては利益をえれなくなることを見抜いていたんである。


ここで、彼は、社のプロジェクトとしてではなく、自分の空いた時間を利用して、次世代の半導体の核となる技術開発を始めたのである。合議制ではなく、個人の決断だった。


そして、その研究開発の結果として生まれたのが、NOR型のフラッシュメモリだった。NOR型というのは、機器に組み込んで使われることが多いフラッシュメモリ。


で、なんだが、この開発の経緯は、溝口のラップトップと同じような経緯をたどった。つまり、フラッシュメモリ開発のための資金も人員も、トップは彼につけなかったのである。


結局のところ、彼は、ほかの仕事があった5人の部下に手伝わせることによって、試作に成功するが、それでも東芝のトップは、そこに資源を集中することはなかった。DRAMにひたすら資源を集中したんである。


最初に、NORに注目したのは、皮肉なことに、日本半導体企業からの攻撃によって、DRAMから撤退しかけていたインテルだった。インテルは、舛岡の研究に早くから目をつけて、そこに資源を集中し、東芝よりも早く、製品化したんである。


この結果として、NAND型フラッシュメモリ(取り外し可能なフラッシュメモリ)では、舛岡は、不退転の決意を固め、経営幹部からの風あたりの強さにもめげず、反発する部下を説得して、開発を進めたんである。


NAND型フラッシュメモリは、デジタルカメラなどの記憶メモリとして最適だった。その結果、ビジネスは、軌道に乗り始めたんである。(後には年間1000億円の利益をあげるビジネスへ成長する)


しかし、フラッシュメモリが、事業の柱になるロードマップが見えてきた時点で、舛岡は、研究所長から技監へと昇進を伝えられる。給与も増えるし、地位もあがるが、これは事実上の名誉職であり、左遷とも言える仕打ちだった。


彼は、この処遇に不満をもって、東芝を去った。


溝口は成功し、東芝の経営トップの一角に登りつめている。一方で、舛岡は東芝を去ることになった。


この差はどこから来たのか。


もう一つ、面白い記事を紹介するが、



彼が新規事業をやりたいと上司の法律家に提案した際の逸話が秀逸であったので紹介したい。彼の上司は経営会議から帰ってきてこう言った。

 「役員40人が全員反対していた。それでもやりたいか」。
 「やりたいです」。
 「分かった。俺に任せろ。ただし1年待て。40人説得するにはそのくらいかかる」。

 この上司は本当に1年かけて、全役員の賛成を取り付けてきた。もちろん理屈で説得したわけではない。元技術者の部下にとっては、上司がどうやって説得してきたのかまったく分からなかったという。「おそらく、出張とかゴルフとか宴席とか、そういった社外の場所で根回ししたんだと思います。権謀術策もあそこまで行けば見事です。嫌みではなく、本当に感服しました。僕には絶対できませんね」。ちなみに40人を説得した上司は見事、社長になった。

何が技術者を殺すのか



この記事は、舛岡さんの記事と関連する記事なんだけど、この話は、どちらかというと、西田と溝口との関係でも語ることができる。


やっと、題名の「イノベーションのチャンピオン」が何なのかって話をこれから出来るんだけど、




最近、イノベーションとかのケーススタディとかのことで、上記の本を読んだ。東芝のラップトップのケーススタディもこの本に収めれている。そして、この中に、イノベーション・チャンピオンという言葉がある。ちなみに、ここでのチャンピオンとは、優勝者とかの意味ではなく、擁護者という意味合いになる。


「新しいアイデアはチャンピオンを見いだすか、さもなければ死に絶える」(シェーン 1963)



にあるように、組織内でのイノベーション、とくに大組織内部では、イノベーションには、チャンピン、擁護者が必要とされるケースが多い。


マッキントッシュではジョブズ、DSでは岩田聡、ダイナブックでは西田、そして先に紹介したケースでは、上司の法律家だ。彼らは、イノベーションを擁護し、組織内での無関心や抵抗を打ち破るのを助けたのだ。



このようなイノベーションのチャンピオンは、一般的に、「組織で特に力がある個人ではなく、むしろ人々とのつきあいに長けており、説得や交渉ごとに巧みな個人である」そうだ。


これは、しばしば確認されるパターンなのである。


大企業内でのイノベーションには、このように、大組織から隔絶された小さな組織単位と、イノベーションのチャンピンの二つがそろっている時に、市場に迅速に移転される。


舛岡には、西田に相当する擁護者がいなかったことが最大の不幸だった。そしてそういう人は、滅多にいないのだ。悲しいが。


舛岡によれば、大企業の内部では、


 日本の企業と技術者の関係を山登りに例えるなら、定められた道を効率よく進むよう先導できる技術者は評価される。しかし「次はあの山に登ろう」と方向性を指し示すような技術者は、疎んじられ封じ込められる。



という力が働くという。現実的な話をすると、これは内外の大企業のほとんどに当てはまってしまう。悲しいが。それは「いつか来た道」なのだ。大企業の内部では、この力が強く働く。


それを覆せる力をもつケースが、イノベーションのチャンピオンが存在した場合だ。今もジョブスはそういう存在だ。だが、そういう人物は残念だが、少ないと言わざるを得ない。


しかし、この欠点を、大企業の欠点を補う存在がある。


それが市場だ。


 私は現在、次世代のマイクロプロセサの開発に取り組んでいる。平面のシリコン基盤に回路を設ける既存製品に対し、円柱型のシリコン基盤の側面にも回路を設ける「SGT」と呼ぶ機構を採用する。回路の増設に柔軟に対応して演算処理性能を高めることができ、既存のプロセサの十倍の速度向上が実現できると見込んでいる。

 この技術を評価してくれたのも日本企業ではなかった。アラブ首長国連邦のドバイに本部を置く先端技術開発企業ユニサンティスである。同社は二百人の専門家を擁して世界中の先端技術を評価し、五年、十年先の収益化を目指して技術に投資する。これらの専門家がSGTに着目して、私を最高技術責任者とする日本法人を設立した。


「特許を取り開発で勝って 事業で負ける理由」 より



大企業から、イノベーションは生まれにくい。これは事実だ。だが、市場は、しばしばそれを生み出してきた。「次はあの山に登ろう」という起業家を支援する仕組みが存在するからだ。大企業には、これがない。あっても、上手に機能しない。


大企業では、トップに切り捨てたれたら、そこで終わりかもしれない。だから、トップの説得に失敗すればイノベーションの芽は摘まれてしまう。ただ、市場では、一つの投資先がノーといっても、ほかの投資家は、投資を申し出てくれたりする。市場は、しばしば、イノベーションのチャンピオンとしての役割を果たす。


そう、財布がいくつもあって分散されている。これは時に欠点にもなるが、利点でもあるのだ。ベンチャーキャピタルには欠点がいくつもあるが、だが、ベンチャーキャピタルによって多くの新しい企業が生み出されたのも確かなのである。彼らは、無数に存在し、そして一つが駄目といっても、別のVCはそれを採用したりする。


多くの成功したベンチャーは、そうやって断られながらも、資金を調達してきたのだ。


市場は、そういう意味で、擁護者としての役割を担っている。



最後にもう一つ、舛岡さんの記事を紹介させていただく。


ーーーー日本のエンジニアを見て思うことはありますか?

 現状に文句を言う人が多すぎると思います。会社の仕事を100%こなしたうえで自分の好きなことをやれと言いたいですね。与えられた仕事が満足にできない人は、新しいことなどできないと思います。
 私が東芝時代にフラッシュメモリを開発したのは、本来のDRAM開発を終えた後の、プライベートな時間を使ってのことです。SGTもそうでした。「オレは本当は優秀なエンジニアなのに、会社がダメだから能力が発揮できない」などという人は、そんな言葉をいった瞬間に本人がダメになります。そもそも、自分のやりたいことが会社でできるなど思わないほうがよい。


私は日本発の三次元半導体で歴史を創る



舛岡さんの言葉をどう取るかは、個人で考えて頂くことにして、今日はこのあたりでおしまいにします。経営側として考えること、社員として考えることは違うでしょうし。

2008年02月18日

はてな移転と企業が海外進出する時の経営の話とか

更新にずいぶん日があいてしまったし、本当は、バーナンキの話をしようと思っていたわけですが、ちと、はてなの本社移転の話がホットなんで、便乗して、前からしようと思っていた話でもしてみようかと思います。


というわけで、本日は、はてな移転の話とか、海外進出の話とかになるわけですけどね。

Friendly Shower


近藤の帰国、そして、はてな本社の京都移転


もともとの発端は、はてなの社長のid:jkondoが、日本に帰ってきたことから始まるわけです。それは、こちらのエントリで述べられていることでもあるわけですが。あと、社長夫人のreikonさんがご懐妊だそうで、本当におめでとうございます。



はてなとマッキンゼーとUEIとマイクロソフト、社内コミュニケーションについて


で、そろそろ本題に入ろうと思うわけですけど、今日、こちらのエントリを読んでいて、思い出したのが、海外とコミュニケーションをとりながら生産を行うことの難しさの話なんですけどね。


こういう国内と海外で生産を行う話を読むと、僕が真っ先に思い出すのが、ミネベアの話なんです。ミネベアってのは、一部の技術者の間では有名な会社です。とりあえず、wikipediaへのリンクを張っておきますが。


ミネベア


ミネベア株式会社は、長野県北佐久郡御代田町に本社を置くベアリング、モーターを中心とする電器部品メーカー。直径22mm以下の小径・ミニチュアサイズのボールベアリングでは、シェア世界一である。略称はNMB(Nippon Miniature Bearing)。生産の6割をタイ王国で行うほか、中国などにも工場を持つ。




引用した部分にありますが、ミネベアは主力はベアリングの会社です。それから、ここが重要なんですけど、日本でも、きわめて早くから、グローバルに事業を展開した会社であるってことです。


本社は、地方にあるわけですけど、1971年にアメリカでの海外生産を開始しており、これはソニーやホンダより早い。

そういう意味では、日本で、もっとも古い歴史をもつグローバルカンパニーの一つなんです。巨大企業ではありませんけど、海外生産比率は8割を超えており、買収も積極的に行った会社です。そして、それで大きくなった。


海外生産と買収とでかくなった面があるんで、そういう意味では、アメリカ的、とも言えるかもしれませんけど。



で、なんですけどね。


ミネベアって会社の海外展開や買収は、現在では成功を収めた事例として記憶されているんですけど、その道は決して平坦なものじゃありませんでした。


上海ミネベア精密機電


こちらに、上海にあるミネベアのボールベアリング工場の記事がありますが、海外に生産拠点を置いて、そこで超精密部品を作るってのは、結構難しいんです。


ミネベアのモットーであり、「どの工場でも同品質の製品をタイムリーに生産できる体制づくり」ってのは、技術差があっては難しいですから。


で、なんですが、ミネベアが、最初に海外で工場買収したり、現地の相手と提携したりした時、当然、最初は盛大にすっこけたんです。


この手の話には失敗がつきもので、たいていの場合、「教科書に出てくる失敗はみんなやった」って後年になって振り返るものなんです。これはしょうがない。ホンダとかアメリカ進出の際、最初に失敗してますけどね。


ミネベアのケースでは、不良品を大量に出してしまうって結果になりました。ただ、ここで、ミネベアは海外での生産をあきらめなかった。


ミネベアは、1970年代から80年代にかけて、大規模な海外生産に踏み切ったんですが、海外での生産の経験を積むにつれて、いくつかの原則を学んでいくんです。


まず、海外での買収を行った場合には、そこに最新鋭の機材の設置を行う。


次に、従業員は、現地でまず調達し、それを日本の工場に招いた上で、教育を行う。これは、ミネベアの文化と技術移転の上で、非常に優れたやり方でです。


ミネベアのモットーである「どの工場でも同品質の製品をタイムリーに生産できる体制づくり」ってのは、こういう仕組みをへて、可能にされたものなんです。


最新鋭の機材を現地の工場において、そこに日本で教育した人材を送り込む。現地社員を抜擢し、日本からの派遣社員を最小限度にとどめる。ミネベアの海外展開は、こういったシステムを作り上げて、ようやく軌道にのっていったんですね。



今では海外生産は普通に行われているわけですが、それをはやくから行っていた事例として、ミネベアのケースは貴重なケーススタディなんです。


むろん、技術移転っていっても、コアな技術は、日本で行っています。製品の設計や開発、それから統括などは、今でも日本です。







詳しくは、これらの本でどうぞ。ミネベアの元会長、高橋高見って人は、ミネベアを世界企業にした人であるわけですが、その経営手法も、異色と呼ばれるものでした。異色な経営ってのは、失敗も多いです。高橋も沢山失敗してます。たいていは、教科書にでてくるような失敗を全部することになるのも珍しくない。しかし、それが強みでもあるわけです。人は破れたゲームから教訓を学ぶものだって名言にあるように、学ぶ機会を与えてくれるんです。


で、はてなの話に戻るんですけどね。



ミネベアのケースは、あくまで、ベアリングの製造の話です。いわばローテク。むろん、使っている技術は最新鋭ですけどね、ただ、製品のライフサイクルの早さという意味では、秒進分歩のハイテク業界ほどではない。


ハイテクの世界の企業は、それこそドッグイヤーの世界ですから、技術の陳腐化も早いし、それに、工場作るわけでもないんですから、同じやり方が通用するってことはないでしょう。


ただ、はてなに関しては、そんなに僕は心配してないんですよ。jkondoって、最初につくったのが、人力検索で、これは、はてなの主力じゃない。いまも、人力検索には、注力してますけどね。


今のはてなは、外から見ている限りは、はてなダイアリーから派生したサービスで、やっとキャッシュを稼げるようになった感じです。jkondoは、必要なら、そのくらいの方針転換はしているわけで。


最初に作ったサービスにこだわり続けてたら、マイクロソフトはなかったし、アメリカで大型バイクを作ろうとホンダが最初がんばり続けていたら、ホンダはアメリカでは勝てなかった。


教科書に出てくるような失敗なんて、全部したっていいじゃないですか。こういう戦術面での失敗は、取り返しがつく失敗なんです。だから、そう心配することでもない。


異色な経営、変な会社、おおいに結構ではないですか。


それで失敗した会社は多い。でもね、それで成功した会社だって多いんです。でもって、成功したら、そのやり方がスタンダートになって、普通になってしまうことだってある。



僕は、まだ、はてなのサービスを使っていくつもりです。


そんだけです。
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2008年01月29日

なぜ、日本はデフレなのか?

すいません、今日はバーナンキの話をしようと思っていたんですけど、最近、考えていた、「何で日本はデフレが終わらんの?」という話について、ちょっと思いついた話があるんで、書かせてもらいます。


もっとも、いろんなブロガーの意見のパッチに過ぎないものではありますが・・・!


えーとですね。


そもそも、なんですけどね、

ゼロ金利政策

量的金融緩和政策


というような、「市場を資金でジャブジャブにする」政策を、ここ数年、日銀は続けてきました。本来、こういう政策を取ると、インフレ期待があがって、長期金利は上がります。


また、市場に金が大量に流れ込むわけですから、結果として、経済がインフレ気味となり、本来は、物価が上がっていくはずだったんです。


これは、フリードマンが主張したように「全てのインフレは究極的には貨幣的現象なのだ」と言ったのに発しますが、基本的に、資金がジャブジャブになれば、インフレが起こるんです。これは、詳しく説明しなくてもいいかな。


政府がじゃんじゃんお札をすれば、貨幣の価値が下がります。貨幣の価値が下がれば、同じモノ・サービスに払わないといけない貨幣の数が増えるのは当然なんです。


それがインフレを招くわけです。


ところが、日銀がこれだけお金をジャンジャン市場に投入したのに、日本はインフレになるどころか、デフレになってしまった。


これが2000年代のなぞでした。


なぜ?

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posted by pal at 02:04 | Comment(20) | TrackBack(9) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年01月27日

ホワイトハウス VS FRB の長い長い歴史

ちと、需要があるかもしれないってことで、バーナンキの話をする前に、中央銀行の独立についてのお話をしておきたいと思います。


長い長い話で、これには泥沼の政争があったんですが、これがまた、面白い話なんで。




第一章 トルーマン大統領 VS マッケーブFRB議長


始まりは、第二次世界大戦後になります。

3つの大洋と欧州とアジアの全域にまたがって起こった大戦争は、連合国の勝利に終わったわけです。


ここまでは、皆さん、誰でも知っていると思います。それから、アメリカが、大戦の戦費調達のために、国債を大量に発行していたことも、知っておられる方が多いと思います。


一方で、戦中から戦後にかけて、FRBは、政府の戦費調達を支えるため、市場から国債を買い入れて、長期国債の金利を2.5lに維持する政策を取っていました。


これは、あまり知らない人が多いのではないかと思います。



しかしながら、朝鮮戦争の勃発と同時に、インフレ率が爆発的に上昇しはじめます。1951年の消費者物価指数上昇率は、7.9%。前年が1.3%ですから、いかにインフレ率が急激に上昇したかがよくわかると思います。

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posted by pal at 02:28 | Comment(3) | TrackBack(9) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年01月26日

やる夫で学ぶサブプライム問題についてちょいとツッコミ

やる夫で学ぶサブプライム問題

あの、ちょっと話題になっているやつですが、今日は、ちと尻馬。


これ、いくつか困った間違いがあるので、そこの話を。


あの、ハルヒがブッシュってのは、非常に笑えていいのですが、いくつか問題があるんで、そこを指摘させていただきます。というか、ここだけは我慢できないというのがあったので。


あらかじめ言っておきますが、簡単に面白くサブプライム問題について知るには良いテキストだと思います。大筋は問題ないです。ただ、細かい所で、どうしても突っ込んでおかないといけないのがあるんで、ちょいと突っ込みをいれておきます。



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posted by pal at 01:16 | Comment(61) | TrackBack(8) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2008年01月25日

資本主義という鞘取りゲームとルールの担保

資本主義はインサイダー取引である



池田先生のとこで、この記事読んだ時に、ちょいと書こうと思ってた記事があったんですが、ここ数日、市場が乱高下して、そっちにへばりついていたので、ブログ更新サボってたpalです、皆さん、こんばんは。


で、なんですけどね、ここ数日ほど相場見ながら、twitterとかしてたんですが、金利とか為替について、知らない人が結構多いってのでびっくりしたんです。


いやね、これ、基本中の基本として、知っといたほうがいいと思うんですよ。金融リテラシーの向上、なんて崇高な理念をぶち上げるつもりはないし、そんな実力はないですけどね。



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posted by pal at 01:49 | Comment(2) | TrackBack(4) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2007年12月12日

好きを貫くことができる場所に我々が到達したのは

「好きを貫く」よりも、もっと気分よく生きる方法

ちと分裂君のところで、「好きを貫く」ネタから始まって、おもしょい話がいっぱいでているので、せっかくなので尻馬。



まぁ、ゴッドランドの話をした時に、話そうと思っていた話でもあるんだけど、よくあるネタに引き合いにされる、退屈な「比較優位」の話から始めよう。


比較優位については、もともと、デビッド・リカードって人が提唱したものである。内容的には保護貿易の有害さ、自由貿易の有益さについて述べたものでもある。


そして、重要なのは、この「比較優位」に基づいて、基本的に経済学者のほぼ全員が、関税だったり極端な保護貿易を有害だと述べていることだ。無論、例外はいくつかあるけれども。



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posted by pal at 23:56 | Comment(2) | TrackBack(3) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2007年11月27日

カジノを打ち負かした男

あるはずのない「カジノでの必勝法」が実はあったという話


中嶋さんの記事に便乗して、記事書こうと思っていたら、忘れていて、今ごろ尻馬。もとい遅馬。


さてさて、なんだけど、有史以来、ギャンブラー達は、どうやったら、ギャンブルで勝てるか、というのを模索してきた。これは、確率という学問が、もともとは、どうやったらギャンブルで勝てるかに端を発した学問であることからも明らかなんだけど。




で、なんだけど、あるはずの無いカジノ必勝法があったという話で、有名な話の紹介が、今日のエントリの主題。

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posted by pal at 04:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2007年10月16日

ウォルマートの次に来るのは?

ぐっちーさんとか、テックママのところを読んでて、いつか書こうと思っていたんだけど、そろそろ、この点について書いておこうと思うので、そろそろと。


携帯電話の発達と自動車販売台数及びラブホテルの関係


マイクロ・マス経済の時代 - ウォルマートの落日


どっちの記事も、ちょっとした産業構造の変化の時期なのかもしれんね、というお話なんだけど、興味のある方はどうぞ。


で、なんだけど、今日の僕の話も、そういう話で、流通業の産業構造とライフスタイルが変化しつつあるのかという風に思うことがあるんで、それについて、ちょっとお話しようかと思うわけです。いつもの尻馬で。



で、最近の話をする前に、ちょっとこれまでの流通業の産業構造とライフスタイルの変転について、アメリカと日本の歴史的経緯なんかを、ちょろりと書いておこうと思うわけですが。


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posted by pal at 23:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2007年10月13日

スポーツと金

久しぶりの本家更新だが、亀田VS内藤の試合の後、そこいらでボクシングの話が上がっている。なんで、せっかくなんで、この話に便乗して、スポーツと金の話でもしておきたい。


プロスポーツと金の話は切っても切れない。プロスポーツはビジネスなのだから当然だ。しかし、前回の亀田対ランダエタの八百長試合の時から、そっち系の話が少ないように思ったので、ちょっと書いておこうと思う。






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posted by pal at 16:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集

2007年08月23日

Wii、全世界累計台数でXbox360を抜く

速報です。


VG Chartz経由です。


とうとう、Wiiが、Xbox360を全世界の売上台数で抜いたようです。Xbox360が、故障問題で盛大にすっこけ、北米での売上が鈍っていたので、時間の問題ではありましたが。



WS000013.JPG


もっとも、Xbox360も、巻き返しを見せています。特に


Xbox 360 北米で正式に値下げ


こちらのengadgetの記事にあるように、北米では値下げが効いていて、ここ2週間ほど、台数を伸ばしています。同じようにPS3も、ここのところ台数を伸ばしており、シェア争いは激しくなっています。
タグ:game
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2007年08月02日

画家アンドリュー・ワイエスの世界

昨日、「女性キャラは美しくなきゃいかんのですよ!」とか熱弁しといてなんですが、世の中、それだけじゃ困るんで、今日は、僕の好きな画家の一人である、アンドリュー・ワイエスの話をしたいと思います。


アンドリュー・ワイエス

Andrew Wyeth


それぞれ、wikipediaの日本の記事とアメリカの記事にリンクを貼っておきます。


で、なんですが、僕が、何でワイエスを好きかというとですね。


無論、絵が凄く綺麗というのもあるんですけど、同じくらい彼のポリシーが好きなんですよ。


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posted by pal at 20:39 | Comment(2) | TrackBack(1) | コラム このエントリーを含むはてなブックマーク | 編集